Episode 03 /3

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 ヴァルキュライドを保管しておくための地下倉庫は、青い光に満ちていた。

 もちろん、意図的に青い照明がつけられているのではない。ヴァルキュライドが破壊した天井をブルーシートで塞いでいて、それが眩しい夏の光をかなり弱めながらも倉庫のなかに青い光を落としているのだった。

 一面が多く染まった広い空間は、まるで海のなかのようだと貴昭は思う。

 倉庫内の瓦礫はすでに半分ほどが撤去されていた。しかし使用されていない部分にはまだ大きなコンクリート片や剥き出しの鉄筋が並べられていて、ここも大きな被害を受けたのだと一目でわかる。まあ、ここを破壊したのは敵ではなくヴァルキュライドなのだが。

 そのヴァルキュライドは、壁にもたれかからせるように置かれていた。

 長い両足をまっすぐに伸ばし、背中は壁で支えて、長い腕もだらりと落ちるままになっている。

 貴昭がはじめてヴァルキュライドを見たときには天井からワイヤで吊されていたが、いまはもう吊すべき天井がなくなってしまっていて、かといってヴァルキュライドを寝かせておくだけのスペースはなかったから、苦肉の策としてそのような体勢にしてあるのだった。

「何回見ても、やっぱりすげえよなあ……」

 青い光が満ちるなか、貴昭はヴァルキュライドを見上げ、ため息をつく。

 くすんだ白銀の装甲は青い光を鈍く反射していた。継ぎ目のない装甲に、ちいさな頭部。貴昭はまっすぐ伸ばされた足をこんこんと叩く。

「でっけえ……だれだか知らないけど、よくこんなの、作ったよな」

「だれかが作ったものかどうかもわからないけどね」

 となりに立つ乙音もぼんやりとヴァルキュライドの巨体を見上げた。

「こんなもの、だれかが作れるものなのかな――南米で見つけてからずっと疑問だったの。だって、この装甲ひとつ取ってもなにでできてるのかわかんないのよ。ダイヤモンドでも傷がつかなくて、あらゆる光線を遮断する。自然の鉱物にせよ、人工的な素材にせよ、いまのところ人類はこんなものを手にしてない。ってことはつまり、このヴァルキュライドを作った人間たちは、いまの科学よりもはるかに優れた科学、その技術を持ってたってことでしょ。それはもう科学というよりオカルトの分野よ」

「オカルト、か。そういえば部室にあったなあ、そういうの。超古代文明とか、ほんとにあるのかな。あのときは、まあ、ほんとにあればおもしろいよなって思ってたくらいだったけど――じゃあ、ヴァルキュライドを作ったのは、そういうすげえ科学技術を持った超古代文明なのかな」

「かもしれないし、もっと現実的な説明がつけられるかもしれない。それを研究してるんだけどね。いまのとこ、成果はほとんどなし。とくに科学的分野ではね。文化的には、ある程度おもしろい類似点もあるんだけど」

「類似点?」

「巨人伝説よ。世界中のいろんなところに巨人の伝説があるの。その巨人っていうのが、ヴァルキュライドだったのかもしれない。人型だし、桁違いに大きいし。まあ、だとしたらやっぱりヴァルキュライドを作ったのはだれなのかってところに戻ってくるんだけど」

 謎は謎のまま、というわけだ。貴昭はヴァルキュライドの装甲に触れる。手のひらに、白銀の装甲はひやりと冷たい。まるで体温を奪っていくようだった。

「おーい、ヴァルキュライド。おまえ、だれに作られたの?」

「……どう、返事はあった?」

「わしを作ったのは超古代文明じゃ、ふぉふぉふぉ」

「ヴァルキュライドおじいちゃんじゃん。やだなあ」

 声は聞こえなかった。装甲に触れてもヴァルキュライドは起動せず、がっくりとうなだれたままだ。貴昭はふうと息をついて手を離した。ふたりのもとに美津穂がやってきたのはそのときだった。

 美津穂はふたりを見つけるとびしと敬礼し、きびきびしとした足取りで近づいてくる。それを見て乙音が、

「あそこの瓦礫に躓いて転ける、に十円」

「じゃあ、おれがそれを華麗に助けて惚れられる、に二十円」

「おふたりとも、少々お時間よろしいでしょ――ふぎゃっ」

 案の定、転がっていた拳大の瓦礫に躓く美津穂。貴昭はそれを助けるべく華麗に駆け出したが、となりに転がっていた瓦礫を踏み、バランスを崩し、ふたりは交差するように倒れた。乙音は深々とため息をつき、無残に転がっているふたりに手を差し伸べる。

