宝物



「どれだけ寄せ付けたんだ、あの老いぼれは!!」


 ルシアがグールの頭部に弾丸を撃ち込み、沈黙させる。グールは動きが鈍く、腕につけているのが機関銃だろうがロケットランチャーだろうが大した脅威ではない。

 問題は数だ。生きた人間を求めて、実に百体以上のグールが犇めきあっていたのだ。

 弾丸がいくつあっても足りない。ジェズアルドだけのせいとは言えないが、それでもあいつが悪いと思ってしまう。

 いや、絶対にあいつが悪い。


「あら、ルシア。もう泣き言?」


 傍らで巨体のグールを斬り刻むサヤが不敵に微笑する。顔色から察するに、強がっているのだろうが。

 なんとも勇ましい女だ。


「ふん、まさか。サヤこそ、少し休んでいたらどうだ?」

「気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫よ。私はトラちゃんのお姉ちゃんだもの。こんな場所で弱音なんて吐けないわ」

「俺だってリヴェルの兄だ。グールごときに音を上げるわけにはいかない」

「だから、何でこんな時に煽り合ってるんすか!」


 後方で援護してくれているシダレが喚く。なんともちぐはぐなチームだが、グールの勢いを遥かに勝る。次第にグールの数は減り、通路が灰だらけになっていく。

 相性は悪くない。だが、これがいつまで続けられるか。


 俺達は、あとどれくらい生きられるのだろうか。


「あれ、そういえばもう零時過ぎてるっすよ」

「……え」


 シダレが腕時計を見て、まるで待合せに遅れたかのように暢気に言った。ルシアとサヤも、それぞれ自分の時計に視線を落とす。彼の言う通りだ。

 零時五分。爆発予定時刻から、既に五分も過ぎているじゃないか!


「二人とも下がれ、残りを一掃する!」


 残りのグールは八体。かなり頑丈で手こずる相手だが、これ以上時間はかけていられないし、出し惜しみしている余裕もない。

 ルシアは拳銃を納め、代わりにコートの下に隠していた異形の短機関銃を手にする。


「あれ、なんすかその機関銃。変わった形っすね――って、いったぁ!?」

「シダレ、下がって!」

 

 変わった形状の短機関銃にシダレが寄ってくるも、サヤが彼の尻尾を掴んで引っ張る。シダレが情けない悲鳴を上げるも、それをすぐに甲高い連射音が掻き消した。

 VE176。鉛色の塊からグリップ部分を繰り抜いたかのような奇抜な形のこの銃は、防火扉ですら撃ち抜く弾丸を五十発フルオートで連射することが出来る。

 女神の名を冠する愛銃が、グール達を容赦無く滅する。数秒後には、全てのグールが灰と化した。


「な、なんてものを隠し持ってたんすかルシアさん!?」

「いいだろう、俺の宝物だ」

「……決して持ち歩くような代物じゃないわよ」

「そんなことはどうでもいい。リヴェ達の元へ戻るぞ」


 俺は急いでリヴェル達が居る部屋へと戻る。日付が変わっても爆弾が爆発しないということは、リヴェルがパスワードの入力に成功したんだ。

 この国を、人を救ったんだ。そんな大業を成し遂げた弟を、目一杯褒めてやろうと思っていた。


 司令室に戻るまでは。


「……リヴェ?」

「…………」


 ルシアが呼んでも、リヴェルは返事もしなければこちらを振り向くこともしない。ただ座り込んで、声を殺すようにして泣いていた。

 ほっとしたとか、怖かったとか。そういう泣き方じゃない。だから、ルシアは思わず足を止めてしまった。


「アーサー、一体何が」

「ルシア……この国で最初にお前を見た時、なんとなく見覚えがあるような気がしていたんだ。てっきり、あの日のことがあったからだと思っていたが」


 ルシアは思わず身構えた。あの日、アーサーの家を焼き払ったことは後悔しているし、死んでも取り返しのつかないことだと思っている。

 だが、アーサーはなぜか懐かしそうに目を細めた。


「そうか……思えば、大型の拳銃を好んで使うところも、構え方もそっくりだ。

「……は? アーサー、お前は何を言って――」

「る、ルシアさん。前、前を……」


 意味のわからない話をするアーサーを問いただそうとするも、シダレに腕を叩かれて前を向かされる。

 そして、やっと理解した。アーサーの話の意味を。サヤが少し離れた場所で、口元を押さえながら崩れるように座り込んでしまったが、気にかける余裕はなかった。


「これは……一体、どういう意味だ」


 自分の声が震えていることにさえ、ルシアは気が付かなかった。それ程までに、視界に飛び込んできた真実は衝撃だった。

 破滅へのカウントダウンは止まり、水素爆弾は静かに目の前で鎮座している。改めて設定しない限り、爆発することはないだろう。

 問題は、表示されたままのパスワードだ。リヴェルが思い出し、入力したものに間違いないだろうが。

 どうして、テュランが入力したパスワードが、こんな文章になるんだ。


「……『なきむしなおとうとへいいゆめをありがとう』」


 思わず、読み上げる。それは、どう見てもランダムで入力された無意味な文字列などではなかった。

 間違いない。これは、メッセージだった。それも、リヴェルへの。


 ――泣き虫な弟へ、いい夢をありがとう――

 

