爆発


『そういえば、俺の手榴弾が一つ無くなっているんだが。誰か知らないか?』

『ええっと……ごめんなさい、私は知らないわ』

「どこかに落としてきちゃったんじゃねーのー?」

『むう……リヴェの言う通りかもしれない』

『まさか、このタイミングでそんな物騒な落し物が判明するとは思わなかったっす』

「おいルシア、頼むから危険物を落とすな」


 無線機から聞こえてくる声に、アーサーは思わず重々しい溜め息を吐く。ヴァニラが襲撃してきてから、今日で早くも三日が過ぎていた。

 街中を駆け回って情報を集めた結果、ヴァニラは決まった場所を規則的に行動していることが判明した。その中でも、ここは第二廃棄区域の中央部に位置する広場である。

 かつては大きな噴水を中心に置いた、国民達の憩いの場所だったが。廃墟と瓦礫で埋もれた今となっては、既に見る影もない。噴水の水はもちろん止まっている。

 そんな場所で、ヴァニラを待ち続けて三時間程。最初は全員が緊張感を持って待機していたものの。流石に集中力が切れてしまったようだ。

 特に、ダンピールの兄弟が。


『仕方無い、諦めるか。どうせあれは対セクハラ吸血鬼用の催涙弾だ。どこかで暴発したところで、目が見えなくなるだけで死ぬことは無いだろう』

「お前というやつは……まあ良い。それよりルシア、何か見えるか?」

『いや、特に変わった様子は無い』


 相変わらずの調子に呆れつつ、無線機越しにルシアへと声を飛ばす。現在、アーサー達五人は三個所に分かれて潜伏している。中でもルシアだけは、単独で五階建ての住居ビルに陣取っていた。

 距離は百メートル程離れているが。ルシアなら気を抜いていても難無くターゲットを狙撃することが出来るだろう。失くしたという手榴弾に関しては、今は気にしないでおくことにする。


「なあなあ、ヒーロー。飽きてきたぞー」

「……お前が言い出したことだろうが。我慢しろ」


 問題は、この弟の方だった。潜んでいる倉庫の中をうろうろしたり、中にある箱や棚を漁ったり。サヤとシダレは、ここから噴水を挟んだ向こう側にある商店で同じように待機している。ヴァニラが現れたら、挟み撃ちでかく乱させる為に考えた配置だったのだが。


「えー? あーあ、ゲームでも持ってくれば良かったー。たーいーくーつー」

「……こいつ、殴って良いか?」

『やめろ、アーサー。撃つぞ』


 低い声で、ルシアが無線機越しに脅してくる。どうやらリヴェルはアーサーに相当懐いているらしく、それゆえに我が儘を言いたい放題なのだ。

 見た目と生い立ちのせいで、聞いてやりたくなってしまうことが何よりも性質が悪い。


「はあ、流石に狙撃されるのは困る……シダレ、何か面白い話でもしろ」

『面白くなかったら撃つぞ』

『いかがわしい話だったら斬るわ』

『えええ!? とんでもないキラーパスが来たっす!』

「あ、そういえばシダレってさ。色々な人やモノに変身できるんだろ? それなら、生きていた頃のヴァニラちゃんにもなれるのか?」


 アーサーの手から無線機を奪って、シダレにそう問い掛けるリヴェル。とりあえず、これでしばらくは暇を潰せるだろう。


「あの娘、テュランのカノジョだったんだろ? スッゲェ気になるんだよなぁ。今でも結構可愛いケド」

『ふうん……リヴェルもそういうことが気になる年頃なのね』

『あ、姐さん? 目が怖いっすよ。えっと、申し訳ないっすがそれは無理っす。出来ないっす』

「えー?」

「そういえば、お前はたまに変なところでこだわるな」


 思わず、リヴェルが持つ無線機に声を飛ばす。シダレの特技である変身は、あらゆる人物や生物になりすますことが出来る。事実、時折サヤやアーサーに化けてはしょうもない悪戯を仕掛けてくるのだが。


『いや、こだわりっていうか……おれっちは、亡くなった人や長い間会っていない人物に変身することが出来ません。あ、いや……出来ないこともないんすけど、変身したとしても大して似てないと思います』

