暴走
この日、シダレは気まずさと重苦しさで圧し潰されてしまいそうだった。重大な任務を任された上に、すぐそこに居るリヴェルから醸し出されるジメジメとした雰囲気のせいだ。
「あー……アーサーの旦那、一体どこ行っちゃったんでしょうねー。一晩経っても帰って来ないだなんて」
心配ですよねー。と、シダレが話題を振ってみるも、誰も答えてくれない。と言うより、今ここにはシダレとリヴェルしか居ない。
家主であるアーサーは、昨日別れてから一度も帰って来ていない。そんな彼をルシアが探しに行き、サヤは孤児院の様子を見に行った。ジェズアルドに関してはよくわからないが、ふらっと外に出て行ってしまった。
『僕の秘密の力で、この家周辺にカインやグールは近付けないようにしました。ここに居れば絶対に安全です。なので、リヴェルくんは絶対に外へ出さないでくださいね』
という言葉を、迫力のある笑顔で残して。そんなわけで、こうしてリヴェルが勝手に外へ行ったりしないように見張り役を任されてしまったわけだが。
「い、いやー……それにしても、こういう銃の手入れって、おれっち苦手なんすよー」
「…………」
「リヴェルさんも銃を持ってますけど、自分で手入れするんすか?」
「…………」
「ルシアさんって、色々な銃持ってるじゃないですか。あれ、全部自分で手入れしてるんすか? 旦那の腕も楽しそうに整備してましたし、ああいう細かい作業がお好きなんすかね」
「…………はあ」
どうしよう。外へ行くどころか、リヴェルは先程から一言も発しない。黙り込むばかりで、たまに溜め息を吐く以外にはその場から微動だにしない。
ソファの上で、鞘に入れられたままの大剣を抱き締めながら。普段はじっとしていることの方が珍しいくらいなのに。
「えっと、だ、大丈夫っす! あのカインとかいう吸血鬼は絶対に近寄れないって、ジェズアルドさんが言ってたじゃないですか! おれっちのことは頼りないでしょうが、あの人のことだから絶対大丈夫っす!」
「オレ、何でテュランみたいに出来ないんだろ」
「……へ?」
あれ、何だか会話が噛み合っていない。やっと言葉を発してくれたのに。
「昨日、ヴァニラちゃんを助けてあげられなかったどころか、ルシアにケガさせて……テュランだったら、もっと上手く出来たのに」
ぼそぼそと、呟くリヴェル。なるほど、彼が塞ぎ込んでいたのはカインへの恐怖ではなく、ルシアやヴァニラへの後悔だったのか。
とはいえ、それは彼の責任ではないだろう。
「そんなことないっす。あれは仕方ないっすよ。思うようにならないことは、当たり前のように起こるんです」
「……でも。オレのせいで」
ぐす、と鼻をすする。やれやれ、姿は同じなのにこんなに違うなんて。
何とも、微笑ましい。
「リヴェルさん。確かにリーダーはとてつもなく頭がキレました。どんな状況でも、それを逆手に取るような作戦を立てて人間達を惨殺し続けました。でも、おれっちはリーダーがリヴェルさんのようであったならとよく考えます」
「え、何で?」
「あの人は、抜き身の剣のような人だった。復讐に手を染めた瞬間からずっと、リーダーは独りだった。おれっちは遠かったけど、リーダーの傍にはヴァニラさんもジェズアルドさんも居た。サヤの姐さんはずっと手を伸ばし続けていた。アーサーの旦那も、手を伸ばそうとしていた。それなのに、あの人は悲しい死に方をしてしまった。刃を剥き出しにして、周りを寄せ付けず傷付けることしか出来なかった。でも、もしもリーダーがリヴェルさんのように弱さを見せられる人だったら、あんな最後にはならなかった」
目を見開くリヴェルに、シダレは誰にも言わなかった心の内を明かした。きっと、サヤやアーサーも一度は考えただろう。
テュランもリヴェルのように、思いっきり泣けるくらい弱ければ。
