Episode 04 /3

  3


 オーライ、オーライ、という覇気のあるかけ声が地下倉庫に響いていた。

 二度目の戦闘後、一度地下倉庫へ運び込まれていたヴァルキュライドが、いままた倉庫の外へ、地上へと巨大なクレーンによって引っ張り上げられている。ちょうど倉庫に入ってきた貴昭は、それを見てきょとんとした顔で、

「あれ、また出動?」

「なんだ、聞いてないのか?」

 作業服を着た、イリジウム社と関係がある建設会社の社員はくるりと貴昭を振り返った。

「パイロットがそれじゃあいかんなあ」

「また攻めてきたのか」

「いや、演習に持っていくんだそうだ。昨日、美津穂ちゃんから連絡があってな」

「はあ、柏木さんから……」

 柏木美津穂二等陸尉。イリジウム社と自衛隊の窓口というべき人物ではあるが、その性格から最近では「美津穂ちゃん」と呼ばれて愛されているようだった。ま、そう言いたくはなるよな、と貴昭も思う。あのひとはどうも、柏木二尉、と肩書きをつけて呼びたくなるようなタイプではない。

 しかしあれでもエリートなのだと乙音が言っていた。

 まだ三十にもなっていない年で二尉、軍でいうなら中尉という肩書きは、決して低くない。防衛大を出ているか、幹部候補生として自衛隊に入った身なのだろうと乙音は言っていて、そのときは貴昭もははあそんなもんかと思ったのだが、改めて考えてみるとちょっと怪しい話ではある。

 美津穂が無能だ、というのではない。有能なのだとは思うが、その有能さの片鱗を、普段からは感じなかった。まあ、自衛隊にもいろいろいる、ということだろう。それぞれに得意な分野があるのだ。美津穂の得意分野は実戦や指揮ではないにちがいない。

「そういや、二回目の出動から柏木さんに会ってないなあ。おれも結構ぐっすり寝てたし、邪魔しないでいてくれたのかも」

「そりゃそうさ。ただでさえこっちは申し訳なく思ってるからな」

「申し訳ないって、なにが?」

「おまえひとりに全部を押しつけることだよ」

 作業員は照れ隠しをするようにわざと眉をひそめた。

「おれたち大人は、ま、だいたいがそう思ってる。まだ若いおまえさんに全部押しつけて、こっちはなんにもやることがない。もちろん、こうやってロボットを移動させたりはしてやるがな。いざ戦闘がはじまりゃあ、おれたちにできることなんかなんにもねえのさ。せめて邪魔にならねえのようにどっかに逃げてるしかないんだ。おまえが戦ってるあいだは、な。美津穂ちゃんもおんなじ気持ちなんじゃねえかなあ。それでおまえには、できるだけゆっくり休んでほしかったんだろ」

「はあ……別に、そんな気ぃ遣わなくていいのに」

「それでも気ぃ遣うのが大人ってもんさ」

 作業員は貴昭の背中をばんばんと叩き、仕事に戻る。貴昭はしばらくその作業を見守っていた。

 ヴァルキュライドは、再びくすんだ白銀に戻っている。その巨人がワイヤで地上へ吊り上げられていた。こうして見るとあまりにも巨大で、あまりにも現実離れした光景だった。いざヴァルキュライドを起動させて戦っているときは、そんなふうにも思わなかったが――。

 すっかりこれが日常になっているのだと、貴昭は感じる。

 つい十日ほど前まで、貴昭の日常といえば学校と家の往復と勉強、それにオカルト研究会の部室で益体もないことを話し合うだけだった。

 なんの代わり映えもない、平和で退屈な毎日。それが当たり前だったことが、もう遠い昔に感じられる。

 あの日はもう戻ってこない。学校の校舎は敵、フーファイターの攻撃によって完全に破壊、消滅していた。高橋や三宅は避難所にいるか、長引く避難生活に見切りをつけて親戚の家にでも行っているだろう。ふたりとも、しばらくは会えない。両親とも、だ。

 乙音や美津穂は、会いたいなら避難所に会いに行ってもいいと言ってくれていた。自衛隊からもその許可は出ている、と。しかし貴昭は一度も避難所へ行ったことはなかった。両親に会えばきっといろいろ聞かれるだろうし、そうなると自衛隊から機密として他言無用といわれていることを話さないように嘘をつかなければならなくなる。わざわざ嘘をつくために会いにいく、というのもおかしな話だった。それなら、すべてが終わったあと、もう嘘をつく必要がなくなってから会いにいこうと思う。

 それに、両親には自衛隊からある程度の説明は行っているはずだった。貴昭は自衛隊に協力するため、避難所ではなく自衛隊内部で生活している、ということになっている。それも、完全な嘘ではないが、真実でもない。

 ヴァルキュライドのことはまだ世間には伏せられている。それを動かし、敵を撃退しているのが自分たちの息子だとは両親も知らない。しかしいつまでもそんな曖昧な説明では通らないだろうとも思う。