「か、かたじけないであります……」

「うう、おれの華麗な作戦が……」

「せめてどっちかはまともでいてほしいもんだけど……で、時間なら大丈夫だけど、なにか?」

「う、そうでありました」

 美津穂はぱっとスカートの埃を払うと、もう一度敬礼し直して、言った。

「自衛隊が大学の研究機関に出していた検査依頼の結果が出ました。それをおふたりにお伝えしようと思いまして」

「検査依頼?」

「敵飛行体、以後自衛隊は米軍にならってフーファイターと呼称することになったのでありますが、これとヴァルキュライドの戦闘映像、そしてその音声の解析であります」

 美津穂はそう言ってちらりとヴァルキュライドを見上げた。白銀の巨体はなにも言わずそこにあった。

「まず、ヴァルキュライドの戦闘映像ですが、これは詳しく解析してもわかったことはほとんどありません。ヴァルキュライドはたしかに動き、フーファイターを撃墜しました。映像を解析してわかるのはそれくらいで、それ以上の事実はわからなかったようです――ただ」

「ただ?」

「戦闘でヴァルキュライドは傷ついている。その表面にいくつも亀裂が走ったところが映像に記録されていたそうですが――こうして見ると、そんな亀裂は見えないであります。修復したのでしょうか?」

 貴昭と乙音は顔を見合わせ、首をすくめた。

「わかりません。わたしたちが自衛隊からヴァルキュライドを引き取ったときには、もうこの状態でした。こちらで修復したわけでもありませんし、どうやら自衛隊でそうしたわけでもないなら――自動的に修復した、つまり治癒したと考えるのがいちばん自然ですね」

「治癒――自然治癒するのですか、このロボットは」

「ヴァルキュライドについてはわたしたちもほとんどわかりません。本当にロボットなのかどうかも、いまはわからない。ロボットらしく見えるけど、本当は生物なのかもしれないし。生物なら傷が治癒するのは自然なことでしょう。ロボットだとしても、自己修復機能がついているのかもしれない」

「なるほど……では、その件に関してはイリジウム社も自衛隊も関与していないということでありますか」

「そうなりますね。それで、音声解析のほうは?」

「音声解析の結果でありますが、フーファイターが発した振動、またヴァルキュライドが発した振動、そのどちらにも特徴的な波長が見られることがわかりました。この波長は低音から高音までまんべんなく見られるのですが、専門的に見ると信じられないほど整数的なものらしいです」

「整数的なもの? あの、すんません、スポーツ推薦で高校入学した人間にもわかるように説明していただけるとありがたいかなーなんて……」

「う、え、ええっとですね、あの、わ、私も専門ではないので、あ、あれなのでありますが、つまりその、整数的というのは、こう、あのですね」

「要するにきれいな波長すぎるってことでしょ」

「そ、そうであります! まさしく私はそう言おうとしたのであります!」

 ほんとかな、という貴昭の疑いの目を無視し、美津穂は続ける。

「波長というのは、数値に置き換えられるそうなのであります。そして自然に発生する音、たとえば人間の声や足音、ものを動かす音などは複数の音、つまり波長が入り交じって作られるものらしいのですが、あの戦闘で記録された映像から音声を抜き取って解析すると、フーファイターが発しているものも、ヴァルキュライドが発しているものも、どちらも混じりけのない特定の波長のみの音だったそうであります」

「……特定の波長のみの音だったら、どうなるの?」

「う、どうなる、と言われましても、あ、あにょ」

「自然のものとは考えられない、ってことでしょ。たとえば人間の声は、意図的に発するけれど、人体の構造から出てくる自然な声になる。鳥の鳴き声も同じ。でもあの敵が発してたのは、そういう構造上の制約を受けた自然の声っていうより、人工的に特定の波長のみを抽出して作られた音ってことじゃない?」

「そ、そうなのであります! 私はまさにそう言おうと――」

「人工的にってことは、じゃ、敵も人工物だったってこと? どっかの国の秘密兵器とか?」

「人工物とは限らないでしょ。宇宙人が作ったのかもしれないし」

「宇宙人か! なるほど、たしかになあ。言われてみれば、宇宙人的なセンスを感じる外見だったもんな、あれ」

「なによ、宇宙人的センスって」

「いやなんかこう、あるだろ。お、宇宙人チックだな、ってセンスが。それだよ」

「わかんないってば」

「わかれよ。パッションだよ。感じるだろ」

「ばかじゃないの? ああ、ばかか……」

「しみじみ言うなっ!」

「ああ、ばかか!」

「ひらめいた、みたいに言ってもダメだし!」

「じゃあどうしろっていうのよ?」

「言うなって言ってんの!」

「……あの、そんな感じで大丈夫なんでありますか?」

 ふたりは声を重ねて、

「あなたには言われたくない!」

「ひいっ、も、申し訳ありませんでありますっ!」

 美津穂の携帯が高い電子音を鳴らした。美津穂はふたりに断ってからすこし離れ、応える。

「もしもし、柏木でありますが――あ、沼田隊長。え――敵襲?」

 貴昭と乙音は顔を見合わせ、そしてふたりは同時にヴァルキュライドを仰ぎ見た。

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