救出作戦


 そうだ、あいつなら。ジェズアルドと同じ紅い髪に、紅い瞳の吸血鬼。アーサーは腹が煮えくり返るような思いだった。ついに真祖カインが現れた。忌々しき吸血鬼。自分から全てを奪った、あの男……が……


 ……あ、れ?


「よし、これで何とか直ったぞ。とりあえず、あり合わせの部品で何とかなったが、一回ちゃんとオーバーホールした方が良いぞ。肘の関節部分が大分痛んで……どうした、アーサー?」

「え、あ……いや……何でもない。助かったぞルシア、ありがとう」


 訝しむルシアに慌てて頭を振った。手を軽く握り、指先まで問題無く動くことを確認しながら動揺する胸中を何とか落ち着けようとする。今のは、一体何だ?

 まるで、記憶を探ろうとした途端に身体が糸に絡めとられ、身動きがとれなくなるような不気味な感覚。


「それにしてもカインか。会ったことは無いが、そんなにあの変態吸血鬼に似ているのなら……さぞ殺しがいがあるだろうな」

「なんかルシアさん、もう殺す気満々みたいっす。怖いっす」

「待って。相手が本当にカインなら、もっと情報が必要よ。何の目的でヴァニラをグール化しているのか、協力者が居るかどうかを調査しなきゃ。今のままでは情報が少なすぎるわ」


 皆の声が、何だか遠くの方から聞こえるようだった。何だ、どうして……どうして、自分は。

 これは、一体……


 お、れは……


「っ!?」


 ハッと、アーサーはリヴェルを見る。嫌な思考に溺れかけていた意識を、無理矢理に引き上げられたかのような感覚だった。

 それくらいに、衝撃的……だったのだが。


「なぜ……そう思う?」

「えー? だって、何にも喋らないからさ。何か心当たりがあるのかなー? って思って」


 きょとんと首を傾げるリヴェルに、思わず溜め息を吐く。恐らく、思考に耽っていたからだろう。いや、リヴェルがわざとそうしたのかもしれないが。


 今の喋り方は、本当にテュランのように聞こえた。


「あ、その……アーサーは」

「いや、良いんだサヤ。確かに俺は、幼い頃にカインに会ったことがある。だが、すまない。当時、俺はある事件でこの手足と家族を失ってしまってな。記憶も……はっきり思い出せない、凄く曖昧なんだ」


 今は、簡単に説明するだけで精一杯だった。我ながら凄惨な出来事だったと思うし、皆もそう思ったのだろう。誰からも、過去について問い詰めてくることは無かった。安堵する反面、アーサーの中には苦い違和感が残った。


 自分はどうして、こんなにも過去のことを思い出せないのだろうか。まるで、鍵を掛けられてしまったかのように。確かに惨い記憶だとは思うが……。


「うーん、そっか。それは無理に聞くわけにもいかないし……あ! じゃあさ、ヴァニラって子に直接聞こうぜ!」

「え、どうやってですか?」

「もちろん、オレ達で保護してさ。平和的に、話し合いで!」

「あー、なるほどー。ド直球っすね」

「……って、おい待てリヴェル」


 いつの間にか、とんでもないことをリヴェルが言い出したではないか。つい先程ヴァニラに襲われて怖い思いをしたくせに、どうやら全く懲りていないようだ。


「ん? どうした、ヒーロー」

「どうした、じゃない。お前は実際にその目で見ただろう、今の彼女は話が通じるように思えない。大体、話し合いに応じる様子もなかったぞ」

「そうだケド……でも、ココに居る全員で頑張れば何とかなるだろ。な、ルシア?」

「当たり前だろう、リヴェが望むなら俺は何でもするぞ」


 リヴェルの笑顔を前に、一瞬で駄目になるルシア。こいつ、ヴァニラの容姿も知らない癖に……!


「シダレはカインについて、何か知らない? あなた、結構な情報通じゃない」

「照れるっす姐さん! うーん、でも残念ながら。おれっちは名前すら初めて聞いたくらいっす」


 サヤの問い掛けに、シダレは首を横に振った。噂好きな性分に加え、街中を駆け回っているからか今では自然に彼の元に情報が集まってくるようになったのだが。

 どうやら彼でもカインのことは知らないらしい。


「それならさ、やっぱりあの子に聞くのが一番じゃね? あんな調子でフラフラしてたら危ないし、何よりテュランのカノジョなんだろ? たとえグールになっちゃってるとしても、放っておくなんて出来ないって!」