「リヴェルさん。弱さは決して欠点では無いです。切れ味の鋭い剣だけでは、出来ないこともたくさんあります。弱いから出来ることも、見えるものもたくさんあります。それを、忘れないでください。あの復讐は、リーダーだからこそ出来た。そして、リヴェルさんにしか出来ないことも、きっとたくさんありますよ」
「シダレ……オマエ、意外と難しいコト考えてるんだな?」
「って、何なんすかそれ! おれっちは結構マジメキャラっすよ!」
「あははは!」
ああ、やっと笑ってくれた。やはり、彼が落ち込んでいるのは落ち着かない。テュランと言葉を交わしたのは僅かだったが、それでも自分がここに居るならば、今度こそ力になりたい。
サヤ達に比べれば非力だが、それでも出来ることはある筈。
「うん、ありがとうシダレ! オレ、もっと頑張る! 落ち込んでても仕方ないもんな!」
「はい、その意気っすリヴェルさん!」
「よーし、じゃあ早速何かしよう。あ、カインに狙われても逃げ切れる体力付けるために走るかな。シダレも行こうぜ!」
「って、だめっすよ! ジェズアルドさんに怒られますって!」
「あはは! ……あ、誰か帰ってきたな」
リヴェルにいつもの奔放さが戻ってきた頃、不意に何者かが玄関のドアを開いた。シダレは慌てて残りの部品を組み上げ何とか銃の形にした。
誰だ? 知らない人物だと思った。獣人としての勘がそう叫んだから。でも、視界に入り込んだのは完全に想定内の人物だった。
「……何だ、珍しい組み合わせだな」
「お、ヒーローじゃん! おっかえりー!」
「あ、あれ。旦那……でしたか」
ほっと、胸を撫で下ろす。そこに居たのは間違いなく、アーサーだった。少々くたびれた様子だが、昨日から別段変わったところは見られない。
でも、何だろう。
彼から伝わる、この違和感は。
「お前達二人だけか? サヤやルシアはどうした?」
「おねえちゃんは孤児院で、ルシアはヒーローのコトを探しに行ったんだぞ」
「俺を?」
「そうそう。入れ違いになっちまったなー!」
「へえ……それは、悪いことをした」
ソファから降りて、アーサーに駆け寄るリヴェル。満面の笑みには、警戒の欠片も存在しない。
やはり、自分の気のせいだ。そうに違いない。違いない、のに。
「それなら、ジェズアルドは?」
「あー……えっと、どこだろ。いつの間にか居なくなっててさ」
「……そうか。それなら、好都合だ」
しまった! シダレは咄嗟に銃を構える。でも、遅かった。そして何より、組み上げたばかりの銃には肝心の弾丸が入っていなかった。
だから、
「悪いな、リヴェル。だが、お前が悪いんだ。お前という存在が、全ての元凶なのだから」
「え……」
アーサーの凶行を防げなかった。
「がっ、は!?」
「だ、旦那!? 何してんすか!」
突然、リヴェルがその場に倒れ込んだ。外傷は見られないが、どうやら気を失っているらしい。誰のせいかなんて、一目瞭然。
ジャケットの裏にでも隠し持っていたのだろう。スタンガンを持つアーサーに、シダレが吼える。
「どうして……! どうして、リヴェルさんを!?」
「どうして……? 間違いなく、『復讐』の為だ。誰の為でもない、俺の為だけの復讐。リヴェルには……死んで貰う」
悪いな。一瞬で距離を詰められ、シダレの身体に強烈な源流が流れる。意識が大きく揺さぶられ、身体から引き剥がされるかのような感覚に陥る。
くそ、くそ! 銃が手から離れ、シダレもその場に倒れ込んだ。
「だ、んな……何、で」
「大丈夫だ、シダレ。お前は殺さない……サヤに謝っておいてくれ。きみの大切なものを、全て壊させて貰う、と。許されなくても構わない。リヴェルを殺して、俺もそのまま生き続けるつもりはない。リヴェルと、あいつを巻き込んで地獄に落ちてやる」
薄れる意識の中、静かにそう言い残すアーサー。旦那、どうして。熱くなる目頭に、シダレはそのまま意識を手放すしかなかった。
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