 結局、なるようになるということだ。

 時間は流れていく。過去へは戻れない。やってきた未来を受け入れるしかない。

 貴昭はにぶい光を放つヴァルキュライドを、いつまでもぼんやり眺めていた。



  *



「ええっと、こっちの書類が許可申請で、ええっと、これが――ふにゃあっ」

 部屋のなかに紙資料が舞う。

 椅子に足を引っかけて壮大に転倒した柏木美津穂は、しばらく起き上がらなかった。その背中にぱさりと資料が落ちる。うう、ひどい、もう死にたい。死んでドジを治して生まれ変わりたい。生まれ変わったらもっと背が高くなって、顔も大人っぽくなって、ばりばり仕事ができて、男にもそれなりにモテる女になりたい。

「……ふへへ」

 倒れたままにやりと笑った美津穂は、次の瞬間には妄想している場合ではないと首を振って起き上がる。身体は丈夫なので、派手に転んでも打ち身ひとつない。そのままきびきびとした動作で落とした資料を拾い、立ち上がろうとして、まだ一枚落ちていた紙に足を滑らせて転ぶ。尻餅。うう、死にたい。

 そもそもこんなに大量の資料があるのが悪いのだ、と美津穂は思う。これはいったいなんの嫌がらせだ、と。

 実際は嫌がらせではなかった。どれも美津穂が請求した資料で、半分はイリジウム社から提供されたヴァルキュライドに関する資料、もう半分は司令部から送られてくる資料だったから、どちらもないと困るものではある。ただ、いまの時代、もうちょっとデジタル化できないのか、とは思う。

「それに結局、ヴァルキュライドに関してはなにもわからないってことだしなあ……」

 イリジウム社から提供されたヴァルキュライドの資料は、化学的、工学的、歴史的などさまざまな視点からのものだったが、百枚あまりに及ぶ資料を要約すれば、よくわからん、ということだった。

 化学的に見て、ヴァルキュライドの装甲に使われている物質は詳しい検査が不可能な上、おそらく現在人間が知りうるいかなる鉱物、合成物とも異なるものらしかった。

 工学的には、これだけ巨大なロボットを自由に動かすためには大量のエネルギー、そしてそれを元にした屈強な駆動系が必要で、なにをエネルギーとしているかはわからないし、そのエネルギーをどのような駆動系が活かしているのかもわからない。

 歴史的に見たヴァルキュライドは、世界各地にある巨人伝説となんらかの関係を持っている可能性はあるが、そもそもオカルトではない正規の歴史において、過去ヴァルキュライドを製造し得るような、つまり現代を超越したような文明は存在しておらず、ヴァルキュライドが古代文明によって作られたとは信じられない、ということだった。しかしヴァルキュライドが発見されたのは数千年前の土壌であり、その時代、その場所に高度な文明が存在していたと示す資料はひとつもなく、どうしてそこにヴァルキュライドが埋まっていたのかは謎である、と資料は結んでいて、つまりなにもわかんないよということなのだと美津穂は理解していた。

 しかしそれはイリジウム社の能力に問題があるのではない。

 ヴァルキュライドという存在に問題があるのだ。

 むずかしい理屈をこねるまでもなく、一見すればだれにでもわかる――あのロボットがいかに異質なのかということは。

 もしこんな時期でなければヴァルキュライドは歴史を揺るがす大発見だったにちがいない。しかしいまはそれを学術のなかに閉じ込めることはできない。有用なものはなんでも利用しなければ、やつらには勝てない。

 美津穂はまとめた資料を机の上に置き、ふうとため息をついた。

 これから三日間演習の予定を組んでいて、そのためにいまのうちに資料を片付けておこうと思ったのだが、これは想像していた以上に大変な作業だった。演習へ出かける時間までに終わるかしらん、と迷う美津穂に、携帯が鳴る。

「こちら柏木であります」

『澁谷だが』と電話の向こうからすこし疲れたような声。『いま、時間は大丈夫か』

「はっ、大丈夫でありますが――」

『一応、きみにも伝えておこうと思ってな。例の少女のことだ。イヴ、と名乗ったらしいな』

 貴昭が二度目の戦場で見つけてきた、ふしぎな少女。

 いま、その少女は美津穂と同じくイリジウム社の地下研究所で暮らしていた。美津穂も何度か会って話をしていたが、変わった少女なのは間違いない。無口で、表情の変化がすくなく、なにを聞いてもこれといった答えは返ってこない――せいぜい自分の名前をイヴと答えたくらいで、あとはほとんど「わからない」だった。

 そんなイヴも、乙音と貴昭には懐いているらしく、昼間はだいたいどちらかの後ろをとことことついて歩いていた。なんともほほえましい光景で、それだけでイリジウム社の研究員や出入りする作業員はイヴを気に入り、かわいがっていたが、美津穂はどうしてそのふしぎな少女のことを全面的に信用することができなかった。

