成長
誰も、何も言えなかった。ルシアでさえ、口を噤んだままだ。これはジェズアルドが計算して進められたことなのか、それとも偶然なのかはわからない。
ただ、この場でリヴェルを助けられるのはジェズアルドしか居ない。決して自分の命が惜しくないわけではない。
それでも、リヴェルが助かるなら。アーサーとサヤ、シダレ、そしてルシアも唇を噛みながらリヴェルの決断を見守る。
そして長い沈黙の後、リヴェルは口を開いた。
「ありがとう、ジェズ……でも、オレは行けない」
「リヴェルくん?」
リヴェルの返事は、意外なものだった。ジェズアルドの目が大きく見開かれる。
「なぜ? これはテュランくんの復讐です。きみが気に病むことはありません。きみが苦痛を背負う必要なんかないんですよ?」
「決めたんだ、オレ。テュランの復讐を引き継ぐって」
ジェズアルドの手は取らずに、リヴェルがふらつきながら立ち上がる。今にも倒れそうで、折れてしまいそうで。
それでも、声を震わせながらリヴェルは宣言した。
「オレは、テュランの復讐を引き継ぐ。そして、この復讐を終わらせる。もうこんな悲しいコトは終わらせるんだ!」
「ッ……」
ジェズアルドが息を飲む。いや、ジェズアルドだけじゃない。リヴェル以外の全員が圧倒された。この感覚は三度目だ。
一度目は、孤児院で。
二度目は、カインと遭遇した時に。
ハッタリだとわかっているのに、不思議とこういう時のリヴェルにはテュラン以上の力を感じてしまう。
「……そうですか」
拒まれた手を握り締め、ジェズアルドが腰を上げる。そしてふっ、と表情を和らげる。
アーサーは知らない。こんなふうに微笑む彼を。ただ、どこかで同じ表情をしていた人と同じ時間を過ごしていた気がする。
アーサーが遠い昔に失った、温かい記憶の中にある誰かの表情だった。
「まだまだ子供だと思っていたのに……リヴェルくん、きみはすっかり立派になりましたね」
「そ、そうかな」
「ええ。僕の助けなどもう必要ないくらいにね。だからきみは、きみが決めたように自由に生きなさい」
ぽんぽんと、ジェズアルドが優しくリヴェルの頭を撫でる。そして手を離すと、今度はアーサーに向かって手を差し出した。
「アーサーくん、まだ僕のナイフを持っていますよね?」
「あ、ああ」
「返してください。それは、ここで失くすには惜しい代物です」
有無を言わさない声。アーサーがここで拒んでも、命令して奪い返されるだろう。
ナイフを取り出して、ジェズアルドに手渡す。返せと言ったくせに、手にした忌々しそうにナイフを見つめると、いつものように笑った。
「はい、確かに受け取りました。この国の寿命も、あと五十八分ですか。まあ、精々足掻いてみなさい。生きるためにね」
「ジェズ……」
「もう二度とお会いすることはないでしょう。さようなら、皆さん。さようなら……リヴェルくん」
ひらりと手を振って、踵を返すと同時にジェズアルドは姿を消した。宣言通り、まさに霧のように消えてしまった。
吸血鬼だけが使えるという魔法の類だろう。それにしても、ジェズアルドがリヴェルを見捨てるとは。
「……ふん、とんだ薄情者だな。居なくなって清々したが」
気まずい静寂の中、最初に口を開いたのはルシアだった。彼としては、リヴェルだけでも助けたかったのだろうが。
「リヴェル、大丈夫?」
サヤがリヴェルの元に行き、背中を優しく撫でる。
彼だけは助かる筈だった。助けられる筈だった。サヤとしては、無理矢理にでもジェズアルドに押し付けて逃がすべきだったと考えているかもしれない。
だが、リヴェルは頑なだった。
「だ、大丈夫……皆のコト、絶対助ける」
「リヴェル、でも」
