Episode 04 /7

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 演習二日目もそんなこんなで無事終了し、夕食のあと、順番にシャワーを浴びるとすぐに就寝時間だった。

 さすが自衛隊だけあって、消灯時間をすぎるとこっそり部屋を出歩く人間もいなければ、食堂に忍び込んで夜食を頬張る人間もいない。まったくしずかな宿舎を、外の広場に立たせてあるヴァルキュライドがぼんやりと眺めていた。

 そして翌日。

 演習最終日は、午前に全体演習があり、午後にはそれぞれ帰路につくことになっていた。

 午前の演習の内容は、言ってみればヴァルキュライドと自衛隊の共同作戦についてだった。

 ヴァルキュライドが出動し、そのバックアップとして自衛隊の兵器が展開する、という状況を想定したもので、最前にはヴァルキュライドが立ち、その後ろに自衛隊の地対空兵器などが展開していくと、演習場はまたたく間に物々しい空気に包まれる。

 沼田はその指揮を執りながら、しかし実際にこの状況は訪れないだろうとも考えていた。

 なぜなら、自衛隊の保有する通常兵器は敵に対して有効ではない可能性が高く、同時にヴァルキュライドの攻撃は指向性が高いものではないため、たとえ背後だとしても展開している味方にも被害を及ぼす可能性が高いからだった。

 ヴァルキュライドの攻撃の指向性は、今回の演習でもっとも注目すべき訓練だった。

 森のなかでヴァルキュライドが放った攻撃は、攻撃の規模からいえば全力の十分の一も出していないのだろうが、宿舎前に展開した自衛官のほぼ全員が耳の痛みを覚えたほどだった。百メートル以上離れ、なおかつかなり抑えた力でそれだけなら、もっと近くで、全力で戦われては、こちらの身がもたない。

 ヴァルキュライドにはやはりこれまでと同じように単体で戦ってもらうしかないだろう。自衛隊はあくまでヴァルキュライドが敵の撃墜に失敗した場合、時間稼ぎが足止め程度にしか使えない。

 そのヴァルキュライドも、現状、どれほど確実な戦力として計算できるかはわからない。今回の演習で、ヴァルキュライドには様々な攻撃手段の訓練をしてもらった。衝撃波は成功したが、先日の戦闘で見せたような、なにもない空中に武器を作り出す攻撃は、演習では再現できなかった。パイロットである貴昭も、どうやってあの攻撃をしたのかはわからないらしい。

「パイロットって言われても、直接おれがなんか命令して動いてるわけじゃないんです」

 演習のあと、テントの下で貴昭は言った。

「どっちかっていうと、お願いしてるっていうか」

「お願い?」

「ヴァルキュライドになんとかしてくれって頼んで、ああなったっていうか。こういう攻撃をしてくれ、こういうやり方であいつを倒してくれって言ったことはないし、たぶん、そういう言い方をしても無理だと思います。それよりもっと単純に、助けてくれって強く思うとか、あいつを倒してくれって頼むほうが通じやすいっていうか……うまく説明できないけど、ロボットっていうより人間みたいな感じなんです。だから操縦っていうよりはお願いに近いし」

 ふむ、と沼田はうなずいたが、その感覚はおそらく貴昭にしかわからないものなのだろうと思うしかなかった。

 なんにせよ、貴昭をもってしてもヴァルキュライドの挙動を完全に操ることはできない。つまりここぞというときに動かなくなる可能性も考えておくべきだろう。だからといってヴァルキュライドの代わりになるような兵器や作戦があるわけではなかったが。

 沼田は貴昭と曽我部が話していたことを思い出す。

 ヴァルキュライドとは、なんなのか。

 ただの巨大ロボットではない。それは前回の戦闘で理解できた。まだ衝撃波による攻撃なら、その方向で突き詰めれば現代でも可能かもしれない。しかしあの、空中に槍を作り出し、まだ接近していない敵を撃墜したのは、いまの科学では再現不可能だった。いま、ではなく、未来永劫、不可能かもしれない。あれは魔法のような能力だったと沼田は思う。空中にものを作り出すことは、人間には不可能だ。ヴァルキュライドにはそれができる。ヴァルキュライドは、人間とは切り離された世界のものなのかもしれない。

 ヴァルキュライドの外見とフーファイターの外見がよく似ていることははじめから言われていたことだった。どちらも白銀で、継ぎ目がなく、一枚の銀板を伸ばしたような外観をしている。ヴァルキュライドの場合、それが人型のロボットで、フーファイターは戦闘機。しかしフーファイターは先日の戦闘で自由に形状を変え、巨大な槍となった。ヴァルキュライドはそれを真似たのだろうか。

