真相

「テュラン……今の俺なら、お前のことを少しはわかってやれたのかもしれないな」


 腹の底から魂を嬲るような激情。憤怒と憎悪が混ざり合い、狂気に支配される感覚。どうしようもなく苦しくて、悲しくて。

 全てを壊してしまいたい。そんなことをしても、無意味だとわかっていても。


 もう、止められない。


「リヴェル、お前は酷いやつだ。お前のせいで、どれだけの人が苦しんだと思っている。いや……お前は知らないのだろうし、きっと死んでもわからないだろうな」


 廃工場の床で横たわり、眠り込んだままのリヴェルを見下ろす。傍らには、テュランの大剣。邪魔だから剣は家に置いて行こうと思ったのだが、どうせだから一緒に始末してしまおうと持ってきてしまった。

 今からリヴェルを殺す。俺の手には安全装置を外した自動式拳銃が一丁。でも、引き金を引いて終わり、なんてするつもりはない。

 殺してから、火を点けて燃やす。そのつもりで燃料も用意してある。ただ、それは復讐を果たした後だ。

 わかっている。リヴェルは何も悪くない。彼は少し世間知らずで、暢気だが人の痛みを理解出来る優しいやつだ。

 でも、だからと言って許すわけにはいかない。全てが繋がった。テュランが死んだのも、サヤが傷付いたのも、そしてアーサーが大切なものを失ったのも。全てはリヴェルのせい。

 


「……来たか」


 足音が、聞こえる。憎き仇が来る。待ち詫びたこの瞬間に、手足を焼いた炎の熱さが思い起こされる。

 そうだ、あの炎は熱かった。そして、恐ろしかった。でも、それ以上に相手の『紅』が恐怖だった。記憶を捻じ曲げてしまう程に。


「俺の父は仕事熱心で厳しい人だったが、一生懸命に働く後ろ姿に憧れていた。母は身体が弱かったが、誰にでも優しくて温かな人だった。使用人の皆も……殺される理由なんて、なかった」


 足音が止まる。でも、何も言わない。様子を窺っているのか、それとも続きを促しているのか。

 てっきり、出会い頭に殺しに来ると思ったが。銃を手にしてはいるが、下ろしたままで安全装置すら外れていない。


「研究所、といえばそれなりの施設を想像するが。実際は、とある資産家の屋敷の一部を間借りするような小規模の組織だった。それでも……少なくとも、テュランが居た生物研究所とは違っていた筈だ。リヴェルに苦痛を与えていたことは認めよう。だが……あそこまでする必要は無かっただろう!」


 紅い瞳と目が合う。ああ、やはりそうだ。大好きだった紅い眼。吸血鬼の瞳。アーサーをずっと護ってくれた、あの瞳と同じ。でも、違う。

 そうだ、違う。は吸血鬼ではない。そして人間でもない。


「なぜ……どうして、家族を……俺の大切な人達を殺した。答えろ、!!」


 血を吐く様な叫び。我ながら無様だと思う。それでも否定して欲しかった。記憶違いだと言って欲しかった。

 でも、


「……そうか。アーサー、お前が……あの炎の中でもカインが必死に護ろうとした子供だったのか」

「ッ!?」


 認めた。そうだ、思えばカインの行動も不自然だった。たとえグール化し、自分の配下だったとしても、カインがヴァニラを操り自爆させるなんてあり得ない。そんなことを易々と決断出来る程、カインは冷酷ではない。でも、相手がルシアだったからそうせざるを得なかった。

