六章 新たな復讐
夢
これはルシアにも、そしてジェズアルドにも言っていないことだが。アルジェントに戻って来てから、リヴェルは眠っている間に度々同じ夢を見るようになった。ここではない、どこか別の世界の夢だ。
人外と人間が争わない、とても平和な世界。そこでのリヴェルは学生で、同い年の友達と一緒の教室で同じ授業を受けていた。勉強自体は大して難しくないのだが、昼食を食べた後の授業で襲ってくる睡魔が難敵である。
……まあ、最初からこれっぽっちも抗おうとしないヤツも居るんだケド。
「おーい、テュランー? 授業終ったぞー」
鞄に荷物を詰め終わってから、リヴェルは後ろの席を振り向く。そして、机に突っ伏した状態で爆睡する『片割れ』の肩を強めに揺さぶる。
「テューラーンー? もう皆帰っちゃったぞー、おーきーろーよー!」
「うぅ……ん? ふあ、あー……やっと終わったか」
ふわふわと欠伸をしながら、テュランが上体を起こして大きく伸びをする。そう、この世界が現実と一番違うのは、リヴェルの前でテュランが生きていることだ。
再会出来た時は、本当に嬉しかった。彼の首を絞める勢いで抱きついたくらいに。それに、目の前に居るテュランは悲しく孤独な復讐者なんかではなかった。
リヴェルと同じ。年相応の、少し不真面目な青年なのだ。
「もー。たまにはちゃんと授業受けろよなー。オレが転校して来てから、一回もテュランがマジメに授業受けてるの見たコトないぞ」
「良いだろ、別に。それなりの成績とってるんだから。あとは、出席日数さえ足りれば問題ねぇよ」
「学年一位がそれなりの成績なのかよ……」
まどろむ金色の双眸を指で擦るテュランに、思わずため息が零れる。知ってはいたが、テュランは生活態度こそ悪いものの、成績はずば抜けて優秀だった。授業中はもちろん、家でも勉強なんかしてない癖に……これが学校の七不思議ってやつか。
「おいコラ、人をオカルト扱いするんじゃねぇよ! 俺がそういう下らねぇコトがキライなの知ってるだろ」
「えっ、何でオレが七不思議扱いしてたのわかったんだ?」
「ククッ。顔に出てるんだよ、バーカ」
「ぎゃーっ、痛い!」
ビシィッ、と額を指で弾かれてしまう。うう、おかしい。夢なのに涙が滲むくらい痛い。すっかり赤くなったそこを擦りながら涙目で見返すと、テュランが鞄を肩に掛けて既に教室の出口に立っていた。
「おいリヴェル。いつまで泣いてんだよ、置いて行くぞ」
「えっ! ま、待って!」
「ったく、オマエってどんくせぇよな。あのおっかないお兄サマ、どれだけオマエのコトを甘やかしてきたんだか」
リヴェルが追いつくのを待つことなく、ケラケラと笑いながらテュランが先に行ってしまう。慌ててテュランを追いかけるも、何故だかなかなか追いつけない。
ああ、もう! 夢の中でも先に行くなんて!
「あー、あとジェズか。ずっと傍に居たアイツらが無駄に過保護だから、オマエはそんな残念な感じになっちまったのか。双子ってやるコトも言うコトもそっくりだって、よく聞くケド。俺達みたいに育つ環境が違えば、全然似なくなるもんだな」
「で、でも……皆はオレ達のコト、瓜二つだって言うじゃんか」
「そうかぁ? 俺は全く似てねぇと思うケド」
「……」
テュランの言葉の一つ一つが突き刺さる。それはまだ、彼に実感が無いからか。……それとも、
「……そう、だよな。似てない、よな。オレ達」
「ん? どうした、急に」
思わず足を止めたリヴェルに、テュランも立ち止まる。普通ならば、生徒達で賑わっているであろう校門前。でも、自分達以外には誰も居ない。当たり前だ。これは、自分の夢なのだから。
目の前に居るテュランも、夢だ。否……妄想の存在と言って良いかもしれない。
「オレ……テュランより頭悪いし、要領も悪いし、どんくさいし。それに、弱いよ。本当に、自分が思ってる程は似てないかもしれない」
「おいおい、急に自虐キャラになったな」
「だって……実際そうだし」
自分達以外の、誰の声もしない空間。居るのはリヴェルとテュランの二人だけ。否、目の前の片割れは夢なのだから実質一人か。
何にせよ、今なら本心を隠す必要はない。
「テュラン、オレ……たまに考えるんだ。オレ達が双子で生まれたのって、間違いだったんじゃないかって」
「間違い?」
「……本当は、オマエだけが生まれるべきだったのに。間違って、オレが出来てしまった」
だから、テュランは身体が弱かった。リヴェルという片割れに細胞を分け与えてしまったから。もしも、リヴェルが存在しなければ。
テュランは、あんな最後を選ばなかったかもしれない。いや、そもそもリヴェルが居たからテュランは研究所で酷い仕打ちを受けたのだ。