「……そうね、私もリヴェルに賛成だわ。あんな風に死んだ彼女を、これ以上苦しめたくはないもの」


 目を伏せて、サヤも頷く。アーサーがシダレを見ると、お手上げだと言わんばかりに狐は両手を上げた。仕方がない。


「それに、そのヴァニラという娘から情報を引き出すことは容易だと思うぞ。グール化した以上、知能の低下は避けられないが……あいつの『命令』は人語を理解出来れば通用するからな」


 工具をしまいながら、ルシア。確かに、ジェズアルドの『命令』には抗いようのない強制力がある。アーサーも身をもって思い知っている。他者の言動を操り、自ら命を断つような行動をさせることさえ彼の思うがまま。

 でも、使いようによってはルシアの言う通りに出来る。今のジェズアルドはアーサー達と争うつもりはないらしく、どちらかと言えば協力的だ。力を貸してくれるかもしれない。


「なるほど、少なくとも彼女が知っている情報は引き出せるか。残る問題は、ヴァニラをどうやって保護するかだが。今の彼女はグール化しているせいで、言葉による説得は不可能だと考えた方が良い」

「カインの血統なら、必ず上位の吸血鬼の血を求める筈だ。それこそ、あの変態吸血鬼を蜂の巣にしてその辺に吊るしておけば良いんじゃないか?」

「うわぁ、悪夢みたいな光景っすね」

「待って。それだと関係の無いグールまで寄ってくるわ」

「サヤ、問題はそこじゃないと思うぞ」

「おいコラー! ジェズにヒドイことするのはダメだって!!」


 却下却下! リヴェルがムキになって叫ぶ。ルシアの提案はとても有効だと思ったのだが、残念ながらボツにするしかないようだ。

 そういえば、今日はジェズアルドの姿が見えない。居なくても良い時にはふらりとやって来る癖に。


「でも、ヴァニラさんの目撃情報なら結構よく聞くっす。今まではガセネタだと思ってスルーしてたんすけど、改めて調べれば何かわかるかもしれないっすね!」

「そうね。グールは行動も単純化するから、ヴァニラが出没する場所や時間を絞り込めるかもしれない。そうすれば、待ち伏せや罠を張ることが出来るわ」


 シダレの言葉に、サヤが頷く。意外にも、計画は順調に立てられていく。最初は不可能にしか思えなかったリヴェルの我が儘が、徐々に現実味を帯びてきた。


「あと、女の子にあんまり痛い思いはさせたくないよなー……あ、そうだ。麻酔銃で眠らせるのはどうだ?」

「なる程。それなら、距離次第で彼女に気付かれることなく無力化することが出来るな。だが、俺やサヤは狙撃に関してはそれほど経験があるわけではないからな……ルシアは? お前、一応暗殺者だったんだろ」

「一応とは何だ」

「あ、ルシアはスゲーんだぞ! 二キロも離れた場所から的に命中させたコトがあるんだからなっ」

「にっ、二キロ……?」

「リヴェ、それはまだ俺達が研究所に居た頃の話だろう? よく覚えていたな」


 とんでもなく物騒な話題で、和やかに笑い合う兄弟。接近戦でも恐ろしい強さを誇るくせに、戦闘に関しては本当に規格外な男だ。

 恐らく、いや確実に。狙撃に関してはルシアに並べる者は国内には居ないだろう。


「だが、流石にそんな遠距離から狙撃する必要は無い。ターゲットを出来るだけ傷付けないように、かつ麻酔弾で眠らせるだけなら数百メートルで十分だ」

「それなら、ヴァニラの行動パターンを調査して彼女が出没するであろう場所を特定する。必要があれば誘導し、ルシアの狙撃でヴァニラを無力化する。有益な情報を引き出せるかどうかはわからないけれど、彼女を保護するだけなら何とかなりそうね」

「おおー! スッゲェ、こんなにあっさり作戦が決まるだなんて……やっぱり頼りになる皆が居ると違うなー?」


 にこにこと、リヴェルが満面の笑みを浮かべる。不意に、数時間前の彼の言葉が思考に引っ掛かる。


 ――テュランの復讐を引き継ぐ為に、この国に帰って来た。あれは、一体どういう意味なのか。彼は本当に、あの醜く悲しい復讐劇を続けるつもりでここに居るのだろうか。もしもそうなら、アーサーに彼を止めることが出来るだろうか。テュランを思って涙を流した、純粋無垢な彼を。

 アーサーは不安に揺れる心に息苦しさを覚えながら、ただ無邪気にはしゃぐリヴェルを見守ることしか出来なかった。

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