 一度も会ったことがない筈の、自分の弟リヴェルへの感謝のメッセージだった。


「そんな……でも、なぜ。いや……」


 待てよ。そういえば、テュランの資料に書いてあった。


「サヤ、お前は研究所に居た頃、テュランの前で銃の暴発事故を起こしたことがあるか?」

「事故……いいえ、ないわ。銃を触ったのは、士官学校に入った後だもの」

「そうか……それなら、あの記述はそういうことだったのか」


 やっと全て繋がった。

 だが、これが真実ならばあまりにも残酷ではないか。


「アーサー、前に孤児院で俺が同じことを聞いただろう?」

「ああ、覚えてるぞ」

「あれは、俺なんだ……暴発事故を起こしたのは、俺だ。訓練中に暴発して、一時は意識不明にの重傷だった。覚えてはいないが、リヴェはずっと傍で心配してくれていたらしい」

「それ……まさか」


 サヤとアーサーが顔を上げる。そういえば、この二人もテュランの資料は読んだのだった。だから、覚えているのだろう。

 たった一文だけ、不可解な記述があったことを。


「……『銃の爆発でケガをしたお兄ちゃんが心配』という記述か。研究所の見解では、精神的ショックと拷問による幻覚だとされていたが」

「トラちゃんは、知っていたっていうの? リヴェルと同じように、シンクロ能力でリヴェルのことを知っていた?」

「恐らく、リヴェルよりも能力は弱かったのだろう。眠っている間だけ見えたのかもしれない。だから、『夢』と表現したんだ」


 テュランは夢という形で、リヴェルのことを知った。そして、ルシアという兄の存在も。

 

「よりにもよって、私が……トラちゃんを見捨てた、あの日に?」


 そう。テュランが能力を発症したのは、サヤと別れたその日だろう。そして、彼はその日以降能力のことをひた隠しにした。

 本当に、夢だとしか思っていなかった可能性はある。だが、このメッセージは明らかにリヴェルにあてたものだ。

 認めるしかない。だからこそ、ジェズアルドでさえ暴けなかったのだから。


「テュランは、知っていたんだ。自分に、リヴェルという双子の弟が居ることを。そして、そのことを死ぬまでずっと隠していた。リヴェルを護るために」


 ありえない、だが、そう考えるしかない。でなければ、自分の死を覚悟した前日にこんなメッセージを残せる筈がない。

 痛いくらいに熱くなる目頭を、ルシアが乱暴に擦る。何度も考えた。テュランを助けに行くべきだと。

 何度も考えたが、こんなにも助けに行かなかったことを後悔した日はない。


「思えば、リーダーはやけに『自分のための復讐』ってことを強調していたっす。あれは、リヴェルさんは関係ないって意味だったのかもしれませんね」

「だが、なぜテュランはありがとうだなんて……恨まれるなら、理解出来るが」

「あくまでおれっちの憶測ですが、お二人がリーダーにとっての『希望』だったからではないでしょうか。リヴェルさんが見たもの、体験したこと。『外の世界』を見せてくれた人達のことを恨むなんて、リーダーには出来ません。あの人は自分にないものを羨むことはあっても、ないことを恨むような人じゃないっす」


 きっと、羨ましかったんです。シダレの憶測は、真実かどうかわからない。だが悔しいことに、それならばテュランがシンクロ能力のことを隠していたことと辻褄が合う。

 人は、大事な宝物ほど誰かにとられたくないと思うものだから。


「……ま、何はともあれ一件落着ってことっすね! 早く帰りましょう。ここに居たら、またいつグール達が集まってくるか――」

「追いかけよう」

「そうっすねリヴェルさん、さっさと追いかけましょう! ……って、追いかける?」


 皆が一斉にリヴェルの方を向いた。ごしごしと涙を拭って、リヴェルが立ち上がる。

 もう彼は、泣いていなかった。


「……ジェズを、追いかけよう」

「リヴェ、あの老いぼれは今は放っておけ。今から国の外へ追いかけても追いつくのは難しいぞ」


 正直、俺だってジェズアルドには言いたいことがある。というより、一発殴りたい。なんなら殺したい。だが、今は皆休息が必要だ。

 でも、リヴェルは首を横に振った。


「ジェズはまだ近くに居る。だって、ジェズがなんて言う筈ないから。多分、カインと決着をつけようとしてるんだ」

「何だと?」

「オレ、ジェズにはまだ言いたいことがあるんだ! だから、ジェズを止めないと。ヒーロー、カインが行きそうな場所はどこだ?」

「カインが行きそうな場所……あそこしかないだろうな、案内する。俺もカインに言いたいことがあるからな」

「私も行くわ。ルシア、シダレも行くわよ」

「あ、ああ」

「了解っす!」


 全員揃って満身創痍なのに、行動は早かった。五人は急いで地上へと戻るべく、シェルターの中を駆け抜ける。

 爆弾と、残されたメッセージだけが、彼らの行く末を見守っていた。

 

 

 

 


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