 ヴァルキュライドとフーファイターは、やはり関係があるのかもしれない。むしろ状況を考えれば関係があるとするほうが常識的だろう。

 ならば――ヴァルキュライドは、フーファイターの存在を知っていただれかが、それに対抗するための兵器として作り出したものなのかもしれない。

 だれだ? 月から襲来する敵のことを知っていて、なおかつヴァルキュライドを残せるような者は――人間ではない。人間以外のだれか――なにか、か。

 ヴァルキュライドの巨体が沼田の視界に入る。その後ろにはちいさく見える地対空ミサイルの発射台と、その後ろに陣取っている自衛官。それはまるで、巨大なロボットと戦おうとしている人間のようにも見える。

 敵はだれで、味方はだれか。

 沼田は首を振った。疑心暗鬼は意味がない。どのみち、ヴァルキュライドに頼るしかないのだ。敵は町を破壊し、ひとを殺す。それは無差別な爆撃のようなものだった。意思もなく、感情もない。相手は町を破壊し、ひとびとを殺すことでなにかを得ているのか。相手にも意味はあるだろう。そうする理由というものが、必ずある。しかしどんな理由があってもこの国を、この国に暮らすひとびとの安全を守るのが沼田の仕事だった。たとえヴァルキュライドという正体不明の巨大兵器に頼ることになっても、それで守れるものがあるのなら、そうするしかない。

 いまはただ、ヴァルキュライドと、新嶋貴昭を信じるしかないのだ。



  *



 午前中の演習が終わると、すぐ撤収作業に入る。

 ヴァルキュライドは再び仰向けで台に寝かされ、シートがかけられて、大きな牽引車に引かれて富士演習場から運び出されていった。それから数時間遅れ、一台の車が演習場を出る。

「あーあ、結局なんにも遊べなかったなあ……」

 貴昭は車の後部座席ではあとため息。それから横目でちらりと乙音を、そしてイヴを見る。

「いいよなあ、だれかさんは。おれが働いてるあいだ、プール入ってるんだもんなあ」

「あとで入ればよかったのに」

「ひとりでか? 男ひとりでプールに入ってきゃっきゃうふふしたらいいのか? 水しぶきを飛ばしながら、わあやったな、仕返しだ、きゃあ、やったわね、ってひとり水遊びをすればよかったというのか?」

「それが楽しいんなら」

「楽しいわけないだろ! 空しいわ、切ないわ!」

「プール、楽しかった」

 とイヴ。貴昭はじっとイヴを見つめたあと、ちょいちょいと手招きする。イヴが身を乗り出すと、その額にデコピンを喰らわせた。あう、とイヴが額を押さえて座席に戻る。

「ふはは、どうだ。プールで楽しんだ罰だ。おい、鮫崎、額を出せ。超強力デコピンをお見舞いしてやる」

「ばかじゃないの?」

「ばかじゃねえよ!」

 ぎゃあぎゃあきゃんきゃんとうるさい後部座席に、助手席の美津穂はちいさくため息をついた。

 まあ、なんにしても、気分転換にはなったらしい。これから、まだ戦いは続くだろう。そのためには休養も必要になる。この三日、町から離れたのは、危険ではあったが、やはり必要なことだったのだと美津穂は思い、それからすこし胸が痛んだ。

 後ろで騒いでいるのは、どこでにもいるような少年少女だった。特殊な訓練を受けているわけでもなければ、幼い頃からひとのために戦う覚悟を背負っているわけではない。しかしそんな彼らに託すしかないのだ。自衛隊は、そのサポートをするだけしかできない。

 しかし敵と戦うだけが「戦い」ではない。自分には自分なりの戦いがあり、それをしっかり戦い抜き、勝てばいいのだ。美津穂の戦いは、貴昭がすこしでも戦いやすい環境を作ることだった。まずはその戦いを続けなければならない。そしてその果てに――勝利は、やってくるだろう。

 なにがなんでも勝つ。負けは許されない。これはそういう戦いだった。貴昭が負けないためには、ほかのだれもが自分なりの戦いに勝たなければならない。その上で貴昭の戦いがはじまるのだ。

「……よし、明日からまたがんばろう」

 澁谷の言うとおり、羽を伸ばせてよかった。

 今日しっかり休み、明日からはまた戦いがはじまる。この世界を賭けた、人類の戦いが。



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