滅亡への足音

 続々と現れ、拳銃や防護盾を構える武装兵達。その数はざっと数えて十人。多いとは言えない人数だが、全員機械で出来ているのかと錯覚するくらいに動きが洗練されている。

 加えて、アーサーには彼らの装備に見覚えがある。

 

「目標を確認しました。リヴェルです」

「え? オレ?」

「……お前達、リヴェに何の用だ」


 リヴェルを庇いながら、ルシアが低く吼える。あまりの剣幕に、武装兵達が慄く。

 しかし、とある人物の登場にアーサーは驚いた。


「銃を下ろしなさい。我々は平和的に、話し合いで交渉をしに来ただけよ」

「あなたは……カサーラス、大統領?」


 信じられない、とサヤが口を手で覆った。そう、この部隊は一年前、大統領直属の『ランサー』部隊だ。

 そして、この部隊を率いる人物。ディアヌ・カサーラス大統領。間違いなく、その人である。


「おや、これはお久しぶりですねディアヌさん。今日はカインは一緒ではないんですね?」


 眼鏡を押し上げながら口角をつり上げるジェズアルド。アーサーは思わず彼を見て、それから大統領の後方に視線を巡らせる。

 カインの姿は、ない。しかし、ジェズアルドの言葉が本当なら、今のカインの主は大統領だということか。


「ふふ、残念な報告よ。カインは契約を破棄してわたしの元を離れたわ」

「……どこに行ったんですか」

「さあ、何も言わずに出て行ったから。いい女は自分の元を去る男なんかに執着しないのよ」

「飼い犬の管理は、飼い主としての義務だと思いますが?」


 笑顔を取り繕ってはいるが、ジェズアルドの声色は明らかに冷ややかだ。アーサーはサヤに目配せする。

 ジェズアルドがどうして大統領と顔馴染みなのか、カインはどこへ行ったのか。聞きたいことは山積みだが、今はリヴェルを護ることが最優先だ。


「お久しぶりです、カサーラス大統領閣下。確認させて頂きたいのですが、リヴェルを探していたのは閣下ということにお間違いないでしょうか?」

「ええ、そうよ。リヴェルにはルシアが居ることはわかっていたから、カインを使って探していたの。まさかアーサー、あなた達やカインのまで居るとは思わなかったけど」


 アーサーの問い掛けに、大統領が頷く。アーサーとサヤはヴァルツァー元大統領の部下であったが、彼女とはあまり接点がなかった。

 印象としては、頭の回転が早く勘がいい人。それくらいしかわからない。


「はあ、参ったわね。ルシア一人くらいならこの人数でも何とか出来たのに、あなた達が居るならこのまま交戦しても返り討ちにされるわね」

「ふん……ずいぶん見くびられたものだ」


 大統領の言い分が気に入らなかったのか、ルシアが吐き捨てるように言った。確かに、武装しているとはいえ、たった十人程度に遅れをとるような男ではない。

 カサーラス大統領は聡い人だが、争いごとに関しての読みは甘い。自覚があるのか、大統領がくすりと自虐的に笑った。


「……そうね。ずっと戦場に身を置いていたあなた達とは比べ物にならないくらい、わたしは経験が浅いわ」

「では、撤退していただけますか? ご足労頂き申し訳ないのですが、リヴェルを渡すわけにはいきません」

「どうして庇うのかしら。その子はテュランの弟よ? アルジェントをここまで破滅させた恐ろしい人外、その双子の弟だなんて危険だと思わない?」

「誰の弟であろうが、人外であろうが、関係ありません」


 咄嗟に自分の口から飛び出した言葉に、アーサーは驚いた。だが、それこそが彼の本心だ。


「……この一年間、俺達は皆で助け合って生きてきました。人間も人外も関係ない」

「そうです、閣下。リヴェルは私達の仲間です。どんな理由があれ、彼の身柄を拘束するつもりならば全力で抵抗します」


 アーサーの隣に立って、サヤが刀に手をかけながら言った。シダレも銃を抜いている。

 ルシアとジェズアルドは、武装兵が少しでも動けば容赦しないだろう。問題はリヴェルの中に居るテュランの人格だが、今のところは大人しくしているようだ。

 たじろぐ武装兵達。もはや引き金を引くまでもない。


「……はあ。まったく、、必死に強がって損したわ」

「強がる?」

「わたしはこの壊れかけた国を背負って立つ女よ。少しは威厳を見せつけようと思ったけれど、やるだけ無駄みたいね。だから、手段はもう選ばないわ」


 大統領の言葉に、アーサー達も、そして武装兵達も同時に身構えた。

 びりびりと痺れるような緊張感。だが、その緊張も長くは続かなかった。


「……お願いします。力を貸してください」

「か、閣下!? 一体何を、お止めください!」


 深々と、頭を下げる大統領。兵が止めるのも聞かず、彼女は懇願した。


「この国は、。それを阻止する為にはリヴェルが……いえ、リヴェルが持っているテュランの記憶が必要なんです」

「……へ?」

 

 ぽかんと、呆けるリヴェル。いや、その場に居る大統領以外の全員が同じ反応だった。

 滅亡。それが、テュランが企てた終末作戦における最後の一手だとアーサー達が知ったのは、数時間後のことであった。

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