七章 真実
金属の魚
アーサー達が案内されたのはアルジェント第八区、大統領府からほんの少しだけ離れた地下シェルターだった。
要人を保護する専用シェルターで、ある程度の籠城が可能な物資や避難の為の専用車両が数台備えられているとアーサーは聞いたことがある。
「あ、そういえば忘れてました。ここにあった車を一台お借りしたんですけど、オルマタワーの近くに置きっぱなしでした」
「言われてみれば、タワーの近くに変わった車が乗り捨ててあったすね」
「お前……何してるんだ」
盗人発見。ヘラヘラと笑うジェズアルドに、シダレとアーサーは呆れたように溜め息を吐く。
「いやあ、気を失ったテュランくんを運ぶのは流石に大変だったので」
「……って、待て。ということは、お前とテュランはここに来たのか?」
「はい。テュランくんをきみ達から助け出した後、オルマタワーに行く前に寄り道したんですよ」
「二人の行方が追えないと思っていたら、こんな場所に来ていたのね」
一年前の苦労を思い出してしまい、アーサーとサヤが顔を見合わせる。このシェルターは要人の保護を最優先にしている為、主要な道路とはかなり離れている。
ここで二人の身柄を確保出来ていたら、と考えてしまう。
「あなた達……緊張感がないわね。遠足じゃないのよ?」
ディアヌが呆れ顔で振り返る。今はディアヌを先頭にアーサーとサヤ、ジェズアルド、ルシアとリヴェルとシダレでシェルター内を歩いていた。
武装兵はシェルターの外に半数が残り、ディアヌの両脇に二人、後方に三人が何も言わずに同行していた。
「おー……なんか、凄い。床も壁も、白くてツヤツヤしてる……でも、なんか息苦しく感じるな」
「地下だから窓がないせいだろう。ここに逃げ込まれたら、確かに攻め込むのは難しそうだ」
くるくると通路を見回しながら歩くリヴェルと、施設を見る度にぶつくさと考え込むルシア。特に緊張感がないのがこの兄弟だった。
大統領はリヴェルが持つテュランの記憶が必要だと言っていたが。今の彼に、この場所を懐かしがる様子はない。
「しかし閣下、このシェルターに今更何の用が? それも、こんな時間に」
アーサーは気を取り直して前を向いた。要人保護の為の施設だが、今となっては無用の長物だ。それなのに、大統領は先を急ぐ足を止めない。
時刻はあれから数時間経って、午後十一時になろうとしている。
「あら、あなた達知らないの? このシェルターは要人だけではなく、大統領の長期滞在を想定して作られているの。だから、ここにも大統領府と同様の設備が整っているのよ」
「いえ、それは把握しておりますが」
大統領の説明に、サヤが訝しむ。ここからでも大統領が国内の指揮をとるための設備は整えてある。それはアーサーも知っている。
ふっ、と大統領は笑った。
「そう、そういえばヴァルツァー前大統領はそういう人だったわね。自分だけが全てを背負って、大事な子供には秘密にする。立派な人だったわ」
「それは」
「まあいいわ。ここにはね、アルジェントの切り札があるの。これよ」
大統領の言葉と、見えてきたものにアーサーは思わず呼吸を忘れた。
司令室の更に奥、頑丈な扉を通った先に、それはあった。
「これは……!」
水槽の中に居る、金属で出来た巨大な魚。それはガラスの向こう側にあるので、尚更そう見えてしまう。
もちろん、これはそんな可愛らしいものではない。
「これは……まさか」
「水素爆弾よ。アルジェントが誇る、最後にして最強の一撃。そして、今まさにわたし達を燃やしつくそうとしている悪魔の弾丸」
「ば、ばばば爆弾!? しかも水素爆弾ってことは、核兵器ってことっすか!」
シダレが仰け反るようにして遠ざかりながら、悲鳴じみた声を上げた。無理もない。アーサーも鳥肌が止まらなかった。
要約するとこうだ。この水素爆弾は、アルジェントが敵国に攻め込まれ、絶体絶命となった状況下を想定したとっておきの切り札である。
だが、この爆弾は今まさにアルジェントに放たれようとしている。そういう風に設定を変えられたのだ。
誰に? 一人しかいない。
「……テュランか」
「ええ。運が悪いことに、テュラン達がここに踏み込んだ時はこれの整備中でね。管理者の一人が捕まって、設定を変更された。一年後の今日、自国を焼き尽くす為にね。どうやって変えさせたかは……気にするだけ無駄ね」
「やだなー、そんなに熱い視線を向けないでくださいよ」
全員の目がジェズアルドに注がれる。この男ならば、管理者に命令して設定を変更するくらい造作もない。
……いや、その点はどうでもいい。
「……あのー、そこの画面に表示されてる時間なんすけど。明日の日付になってるように見えるんすけど、カレンダーだったら間違ってませんか?」
「カレンダーじゃないから正確よ。この爆弾は明日の午前零時、日付変更と同時に自爆するよう設定されているわ。おそらく、国土のほとんどが一瞬で焼け野原になるでしょうね」
淡々と話を続ける大統領に、シダレが情けない悲鳴を上げた。いや、悲鳴を上げられただけマシだ。
アーサーにいたっては、状況を飲み込むことすら出来ていないのだから。
「……つまり、このままでは一時間後にアルジェントは滅亡。国土、並びに我々を含めた国民は一人残らず焼死するってことですね?」
「そうよ」
サヤの言葉に、大統領が頷く。
あり得ない。
「そんな……! 大統領は、いつからこのことを知っていたんですか?」
「テュランが死んで数日後、だったかしら」
「そんなに前から知っていたのなら、どうしてもっと早く公言しなかったんすか⁉ 一年あれば、この国の人を避難させられましたよね⁉」
「キツネのあなた、この国で一日何人の人間が吸血鬼症候群を発症しているかわかる? そんなリスクがある人間を、どこに避難させろというの? 受け入れてくれる国があると思う?」
呆気なく論破され、シダレがぐっと押し黙る。
「それに、人間は避難させられたかもしれないけど。人外は無理。これでもカインを拾ったせいか、人外にも多少の思い入れはあるのよ?」
「一時間後に国ごと全てを失いかけている大統領にしては、随分余裕があるように見えるが。勝算はあるんだろう?」
自分も被害者だ、と言わんばかりの大統領にルシアが口を開いた。不遜とも言える態度だが、彼女が気にする様子はない。
「ええ。いやらしいことに、この設定はパスワードを入力すればすぐに無効となるようになっているわ。文字、記号、数字を組み合わせた最大二十字のパスワードがわかればね。今すぐ教えてくれれば話は早いんだけど」
「え、もしかして僕に言ってます? 無理ですよ。だって、僕は知りませんから。あの時、警備兵の皆さんが大勢いらっしゃいましてね。この部屋の外で相手している内に、テュランくんが勝手に変えちゃったので」
この話を聞いたのも初めてですもの。肩をすくめるジェズアルドは胡散臭いが、リヴェルが居るこの状況で嘘をつくとは思えない。
よって、アルジェントが……いや、この場にいる全員が生き残る方法は一つだけ。
「そう。それならやっぱり、パスワードを登録した本人に聞くしかないわね。いえ、本人の記憶を持つ双子の弟に、というべきかしら」
「リヴェルを探していた理由は、そういうことですか」
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