和解
「そういえばリヴェルくん、ルシアくんはどうしたんですか?」
「ルシア? そういえば……えっと」
ジェズアルドに言われて思い出したのか、リヴェルがきょろきょろと周りを見回す。
すると、まるで返事をするかのようなタイミングでシダレの悲鳴が辺りに響き渡った。
「きゃああー!? 何してるんすか、ルシアさん! セップク!? ハラキリ!? とりあえずやめてくださいっす!」
「え、え? ルシア、何してるんだ?」
「うーん、多分ろくでもないことだと思いますよ」
慌てて悲鳴の方へ向かって駆け出すリヴェルと、彼について行くジェズアルド。アーサーも追い掛けようとするが、反射的に足が止まった。
リヴェルのことは、許せた。でも、ルシアは……。
「アーサー、無理に行かなくてもいいのよ?」
「……いや、大丈夫だ。あいつとも、ちゃんと向き合わないといけないからな」
そうしなければ、前に進むことなんか出来ない。アーサーは意を決して、ぎこちなくも足を前へと動かした。
サヤは何も言わずに、寄り添うようにしてアーサーの隣を歩く。そんな彼女に申し訳なさを覚えるも、結局何も言えなかった。
何といえばいいのかわからなかった。という理由もあるが、
「落ち着いてください! とりあえず、一回落ち着きましょう! はい、深呼吸っすよ。スーハースーハー……って、ちょおおお! だからナイフを置いてくださいってば! 痛い痛い痛い!」
「やかましい……ただ弾丸を取り除くだけだって言ってるだろう。大体感覚はまだ戻っていないんだから、痛くも痒くもない」
「見てるこっちが痛いっす! 大体指先一つ動かすのも覚束ないのに、身体に埋まった弾丸なんて取り出せるわけないでしょ! 大事な血管とか傷つけたらどうするんすか!」
今まさに自らの身体にナイフを突き立てようとするルシアと、その手にしがみつくようにして止めるシダレ。
それにしても、吸血鬼を黙らせる程の麻酔弾をその身に受けたくせに、殺気だけで動いている……リヴェルの為とはいえ、恐ろしい男だ。
「おお!? よくわかんねーケド、大丈夫かルシア? 顔色悪いし、ナイフなんか振り回して危ないぞ」
「止めないでくれ、俺はこの命に代えてでもリヴェを護らなければ……って、リヴェ!?」
リヴェルの顔を見るなり、ナイフを背後に放り投げて弟を抱き締めるルシア。傍から見れば、兄弟の感動的な再会なのだが。
「ひぐっ!? る、ルシア……く、くくるしい……」
「よかった、無事で本当によかった……お前に何かあれば俺は」
「あばばばばば」
「る、ルシアさん……リヴェルさんの顔色がブルーベリーみたいになってるっすよ」
みしみし、と嫌な音がリヴェルの身体から聞こえてくる。麻酔弾のせいか、力加減がおかしくなっているらしい。
……ああ、全く。仕方のないやつらだ。
「アーサー、ありがとう。でも、どうして――」
「俺に復讐なんて真似は向いていなかった、それだけだ」
ルシアの言葉を遮るように、アーサーが言った。
でも、ルシアを許したわけではない。
「ルシア、今はお前の力が必要だ。この国に住む人々……人間だけじゃなく、人外もグールの驚異に晒されている。だから、一体でも多くのグールを屠る為に力を貸して欲しい」
それが、アーサーがルシアに望む償いだ。
俺は、俺の復讐よりも、アルジェントに住む人々の平穏を選んだのだ。
「……ああ、もちろん。この国の全てのグールを根こそぎ灰にしてやるさ」
「オレも手伝う!」
「いや、リヴェルにはまた孤児院で歌って貰おう。子供達もまた聞きたいってせがんでたからな」
「ええ!? そ、それは……その」
「あ、リヴェルさんの歌、おれっちも聞きたいっす!」
「私もぜひ聞きたいわ」
「ひええ……は、恥ずかしい、から。あんまり言わないでくれ」
顔を髪の色にも負けないくらいに真っ赤にさせたリヴェルが、隠れるようにルシアへ抱きつく。幼子のような可愛らしい仕草に、空気がようやく弛緩した。
――彼以外は。
「ジェズアルド、どうしたの? 珍しく静かにしてるじゃない」
「その言い方だと、僕がいつも騒がしい男のようでとても不満なのですが」
ずっと口を閉ざしていたジェズアルドに、サヤが声をかける。
そういえば、ここに来てからのジェズアルドは少し様子がおかしい。いつもの彼ならば、リヴェルの危機には真っ先に駆け付けてもおかしくないのに。
今の彼は、リヴェルと距離をとろうとしているようにも見える。
「まあ、いいです。どうやらお客さんのようですよ、皆さん」
「え……」
ジェズアルドの宣告に、その場に居た全員が警戒態勢をとった。だが、アーサーの身体はテュランとの戦いによりかなり疲弊してしまっている。
ルシアもまだ立ち上がることすら難しそうだ。もしも相手がグールならどうするか。全員に緊張が走る。
だが、杞憂だった。いや、想定外の相手だったと言うべきだろう。
「全員動くな。その場で膝をつき、両手を上げろ!」
「な、なななんすかこの人たち!」
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