Episode 04

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   月のヴァルキュライド


  Episode 04



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 記憶。

 記憶は地層のようなものだ。

 古いものから何重にも折り重なっていく。それを断面として見たとき、すべての記憶はわずかながら色合いが異なる。その色合いのちがいで記憶の年代がわかる。

 しかしコンピュータがそうであるように、生物にも保持できるデータ量の限界はある。それ以上の記憶を詰め込もうと思うなら、なにかを忘れなければならない。そのとき忘れられる記憶はランダムで、重要なのは忘れたことさえ忘れてしまうことだ。記憶を持っていた、という記憶さえ失われる。そうして記憶データは完全削除され、復元は不可能になる。

 少女はたくさんの記憶を持っていたが、そのうちのほとんどはすでに思い出せなくなっていた。

 なにを思い出せないのかさえ、少女にはわからない。自分がなにを記憶していたのか、そしてなにを忘れたのか、少女には思い出す術がない。

 しかし本当にすべての記憶が消えてしまったわけではない。アクセスできなくなった記憶は、まだ身体のどこかに残っているのかもしれない。そのリンクが意識的に隠されている、あるいはリンク部分だけが削除されている可能性もある。

 だとすれば、肉体はまだ記憶を持っている。

 意識が忘れてしまった記憶を肉体が持っているのだとしたら、肉体はいつでもそれを思い出すことができるし、活用することもできるということだった。

 だから、少女は彷徨っていた。

 夢遊病のように夢うつつで、この世界のどこかを彷徨っていた。

 少女は自分がどこを彷徨っているのかさえわからない。意識が介在してはならない。肉体にすべてを委ねること――それが失った記憶を呼び起こす唯一の方法なのだ。

 失った記憶を呼び起こす?

 少女はふと、疑問に感じた。

 どうして失った記憶を呼び起こさなければならないんだろう。忘れてしまった記憶は、不要になった記憶だ。そのまま忘れ去っても問題はないはず。なのに、どうして記憶を呼び起こそうと思ったのか――その発端を、思い出せない。

 記憶はこの瞬間にも失われていく。

 少女はかつてすべての記憶を持っていた。

 いまでは、そのほとんどを失っている。

 それでも少女は祈らなかった。少女は祈るということを知らなかった。彼女が知っているのは、ただ記憶すること、そして思い出すことだけだった。

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