「オレが、テュランが登録したパスワードを思い出せばいいんだ。思い出す、絶対に……」
頭を抱えて、うんうんとリヴェルが唸る。確かに、それしか生き残る方法はない。
でも、リヴェルを手助けすることは誰にも出来ない。
「あ、あのう……爆弾も大変ですが、外のグール達もやばそうなんすけど」
おそるおそる、シダレが扉の方を指さした。機関銃や手りゅう弾程度ではびくともしない頑丈さだが、流石に耐えられなくなってきているようだ。
鍵が壊れかけ、扉自体も歪んでいる。この様子では、もう一分ももたない。
「……俺が行こう。リヴェの邪魔をする者は、全て殺す」
「いいえ、私が行くわ。ルシア、あなた利き手を骨折しているんでしょう? 無理しない方がいいわよ」
「もう治った」
右手に巻いていた包帯を噛み破ると、指の動きを確かめるように何度か握り締める。ハッタリではなく、本当に治ったらしい。
羨ましいを通り越して、呆れる治癒力である。
「サヤこそ休んでいた方がいいんじゃないか? 人間に徹夜は厳しいだろう」
「お生憎さま、昔の激務に比べたらどうってことないわ」
「なんで二人で煽りあってるんすか?」
「あ、じゃあ俺も」
やる気満々の二人を見比べながら、シダレもグールの方へ行く気なのか銃を構える。
アーサーも行こうと声をかけるが、三人が同時に止めた。
「いや、アーサーは大人しくしていろ。さっきから義足の関節部分の動きが鈍い、これ以上。負荷をかけたら動けなくなるぞ」
「アーサー、さっきジェズアルドにナイフを返したわよね? 素手でグールを相手にするのは効率が悪いわ」
「旦那はここに居てくださいっす。あ、でもシルバーブレッドに余裕があるならくださいっす。弾丸さえあればいいっす、十分っす」
「ぐっ、お前ら……!」
弱点を的確に三段突きされてしまい、アーサーは何も言えなかった。確かに、吸血鬼用の武器が無い状態では消耗が激しくなるばかりである。
悔しさに歯ぎしりしながら、アーサーがシルバーブレッドの弾倉を二つシダレに投げつけた。
「ひえっ! ちょっと旦那ぁ、イライラをおれっちにぶつけないでくださいよぉ!」
「うるさい、行くならさっさと行け」
「任せろ。ここにはグールどころか、ハエの一匹も近づけさせない」
「アーサー。リヴェルのこと、お願いね」
破滅が迫っているというのに、三人は頼もしい顔でグールへと向かって行った。
扉は突破されてしまったが、雪崩れ込むグール達をルシアの銃とサヤの刀が襲い、シダレは援護する形だ。
三人の連携は見事なもので、あっという間にグール達を押し返す。だが、相当な数のグールがここに集まってきているようだ。
……こんな地下にまで人を求めてくるなんて。ルシアが言っていたように、この国の人口はアーサーが思っている以上に減ってしまっているようだ。
仮に爆弾が爆発しなくても、アルジェントは滅亡するだろう。それも、そう遠くない未来に。
「……妙だな」
アーサーは腕を組んで考える。テュランが企てた復讐計画は、どれも無駄が無かった。
それなのに、この爆弾の存在は何だ? こんなものがなくたって、グールだけでアルジェントの滅亡は決まった。
それなのに、なぜこの爆弾を用意した?
……もしもこの爆弾が、爆発する以外にも意味があるとしたら?
「誕生日……身長、体重。いや、そんな単純なものにはしない筈。うーん……」
リヴェルを見ると、操作盤に齧りつきながらパスワードを必死に思い出そうとしている。今は、そっとしておいた方がよさそうだ。
運命の時刻は、刻々と迫っている。アーサーはふっと息を吐くと、ひとまず休息をとろうとその場に腰を下ろした。
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