決裂


 挑発しても、ジェズアルドの不敵な微笑は崩せない。やり難い相手ではある。でも、手も足も出ない状況ではない。


「仕方無いわね、わたしも自分の命は惜しいわ。それに、飢えずに済む今の役職もね。だから、あなたの要求を教えて貰えないかしら」


 とにかく、彼の思惑を探り隙を見つけることだ。『切り札』がないわけでもないが、使ったとしてもこのままでは大した効果も無いだろう。


「僕の目的は、真祖カインに復讐すること。そして、この国に蔓延る吸血鬼症候群なるものを排除し、貴女の計画を中止させることです」

「あら、なぜかしら。全てとは言えないけれど、わたしは確かに吸血鬼症候群の原因の一端を担っているわ。でも……それはあなた達、人外の目的と一致しているところもあるじゃない。この国を滅ぼしたいのでしょう?」

「……本当に滅ぼしたいのなら、僕はここに居ません。これ以上を愚弄するなら、相応の報復をさせて頂きますが」


 ジェズアルドから笑みが消える。首筋にナイフを突き付けられているかのような、冷たい感覚。いや、ナイフは無いがディアヌの状況はそれに近い。いつ殺されてもおかしくはない。

 ……でも、見えた気がする。彼の弱みが。


 そしてそれが、ディアヌが見た未来に深く関係していることに確信を持った。


「……そう、わかったわ。このまま殺さないでくれるのなら、わたしは自分の計画を永久に凍結させましょう。ああ、カインも返した方が良いかしら?」

「それは結構です、要らないので」

「そう。それじゃあ、残念だけど各所に計画を中止するように連絡しないとね。ああ、でも……困ったわね。大体の協力者には電話一本で連絡出来るけど、今は外に行ってしまっているカインにはどうやって連絡を付けたら良いのかしら」


 ぴくりと、ジェズアルドの肩が小さく跳ねる。確信した。この男の未来は見えず、揺さぶったところで弱いところなど無い。否、あるのかもしれないが、ディアヌでは彼の弱さを突くことが出来ない。

 だが、だからこそ。彼自身ではなく、彼が必死に隠そうとしている別の誰かを餌にする必要があった。


「言い忘れていたのだけれど、わたしの能力は確かに狙いを付けた個人の未来しか見えないわ。でも、それとは別に全く知らない未来を見てしまうことが多々あるの。無意識にね。大抵は全く関係無い誰かの未来だったりするけど、今日はラッキーだったわ。そして、カインの未来を見て確信したの。彼はまだ生者だから、あなたとは違ってしっかり見えたわ」

「今、カインはどこに?」

「廃棄区域のどこか、としか言えないわ。カインにもそういう風にしか言ってないもの。でも彼程の吸血鬼なら、それで十分ターゲットを特定し、捕獲することが出来るでしょう。グール化させたヴァニラがようやく役に立ってくれたわ、面白いくらいに罠に嵌ってくれたから」


 思わず、口角が上がってしまう。カインはジェズアルドと比べれば、全く気が利かない上に容量が悪い。飼い主の顔色を窺ってご機嫌を取る、ということに関しては犬以下だ。彼は言われたことしかやらない。

 でも、言われたことだけは必ずやり遂げる。余計なことを考えない分、実行力は機械並みに迷いを持たない。


「……小賢しいことを。もう結構です、僕の用件は済みました。失礼します」


 優美な動作でディアヌに背を向けて、ジェズアルドは扉へと向かう。このまま大人しくしていれば、彼はこちらに危害を加えないまま姿を消すだろう。

 でも、それでは退屈だと思ってしまう自分にディアヌは自嘲した。


「あら、つまらない。もっとお話ししたいのに」

「お忙しい貴女の手を、これ以上患わせるつもりはありませんので。それでは――」

「そう、そんなにリヴェルのことが心配なのね。わたしがこの玩具を隠し持っていることには、ちゃんと気がついていたくせに」


 机の引き出しの中に隠していた自動式拳銃を取り出し、躊躇無く引き金を絞った。護衛用であると同時に、カインが万が一にも裏切った時の仕置き用だ。

 よって、この銃には八発のシルバーブレッドが装弾されている。


「ぐッ!?」


 銀の弾丸が一発、ジェズアルドの脇腹を貫いた。先程までの彼なら、ディアヌが引き出しを開けることすら許さなかっただろうに。見た目にはわからないが、彼は明らかに動揺している。

 或いは焦燥、それとも困惑か。常人なら致命傷であろう傷でも、膝をつくことすらしないとは。ふらつきながらも、血が滲む傷口を手で押さえて耐える姿から力の強大さが窺える。


 否、精神力の強さと言った方が良いか。


「あなたの未来は見えないけれど、顔色や思考を読み取るくらいは出来るわ。最後の最後で、隙を作ってしまったわね」

「いたた……銃を隠し持っていることはわかっていましたが、まさか本当に撃つなんて。それも、想定以上に慣れてますね」

「命を狙われることが多かったからかしら、切り札の使い方くらいは熟知しているわ。あなたは少し……いえ、わたしの計画を実行する上でかなり厄介だわ。今ここにある銃弾だけで殺すことは、ちょっと難しいと思うけれど……無力化させることくらいは可能でしょう? カインに渡せば、今以上にやる気を出してくれるかもしれないし」


 席から立って、両手で銃を構える。手負いの獣程恐ろしいものはないが、彼の能力を考えれば銃の引き金を絞る方が早いだろう。形勢は完全に逆転した。

 ……ように、見えたのだが。


「大人しくしていれば、これ以上苦しい思いはさせないわ。さあ、どうする色男?」

「っ……やれやれ、どんな時代でも女性が怖い生き物だというのは変わりませんね。でも、貴女なんかに捕まるわけにはいきませんので。僕も切り札を使わせて頂きますね」

「……は?」

「万が一にもカインと遭遇したら最悪ですので。用意しておいて正解でした」


 それは、あまりにも予想外だった。いや、手段としてはあり得るが、ジェズアルドがそんな切り札を持っているとは考えもしなかったのだ。だから、彼の手が動いたのを見ても引き金を絞ることも出来なかった。

 もっとも、撃たなくて正解だ。


「ちょっと……まさか、それを使う気じゃないでしょうね。ここ、室内よ?」

「これ、無意味に高威力で無駄に派手な銃火器が大好きな悪戯っ子のコートから拝借してきたものでして。一般的な手榴弾の火薬量は最大でも一七〇グラムですが、さてさて」


 どんな改造が施してあるんでしょうね? 彼は悪魔じみた美しい微笑を浮かべながら、手榴弾のピンを噛んで引き抜くと、躊躇なく部屋の中へと投げ捨てた。


 


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