Episode 02 /4

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 官邸内での会議はもはや公然のものとなっていた。

 関係閣僚は無数のフラッシュと質問の嵐を受けながら官邸に入ったし、呼ばれた自衛隊の関係者もまた同様の洗礼を受けた。

 澁谷二等空佐は、総理官邸に入るのははじめての経験だった。しかし観光気分ではいられない。目の前には自衛隊という巨大な組織のトップ、統合幕僚長の林田がいる。澁谷はその後ろにつき、官邸内の会議室へ入った。

 それほど広い部屋ではない。長方形の机がひとつと、それを囲む椅子。壁際にも椅子が置かれていて、澁谷はそちらへ座る。ほかの参加者はほとんどが集まっていて、最後に総理大臣が秘書を連れて入ってきた。全員が立ち上がり出迎え、総理大臣が座るのを待って着席。

「各所、時間がないなかありがとうございます。今日はこの国の――いや、この世界の未来について、率直に意見を出していただきたい」

 総理大臣など、近ごろはさほど尊敬を集めているとはいえないが、それでも間近で見ると一種の迫力のようなものがある。それは総理大臣としての迫力というより、そこまで上り詰めた政治家が持つ迫力なのだろうと澁谷は思う。しかしいまはさすがにその表情にも疲れが見える。ここ数日、ろくに休息も取れていないにちがいない。それはこの場に集まっているだれもに共通したことだが。

 澁谷はこの場ではどうやら最年少のようだった。秘書は澁谷よりも若かったが、会議がはじまると外へ出ていった。言うまでもなくここで話し合われたことは機密扱いとなる。

「まず、状況の整理からはじめます」

 防衛省の事務次官が言った。

「外務省とも連携を取り、情報の収集を進めておりますが――まずさきの襲撃でわが国が被った被害について説明させていただきます。敵は矢代市上空に飛来し、矢代市の中心地から半径三キロに渡って超音波とおぼしき攻撃を受けました。それによって全壊、半壊、ないし居住不可と判断される建物がおよそ八百棟、その他窓ガラスや壁のひび割れなどは市内全域にわたって報告されています。現在も調査は続いており、被害状況はさらに拡大する見通しです。次に人的被害に関してですが、自衛隊の避難誘導が適切だったこともあり、市内での負傷者はひとりも出ていません。しかし避難に際して転倒などによる怪我が百あまり、体調不良も同数出ており、近隣の病院はいまもパンク状態にあります。この先、避難生活が長引けばその分体調不良の住民が増える可能性があり、速やかな対策が必要になります。

 次に国外の状況に関してです。敵飛行物体は全八機確認され、日本を含む八カ国、八都市に飛来したことが確認されています。そのなかでももっとも被害が多かったのはブラジル東部の町バルサスです。ここは世界でもっとも早い時間に敵飛行体が飛来したこともあり、避難が不可能な状況で、数千人規模の死者が出ています。負傷者も多く、町全体が壊滅したと現地の報道では伝えているようです。その他の国、地域に関しても多くの死者が出ており、さきの襲撃での犠牲者は世界中で二万人を越えています。また、なによりも都市そのもののダメージも大きく、矢代市は中心部がほぼ壊滅しましたが、ほかの都市ではほぼ全域、数十キロにわたって建物はすべて崩れ、地面は陥没、液状化しているようです。物的、人的被害ともに、日本がもっともすくないと思われます。その理由については――」

「あのロボットのようなものが飛行物体を破壊してくれたおかげ、か」

 だれかが事務次官の台詞を引き取るように呟いた。

「あれがなんなのか、わかりましたか」

「いえ、それはまだ――ロボットのそものは矢代市内で発見していますが」

「それに関しては自衛隊から報告があります」

 立ち上がった澁谷に全員の視線が集中する。

「航空自衛隊所属、二等空佐の澁谷です。まず自衛隊の該当部隊、指揮官は陸上自衛隊の沼田二佐ですが、この部隊が戦闘終了後市内に入り、町中に倒れているロボットを発見、監視状態にありました。しかしその後、イリジウム社がロボットの所有権を主張し、自ら回収に現れています。これに関してはすでに政府から許可が下りているということでしたが」

「政府から?」

 総理大臣がちらりと事務次官に目を向けた。事務次官は慌てて首を振ったが、それを同席していた官房長官が受ける。

「イリジウム社からそのように連絡があったのはたしかです。小川先生が許可を出されたとか」

「小川先生が? そうですか――それで、ロボットはイリジウム社のものなのですか?」

「イリジウム社はそう言っています。真実かどうかはわかりませんが、彼らがなにかロボットに関して情報を持っていることはたしかです。そのため、私の一存になりましたが、その場でイリジウム社と自衛隊とのあいだで一種の協力関係を結ぶことにしました。これに関してはすでに幕僚長の了解も得ています。自衛隊はイリジウム社が主張する権利を認め、ロボットの所有等イリジウム社が希望していることは叶えつつ、ロボットの移動に使う車両や警備等の配備も自衛隊で行います。同時にイリジウム社からはロボットに関する情報を受け取り、必要になればロボットの運用に関して権限を持つことを約束させました。それによって基本的にロボットの管理はイリジウム社が行いますが、再び敵飛行物体が攻めてきたとき、あるいはあのロボットを運用しなければならなくなったときは自衛隊の指示によって運用することが可能です」

