Episode 04 /1

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「だれかいるんだ、すぐ助けに行く!」

 ヴァルキュライドの陰に立っていた新嶋貴昭は、腰にぶら下げた無線機に叫んだ。

 無線が生きているかどうかはわからない。先ほどの敵、フーファイターの一撃で故障した可能性はある。なにしろ工場の施設や民家ごと周囲数百メートルを更地に還した攻撃だった。無線機の故障か、通信状況の悪化が起こってもおかしくはない。

『だれがいるんだ?』

 無線から声が帰ってくる。しかし雑音混じりで、声の調子もおかしかった。

「女の子だ。十三、四歳の女の子が町にいる! このままじゃ巻き込まれる、早く助けないと――」

 きいん、と強烈なハウリングのような音。それは無線機から聞こえていて、貴昭は思わずそれを地面に捨てた。フーファイターが無線に介入している。あたりの空気が静電気を帯びたように細かく振動しているのがわかる。

 空気の振動がばっと周囲に広がった。強力な超音波のような波動が町を覆う。ヴァルキュライドは生身の貴昭を守るために同じ波長をぶつけ、中和させていた。しかし中和可能な空間はちいさく、それ以外の空間は甲高い音に飲み込まれる。

 この町を破壊した音波にちがいない。貴昭は目を閉じたままヴァルキュライドに命じた。

「あの子を守れ、ヴァルキュライド! おれの言うことを聞け――!」

 白銀のヴァルキュライドはぐるりと身体を回転させた。フーファイターに背を向け、貴昭に手を伸ばす。指の一本一本が人間の大人ほどもある巨大な手が貴昭を掴んだ。しかしそれは意図を感じさせる力を加減した行為で、貴昭はヴァルキュライドの手にすっぽりと隠れる。

 ヴァルキュライドが跳躍する。

 更地になった町の中心部から、まだ建物が残っているその外へ。ヴァルキュライドの着地の衝撃で脆くなった建物が全壊する。その土煙のなかに貴昭は下ろされ、すぐ少女へ駆け寄った。

 十三、四歳くらいの、栗色の髪の少女だった。

 白いシャツに黒のスカート。アスファルトの上に倒れている身体を抱き起こすと、まだ脈と呼吸はある。白い肌にはじっとりと汗をかいていたが、怪我はないようだった。

 少女を抱き上げ、ヴァルキュライドが作る中和空間へ逃げ込んだ。ヴァルキュライドはフーファイターに背中を向けたまま膝をつき、貴昭と少女を守るような体勢を取る。

 フーファイターの衝撃波が再びあたりを襲った。

 今度は先ほどよりもさらに強い。なにもかも飲み込む巨大津波のような衝撃波に、貴昭の周囲にあった家やビルが粉々に砕けながら消し飛ぶ。かと思うと、波が返すようにあらゆる破片がフーファイターに向かって飛び戻っていった。貴昭は耳が痛むのを感じる。空気圧だった。急激な加圧と減圧に、頭蓋骨に無理やり空気を押し込まれるような感覚になる。それくらいで済んでいるのはヴァルキュライドのおかげだろうと、貴昭は少女の身体を抱き上げながら思う。

 ヴァルキュライドは強固な壁として貴昭の前に立ちはだかっていた。そのちいさな頭部にふたつの光が見える。目のようでもあり、それ自体が独立した生き物のようでもあった。光が頭部の表面を飛び回る。指示を待っているようだ、と貴昭は感じた。ヴァルキュライドの意思が、五感を通じて伝わってくる。

 ヴァルキュライドは貴昭を見ていた。そしてフーファイターが次の攻撃をしつつあることも、ヴァルキュライドは感じ取っている。

「――反撃しろ!」

 貴昭が短く命じた瞬間、ヴァルキュライドは身体を反転させながら立ち上がり、フーファイターに向き合った。

 フーファイターの白銀の表面が波打っている。形状が変化していく。流線型だったものが、さらに細長く、尖った。

 全長四、五十メートルに及ぶ、巨大な槍が現れる。

 それが、ジェットエンジンでもついているかのように猛烈な速度でヴァルキュライドめがけて飛んできた。

 ぎぎ、と金属がこすれるような音が響いた。貴昭はとっさに目を閉じている。痛みはなかった。しかし目を開ければ、巨大な槍はヴァルキュライドの胴体を完全に貫き、背後の地面に深く突き刺さっていた。