 自分を殺しかけたダンピール。驚くことに、アーサーと同じ年頃の幼い少年が、銃やナイフだけでカインを追い詰めたのだ。

 朧気だが、覚えている。


『リヴェルを、弟をどこにやった!? 返せ……あの子を返せ!』


 銃を構えて、呪詛を綴るように。炎よりも紅いぎらついた瞳。どれだけルシアが引き金を絞ろうと、ナイフで切りつけようとカインは退かなかった。

 カインはアーサーを庇い続けたのだ。カインが咳き込む度に、鮮血が唇の端から零れていたのを鮮明に覚えている。


『ぐっ……わかりました、あなたの弟が居るのは別館の一番上の部屋です。これが、部屋の鍵です。受け取りなさい』


 カインが懐からマスターキーを取り出し、ルシアの方に放る。難無くそれを受け取るも、ルシアは銃を下ろそうとしなかった。


『……まだ、何か用ですか。早く行かないと、別館にまで火の手が回りますよ』

『真祖の吸血鬼を野放しにしたままで行けると? いつ背後から狙われるかわかったものではない』

『聞きなさい、愚かなダンピール。お互いに、護らなければいけない人が居ます。ここで退いてくださるのなら、私は貴方達を追わないと約束します。ですが、この方の命まで狙われるのなら……私は全力で貴方を殺します』

『そんなボロボロの身体で、俺を殺せるとでも? 今までに何発のシルバーブレッドを受けたのか、わからないのか。既に大鎌を振り回す力も残っていないようだが』

『それでも……私が死ぬまでには、まだまだ時間がかかりますよ。それに、私は貴方が嫌いです。貴方を見ているとので』


 あの時、カインは本当にアーサーを護ろうとしてくれていた。それがルシアにも伝わったのだろう。それとも、リヴェルの救出を優先したのか。そのまま背を向け、二度と戻ってくることはなかった。


 これが、真実だ。


「リヴェルの為ならば、何でもやる。お前は本当に弟のことが大切なんだな。その狂おしい程の愛情が、どれだけの人の命を奪ったことか」

「弁明はしない。あれは、確かに俺の罪だ」

「疑問が一つあるんだが、あの場にジェズアルドは居たのか?」

「ああ。だが、あいつも俺がしでかしたことには関与していない。説教されたくらいだからな。だから……お前が殺すべきなのは、俺だけだ」


 そう言うと、彼は手にしていた銃を床に置いてアーサーの方に滑らせた。大型の自動式拳銃、ルシアが愛用している銃の一つだ。


「何の、つもりだ」

「言っただろう。お前が殺すべきなのは、リヴェでもジェズアルドでも、カインでもない。この俺だけだ、と。カイン程ではないだろうが、俺も結構頑丈に出来ている。殺すなら、その銃を使え」

「信用出来るとでも?」

「手厳しいな。相手がお前じゃなかったら、狙撃でも何でもして殺していたのに」


 それは、アーサーも気になっていた。一応、狙撃しにくい場所を選んではいたが。ルシアの腕なら、針の穴を通すような状況でも確実に命中させるだろう。

 他ならぬリヴェルの為なら、尚更だ。それなのに、彼はアーサーの前に姿を現した。


 ルシアは自分の罪を認め、罰を受ける覚悟があるのだ。


「この通り、利き手も満足に使えない状態だ。抵抗はしない。俺のことは好きにすればいい。その代わり、リヴェのことは許してやって欲しい。この子は何も悪くない」


 自嘲しながら、両手を軽く上げるルシア。包帯を巻かれた右腕は、まだろくに使えない状態なのだろう。


「どうして……お前はリヴェルにそこまで出来るんだ。こいつは、お前と血が繋がっているわけでもないのに」

「血が繋がっていながら、憎しみ合い殺し合う兄弟も居るだろう。俺はただ、リヴェを護りたいだけだ。この子が居なかったら、俺はただの生きた殺人兵器として、孤独のままどこかで野垂れ死んでいただろう。でも、リヴェが居たから……この子が傍に居たから、俺は今まで『人』として生きて来られた」


 だから、どうか。ルシアが続ける。


「リヴェのことは、見逃して欲しい。もう十分なんだ。俺は、充分幸せだった。そして、お前が望むならこの命はくれてやる」

「……お前は、本当に凄いな。サヤとカインが出来なかったことを、いとも簡単にやって見せるのだから」


 アベルを殺したカイン。テュランを見捨てたサヤ。二人が出来なかったことを、ルシアは難無くやって見せた。彼は強く、そして正しい。恐ろしい程に。

 それゆえに、自分の中の弱さが尚更惨めだった。自分にも彼のような強さがあれば、二人を許せたかもしれないのに。


 どうしても、許せない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る