「なるほど……。しかしあのロボットはなんなのですか? イリジウム社が秘密裏に開発していた軍事用のロボットなのでしょうか」

「詳細はまだわかりません。しかしイリジウム社が開発したロボットではないと思います。もし兵器を開発するなら、あのような規模、あのような形にする必要はない。効率の問題です。それにあのロボットは飛行物体と同じ攻撃手段を持っていた。そのことから考えても、あのロボットは飛行物体同様、われわれにとって未知の存在といったほうがいい」

「その点について、すこし補足を」と防衛事務次官。「各国の、飛行物体の迎撃についてです。

わが国もスクランブルをかけていつでも迎撃できる体勢を取っておりましたが、ほかの国では実際に迎撃行動に出た国もあります。アメリカでは空軍が出動し、空対空ミサイルによる迎撃が試みられましたが、失敗に終わったようです。この点についてアメリカからはまだ情報がきていませんが、現地報道では空軍機と思われる航空機が飛行物体に接近、ミサイルも放つも、それは飛行物体に到達する前に爆発し、航空機そのものも爆発炎上、おそらく飛行物体から攻撃を受けたものと思われる映像も流れています。それが事実であれば、敵飛行物体には空対空ミサイルは通用しません。おそらく、地対空でも同じこととも思われます。すべて衝撃波によって飛行物体に到達する前に爆破させられてしまうようです。つまり、現時点、飛行物体の破壊に成功したのはわが国だけであり、わが国が所持、運用可能な兵器では他国と同様の結果になるでしょうから、有効だと考えられる攻撃はあのロボットによる攻撃のみということになります」

「つまり――」

 統合幕僚長の林田が言った。

「われわれはあのロボットに頼らざるを得ない、ということですな」

「しかし、次の襲撃はあるでしょうか。ほかの国を襲撃した飛行物体は、その後どこへ?」

「再び加速、大気圏を出て、いまは月方面に向かって遠ざかりつつあります」

「もちろん、その途中で引き返し、再び攻めてくるかどうかはだれにもわからない、というわけですね。そのときの備えはしておかなければならない。イリジウム社がロボットに関する情報を持っているなら、連携を強める必要がある。自衛隊はとくに、イリジウム社から目を離さないようにお願いします」

「了解しました――自衛隊からもうひとつ。敵飛行物体の破片についてですが、これは回収不可能でした。細かく砕けた破片は瓦礫と区別ができませんし、あるいはもう風に飛ばされてしまっているのかもしれません。映像、音声の解析は大学の専門家に依頼しています。あれがなにかしら意思を持つものであれば、その意思がどこかに込められているかもしれない」

「私は、ある可能性を恐れています」

 総理大臣はかすかにうつむきながら言った。

「今回、たしかに日本の被害は他国に比べてちいさなものだった。死者はひとりも出ていない。しかし、われわれは敵の飛行物体を破壊した。敵、ではなかったかもしれない。もちろん、状況を考えればそれが間違いだったとは言わない。他国を見れば、まったく抵抗しなくても町は破壊されている。しかし――もし次の襲撃があるとしたら、敵は、唯一損害を与えたわが国を狙ってくるのではないか……私がそれが心配です」

「だとしたら」

 澁谷は言った。

「次の襲撃で日本が狙われたら、また撃墜してやればいい。これは戦いです。戦わずに済めば言うことはないが、その状況は過ぎた。戦いには勝たなければなりません。われわれは、勝つ」

 総理大臣はじっと澁谷を見つめたあと、ちいさくうなずいた。

「澁谷二等空佐、イリジウム社との件、そしてロボットの運用に関してはあなたに一任します。あなたの判断が自衛隊全体、ひいては政府の判断になる。よろしくお願いします」

「――了解しました」

「では復興に関しての話に移りましょう。予算などを組み直さなければならない。避難が長期になるなら仮設住宅の建設も急がなければなりません」

 ここでの自分の仕事は終わったようだと澁谷は椅子に座り直し、ちいさく息をついた。

 そうだ、これは戦いだ。戦争。日本が数十年ぶりに経験する、国が生きるか滅ぶかの戦い。国だけが滅ぶならいいと澁谷は思う。しかし国とはひとだ。そこに暮らす人々の安全、安定は、守らなければならない。

 やつらは、敵は、容赦しないだろう。それは今回のことで明らかだ。そこに人間がいようがいまいがお構いなしに連中は破壊する。その圧倒的に理不尽な暴力には屈しない。コミュニケーションとはなにも言葉によるものだけではない。戦闘もまた、コミュニケーションのひとつだ。相手を打ち破りたい、負けたくない、という感情をぶつけ合うのだから。

 勝たなければならない。澁谷は自分に言い聞かせた。なんとしても、勝つ。それ以外のことは、すべてが終わってから考えればいいことだ。

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