 ヴァルキュライドの身体が巨大な槍によって縫い止められる。貴昭はしかし、ヴァルキュライドが機能停止していないことはわかっていた。ヴァルキュライドは生きている。五感が流入してくる。ヴァルキュライドの痛み、怒り。貴昭はスイッチを入れたように突如として猛烈な痛みを感じた。腹を突き刺される痛み。それを、必死に自分の痛みではないと言い聞かせる。これはヴァルキュライドの感覚なのだ、自分の身体は傷ついていない――。

 ヴァルキュライドは唸った。全身を震わせ、吠える。自分を貫いている槍を両手で掴んだ。白銀の槍の表面がぞわりと脈打ち、急激に収縮したかと思うと、一転して細かな粒子となってはじけ飛んだ。

 あたりに白銀の粉が舞った。

 ヴァルキュライドはそれでも吠えるのを止めなかった。まるで痛みにのたうつように、オオカミの遠吠えのような声が響く。

 ヴァルキュライドの腹部には大きな穴が空いていた。槍で貫かれた傷跡。それが徐々にちいさくなっていくのを貴昭は見た。傷口の周囲の装甲が盛り上がり、動物が這うように穴が埋まっていく。数分のうちにヴァルキュライドの腹部は完全に修復され、傷があった場所もわからなくなった。

「ヴァルキュライド――なんなんだ、ヴァルキュライドって」

 貴昭は呆然と呟き、それから少女のことを思い出す。

「大丈夫か、きみ、死ぬなよ――くそ」

 呼びかけに反応したのか、少女がうすく目を開く。少女の瞳がそばにそびえ立つヴァルキュライドを捉えた。

「白銀の――番人――」

「――なんだって?」

「彼らがくる――戻ってくる――」

 ヴァルキュライドがなにかを感じ取っている。貴昭は空を見た。青空の彼方に、ちいさな光がひとつ、星のように浮かんでいる。

 その光は凄まじい速度で矢代市に接近していた。エンジン音のようなものは聞こえないが、高速で移動する風音と衝撃波が遠くからでも伝わってくる。

 もう一機、きたのだ。

 貴昭は舌打ちをする。ヴァルキュライドは両腕を空に掲げた。なにをするつもりなのかと思っているうち、ヴァルキュライドの両手のあいだに、白銀の光が現れる。それは先ほど粉々に砕け散ったフーファイターの粒子のようだった。

 まばゆい砂が空中に踊る。まるで魔法を見ているようだった。白銀の砂は回転し、絡み合い、長さ十メートルほどの槍になった。

 ヴァルキュライドは両手でそれを持ち、野生動物のような柔軟さでそれを宙に投げた。槍が弾丸のように空気を裂いて飛ぶ。それはまだはるか上空にあった光を打ち抜いた。遠くで、なにかが爆発する。炎は見えなかった。その代わり、花火のように細かな光が空に広がった。白銀の破片は太陽の光を乱反射させながら落ち、消える。

 それは凄まじい戦いだった。

 貴昭ははっきりと、このロボット、ヴァルキュライドは、戦いのために作られたものなのだと理解した。

 二重になっていた感覚が、徐々に薄れていく。微睡みから目覚めるように意識がはっきりとしてくる。同時にヴァルキュライドは機能を停止し、直立したまま、動かなくなった。

 貴昭はその足下で見知らぬ少女を抱えたまま、不気味な予感を覚えた。

「……どうしてこの子は、もう一機攻めてきたことに気づいたんだ?」

 まだ目視できるような距離ではなかった。それに、番人、という言葉――。

 少女は意識を失ったように貴昭の両腕へ身体を投げ出している。貴昭は、蝉もいなくなり、完全な静寂のなか、真夏の光を浴びていた。

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