テュランが苦しんだのは、全て自分のせいだ。
「ごめん……ごめんな、テュラン。オレが居たせいで、オマエは苦しんだのに……オレばっかり、逃げ出して。何の苦労もなく、生きてきてしまった。せめて、逆の立場だったら……いや、オレなんか居なければ良かったのに。そうしたら、オマエは……」
「…………」
テュランは何も言わないまま、リヴェルの方に歩み寄る。彼の金色の目を見ていられず、思わず逃げるように俯いた。最低だ、オレ。
テュランの姿をした妄想の塊に、都合の良いことを言って貰おうとしている。傷を慰めようとしている。ああ、なんて浅はかな。
「じゃあさ、リヴェル。オマエのその命……今すぐ『俺』に返せ」
「…………え」
思わず、顔を上げるよりも早くテュランの両手がリヴェルの首を掴んで絞め始めた。ぎしり、と軋む骨に息が吸えない。
これは、一体!? 先程までとは違う狂気を宿した金色に、恐怖で指先まで凍えてしまう。
「ほら、どうした? ここにはルシアもジェズも居ねぇ。オマエを助けてくれる人は誰も居ない。誰も助けになんて来ない! 同じだな、昔の俺と。どれだけ泣いても、誰も助けてなんてくれなかった」
「うっ……ぐ、テュ……ラン」
「返せよ……俺からオマエが奪ったモノを、全部!! 今すぐ、この場で!」
反射的に、首を絞める手に自分の手を重ねる。怖い、これが復讐者と化したテュランなのか。でも、どうして。ここは、リヴェルの夢なのに!
……いや、たとえ目の前の彼が妄想の存在だったとしても。このまま、自分を殺すことで彼の気が晴れるなら。罪滅ぼしになるなら。
だって、テュランにしてやれることなんて、これくらいしか。
『……ごめんなさい、ごめんなさい……リヴェルくん。僕は……きみに、謝らなければいけないことが……』
「――――やめろッ!!」
無我夢中だった。明滅し始めた視界の中で必死にもがき、何とかテュランの手を引き剥がした。立っていることすら出来ず、地面に座り込んで荒い呼吸を繰り返す。
酸欠でぐらぐらと揺れる視界と、無理矢理に吸い込んだ空気に激しく咳き込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ」
「……ククッ、なーんだ。やっぱり、俺達ってそんなに似てないぜ。だってオマエ……俺よりも、アイツの方にそっくりだからな」
「あ、アイツって?」
「さあ、誰だろうな? つか、オマエだってもうわかってんだろ」
ニヤニヤと嫌味ったらしく笑いながら、テュランが意地悪く言った。ああ、そうだ。わかっているとも。
「今のは嘘だよ。オマエに返して貰うものなんか何にもねぇ。第一、俺はもう死んじまったわけだし。返されてもどうしようもねぇんだから、そのまま持ってろ」
「で、でも」
「それにさ。双子であることが間違いなら、俺の方が間違いだったのかもしれねぇだろ? つか、普通に考えればソッチの方が妥当だ」
「そんなコトない!」
ふらつく頭を振って、精一杯否定する。もう、テュランという存在を見て見ぬフリはしない。
彼と向き合う為に。その為に、この国に戻ってきたのだから!
「そんなコト、ない……オレは、オマエが居なかったら……きっと、どこかでくたばってたよ。オマエの記憶に助けて貰ったことがたくさんあるんだ。テュランが居たから、今まで生きて来られた。だから、今度はオマエに何かを返したい。死ねって言うなら死ぬよ」
「たった今拒んだくせに?」
「そ、それは……あ、アイツに一言だけ言いたくて。それが済んだら、すぐ!」
「いらねーよ、バーカ」
「テュラン……」
「オマエからはもう、沢山貰ったからな。だから、もういらない」
わしゃわしゃと、荒っぽくリヴェルの髪を撫でてテュランが笑う。何だ。やっぱり、これは夢だ。夢だった。
テュランと話が出来る、幸せな夢。
「あー、でも……そうだな。それじゃあ、あと一個だけ俺のワガママを聞いて貰おうかな。ククッ、別にそんな大層なコトじゃねぇ。オマエは、ちょっとの間寝ていれば良い」
「え?」
「前と同じように、目を瞑って耳を塞いで、子守唄でも歌ってな」
触れてくる手の温かさに、ふっと緊張の糸が切れてしまい。意識を保つことが出来ずに、リヴェルはそのまま眠るしかなかった。
この感覚、前にもどこかで。思い出せない。何も……思い出せない。
「さて、と。正義っていう大義名分すら掲げられなくなったバカ野郎に、本当の絶望を教えてやろうか」
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