 そもそも、なぜイヴは自衛隊の規制線を越えてまで町へ入ってきたのか。なぜなにも語らないのか――不審な点はいくつもある。

 自衛隊ではイヴの身元を特定すべく、警察と協力して捜索を続けているはずだった。それで美津穂は、澁谷からの連絡はてっきりイヴの身元が判明したという連絡だと思ったのだが、ちがった。

『彼女のメディカルチェックのデータがこっちに上がってきたんだが――まず確認しておきたい。これはあの少女のデータなんだな?』

「は――おそらく、そうだと思いますが。彼女がメディカルチェックを受けているところには自分も同席しておりましたし」

『ふむ――ではどこかでデータがすり替わっていないかぎりは本物、ということだな。ならばなおさら、予想外のことだが――』

「メディカルチェックでなにがわかったのでありますか」

『メディカルチェックは、バイタル等のほか、簡単な血液検査もある。彼女の血液を採取して検査した結果、だ――おそらく、彼女は人間ではない』

「……はい?」

 聞き間違いかと思う。美津穂は何度か深呼吸し、もう一度、聞いた。

「あ、あの、もう一回、言ってもらえますか。彼女は、なんと?」

『彼女は人間ではない、と思われる』

 澁谷ははっきりとそう言った。

 イヴは人間ではない。まさか。美津穂は乙音の後ろをついて歩くイヴを思い出す。変わった少女にはちがいない。しかし、あくまで変わった少女、だ。人間ですらないとは考えたこともなかった。

「あ、あの、ですが――」

 上官に口答えするような気分で、しかし言わざるを得ない。

「こちらで数日、顔を合わせていますが、その、人間でないとはとても――それに、人間でないとすれば、なんなのですか」

『正体はわからん。しかしどう考えても人間とはちがう血液が採取されたそうだ。DNA型からして、人間とはちがう。チェックをした研究所のほうでも信じられなかったらしい。何度も検査をやり直したが、何度やっても、彼女の血液は人間が持っている血液とはちがう。珍しい種類だ、というんじゃない。まったく、根本がちがうんだ。ほかの動物の血液ともちがうと報告書には書いてあった。ある特定のDNA型であることはたしかだが、その組み合わせが、現在知られているいかなる生物のものとも異なる可能性がある、と。詳しい検査はまだ時間がかかるが、現時点で、イヴと名乗る少女は人間でない可能性がある』

「……そ、それはあの、いったいどうすれば」

『ただでさえわけがわからん事態だ。これ以上やっかいなことは抱え込みたくないが、無視もできまい。もちろん、検査に不備があった可能性がある。少女から採取した血液が別のものとすり替わった可能性も考えられるが……とにかく、その少女から目を離すな。敵か味方か――それを見極めなければ、われわれは内側からやられることになりかねん』

 美津穂はごくりと唾を飲み込んだ。その緊張を察したように澁谷は口調を和らげる。

『明日からは富士演習場で演習だな。私も見に行かせてもらう。ま、ちょっとした休暇気分だ。身体は無茶が効くが、心はそうもいかん。敵がいつ攻めてくるかわからん状況だが、月や地球周囲に関しては常に監視されている。数日中の敵襲はないだろう。きみもすこし羽を伸ばすつもりで演習に行くといい』

「りょ、了解であります……」

 とは言うものの、そう気楽にはなれそうもなかった。美津穂は電話を切り、もし羽を伸ばすための演習ならそれが終わるまでイヴについて黙っていてほしかったと思う。一度聞いたことは忘れられない。

 イヴは人間ではない可能性がある。

 人間ではないとすれば、なんなのだ?

 人間以外の動物には見えない。もちろん、宇宙人にも。しかしどこかにはいるのだ、宇宙人、地球外生命体は。地球に攻めてくるほど高度な文明を持ったものが、地球以外のどこにいる。

 美津穂はふと、いままでヴァルキュライドが破壊してきたフーファイターのなかにも地球外生命体が乗っていたのだろうかと思う。いまのところ、そんな報告はなかった。フーファイターの残骸はいずれも細かな粒子に変換、消滅しているから、詳しい調査はなにもできていないが、フーファイターが有人の飛行物体だという証拠はどこにもなかった。

 もしフーファイターに搭乗していないとすれば、どこかからそれを操っているにちがいない。月から、だろうか。それとも、別の宇宙空間か。あるいは――地球のどこかか。

 美津穂は首を振った。

 とにかく、いまは目の前のことに集中するしかない。それだけで手一杯なのに、事実かどうかもわからない自分の妄想に捕らわれている暇はなかった。

 いまは演習だ。

 明日から三日の予定で、富士山の麓にある自衛隊の演習場でヴァルキュライドの運用に関する演習を行うことになっている。演習のメニューは、自衛隊の区分ではヴァルキュライドを含む部隊の隊長である沼田二佐が決めているが、その日程やメニューを整理してイリジウム社に伝えるのが美津穂の役割だった。

 なんだかまるで学校の先生にでもなった気分だ、と美津穂は大量の紙資料を見ながら思う。まあ、どんな気分でもいい、いまはとにかく、目の前の仕事を片付けよう。あれこれ考えるのは、そのあとでも充分に間に合うだろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る