「何で?」

『おれっちの記憶が形作る人物でしかないからっす。ほら、皆さんも経験ありませんか? 昔見た場所や景色の筈なのに、なんだか記憶と違っているような感覚を。それは、自分がその記憶を無意識の内に変えてしまっているからです』


 シダレが言うことには、アーサーにも覚えがある。登場の心境や状況に影響され、そういう感覚に陥ることは誰でも少なからずあるだろう。


『人でも同じなんです。生きている人なら、老いとかで記憶と変わってしまうこともあるのでしょうが。死んでしまった人は、生きている人が持つ記憶の中でそれぞれの形に変わってしまう。あるいは、忘れてしまう。だからヴァニラさんもそうですが、もしおれっちがリーダーに変身したとしても、ダンナや姐さん、それからリヴェルさんやジェズアルドさんが知るリーダーとは違う人物になってしまう、というわけっす』

『……シダレ、あなたって意外と色々なことを考えているのね。見直したわ』

『マジすっか! なでなでしてくれても良いっすよ、姐さん!』


 音声しか聞こえていないのに、サヤに向かって尻尾を降りまくっているのが想像出来る。なるほど、彼には彼なりの信条があるというわけか。


「うーん、そっかぁ。ヴァニラちゃんのことを少しでも知れると思ったのになー」

「……リヴェル、お前は本当にヴァニラのことを知らないのか?」


 渋々納得したらしく、残念そうに溜め息を吐くリヴェルに思わず問い掛ける。やはり、どう考えても不自然だ。

 彼の中にあるテュランの記憶から、どうしてヴァニラのことだけが欠落してしまっているのか。


「うーん、わかんないなー。でも、考えてみると結構不自然な記憶が多いんだよな。あの頃のテュランは、凄く不安定だったから記憶もボロボロなんだケド……ヴァニラちゃんのことが抜けてるのも、そのせいかもな」


 力無く笑いながら、リヴェルは再び無線機に向かって雑談を始めた。シンクロ能力自体がアーサーでは想像も出来ない事象なのだから、彼がそう言うならそう納得するしかない。

 それに、これはむしろ幸運かもしれない。リヴェルがヴァニラのことを知っていたら、きっと苦しむに違いない。無意味に自分を責めて、また泣いてしまっただろう。

 だから、これで良い。リヴェルは何も知らなくて良い。


『……ん? 何だ』

「どうした、ルシア?」


 アーサーが考え込んでいると、不意にルシアが呟く声が聞こえた。何か見つけたのだろうか。

 不穏さを窺わせる声に、弛緩していた空気が一気に張り詰める。


『この臭い……しまった、罠か!』

「うえ!? ど、どうしたルシア!」

『アーサー!! 早く、リヴェを連れて――』


 それ以上、ルシアの声を聞くことは出来なかった。彼が何を言いかけたのか、それとも言ったのか。それすらもわからない。


 ――地面が揺れ動く程の爆発が、彼の声を掻き消したから。


「なっ!?」


 一体何が起こったのか。アーサーは急いで窓に駆け寄り、外を見渡す。うっすらと埃で霞む景色に、煙の辛い臭い。爆発の現場はすぐに特定出来た。

 古びた住居ビルの最上階から上がる紅蓮の炎。黒々とした煙が空を濁す。あまりの衝撃に、呼吸をすることも出来なかった。

 間違いない。あそこには、ルシアが居た筈――

 

「う、ウソだろ……ルシア!!」


 ノイズを吐き続ける無線機を捨てて、リヴェルが外へと飛び出した。一体何があったのか、状況が把握出来ない。とりあえず、サヤ達と合流してルシアを助けに行かなくては。


 ……いや、


「罠って、どういう意味だ……」


 通信が切れる前に、ルシアは確かに言った。罠か、と。あれは、どういう意味だ。彼に何があった。

 そもそも、あの爆発は何だ? ガス漏れなどの類なら、ルシアはすぐにわかるだろう。でも、そうじゃない。ならば、時限爆弾でも仕掛けてあったのか。一体何の為に。


 そして、一体誰が。そこまで考えた瞬間、アーサーは咄嗟に叫んだ。


「駄目だリヴェル、戻れ――」

「見つけました、テュランの弟。申し訳ありませんが、その身柄、拘束させて頂きます」

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