予感


 アーサーの家は、リヴェルとルシアの能力を研究するダンピール研究所だった。カインはダンピールを人工的に生み出す為の血液や細胞を採取する為に、研究所に捕らわれていた。

 結果として、カインの血を引くダンピールは生まれなかった。実験に問題が生じたのか、カインの力が強すぎたせいか。それは今となってはわからないが、やがてアーサーはカインと出会った。

 カインはアーサーにとって憎むべき敵などではなかった。カインは研究に没頭する両親の代わりであり、遊び相手であった。

 アーサーは知らなかったのだろう。自分の家の敷地内にある研究所に、リヴェルが捕らわれていることを。そして、ルシアの襲撃に遭った。

 ルシアの行動は、リヴェルを助ける為だった。彼らの中に、悪意は無かった。ただ、大切な人への思いがこの悲劇を生み出したのだ。


「姐さん、あの工場っす!」

「ありがとうシダレ。私、先に行くわね」

「はい、って……ええ!? ちょっ」


 姐さん! 呼び止めるシダレの声を振り切って、サヤはバイクから飛び降りる。そのまま廃工場まで走りながら、刀を抜き放つ。

 アーサーを止める。場合によっては、彼の義手や義足を破壊してでも。

 だが、自分の目に飛び込んできた光景に、サヤは血の気が引くのを感じた。


「ルシア!?」


 力無く横たわるルシアに駆け寄り、肩を揺さぶる。目立った外傷は無いが、彼が目を覚ます様子はない。

 まさか。サヤはおそるおそる、彼の首に手を当てる。


「……よかった、生きている。眠っているだけみたいね。でも、どうしてルシアはこんなところで」

「ぜえ、ぜえ……あ、姐さん。ルシアさんは無事っすか?」


 バイクを置いて、遅れて駆けつけてきたシダレが息も絶え絶えに聞いてきた。サヤは小さく頷く。


「ええ、大丈夫よ。眠っているだけみたい」

「そうっすか! よかったぁ……で、でも、旦那とリヴェルさんは?」


 サヤはシダレと共に、廃工場内を見回す。二人は居ない。もう何年も使われていない工場内は、かつての活気もなく閑散としている。

 だが、床や壁に刻まれた夥しい斬撃の痕は一体何だ?


「……姐さん、上の方から何か聞こえませんか?」

「上?」


 狐耳をぴんと立たせたシダレが、天井の方を指さした。確かに、物音が聞こえる。

 この廃工場は二階建てだが、二階に誰か居るのだろうか。サヤが二階を見上げた次の瞬間、


「うわっ!? な、なんの音っすか!」


 どこかでガラスが、否、壁ごと吹き飛ぶような轟音が鳴り響いた。爆発、とは様子が違う。

 まるで――


「……ん、うぅ」

「ルシア!?」


 轟音で意識が戻ったのか、ルシアが小さく呻きながら薄く目蓋を開く。そして虚ろな目でサヤとシダレを見ると、血相を変えて上体を起こした。


「リヴェ! うぐっ!?」

「大丈夫? あなた、撃たれたの?」

「……ああ、麻酔弾だがな」 


 掠れる声でルシアが言う。リヴェルに持たせていたポケットピストルが暴発し、ルシアに当たったと考えるのが妥当だろうが、何だか違和感がある。

 ……いや、まさかね。サヤは自分の脳裏に蘇った記憶を否定するように頭を振ると、刀を手に立ち上がった。


「シダレ、ルシアをお願い。私はアーサーとリヴェルを探してくるわ」

「わ、わかりました!」


 二人を置いて、サヤは二階を目指して走る。なぜだろう、胸がざわざわと落ち着かない。

 胸騒ぎ、不安。そのどちらとも違う感情。今にも叫びたい衝動を必死に堪えながら、階段を駆け上がった。

 

 


 

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