報告
夜。アーサー達が共に自宅まで帰ると先に帰っていたサヤとシダレ、そしてすっかり疲れ果てた様子でやって来たルシアに全てを報告した。
グール化したヴァニラと遭遇したこと、ジェズアルドと彼女が繋がっているらしいこと。アーサーの話を真剣な面持ちで聞いていたが、想像していた反応を返したのは意外にもシダレだけだった。
「ま、マジっすか旦那! ヴァニラさんが生きていたってウワサ、本当だったんすね?」
「お前……話をちゃんと聞いていたのか? ヴァニラはグール化していたんだぞ、あれは生きているとは言えない」
「う……そ、そうっすよね」
しゅん、と落ち込むシダレ。彼の反応だけで、テュランだけではなくヴァニラもまた人外達に慕われていたことが伝わってくる。ぺったりと寝てしまった狐耳がいたたまれなく、アーサーはサヤの方を見た。
新しく入手したという珈琲を人数分淹れて、それぞれの前に置くと彼女は静かにソファと腰を下した。いつかの時とは違いアーサーの隣にはルシア、向かい側にリヴェルとサヤ。シダレだけは自分でクッションを用意して直接床に座っている。
彼曰く、故郷の島国では椅子よりも床に座る方が一般的らしい。
「……アーサー達の話を聞く限りでは、ヴァニラは単独で行動していると言うよりも、誰かと手を組んでいると判断した方が良さそうね。いえ、何者かの支配下にあると言っても過言ではないかしら。リヴェル、砂糖とミルクはいる?」
「うん。ありがとう、おねえちゃん」
砂糖とミルクのポットを隣に居るリヴェルに手渡すサヤ。ヴァニラがグール化していることに最初は驚いていたものの、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。アーサーも彼女に同意見だ。ヴァニラは何者かの命令下にあるという見解は間違いないだろう。
そして、その『誰か』が問題なのだが……。恐る恐る、アーサーは自分の隣を見る。刹那、びりっと右手の指先が鋭く痺れた。
「痛っ!」
「ああ、悪い。うっかりだ、手が滑った」
「おい……そのうっかり、もう二十回目だぞ」
「仕方無いだろう、お前の義手は通常のものよりも複雑な作りになっているんだ。神経を切ってしまわないだけ上等だと思ってくれ」
ドライバーを片手に、ルシアが美しく微笑む。大統領の元から離れて以来、義手義足は自分で整備していたものの。ヴァニラとの戦闘で負った右腕の被害は深刻で、しかも利き手の故障はアーサーではどうしようもなかった。そのことを打ち明けたら、ルシアが修理を申し出てくれたために任せたは良いものの。
痛がるアーサーを見る度にニヤニヤと笑う辺り、彼の『うっかり』は確実にワザとだ。
「おー、ヒーローの腕カッコイイなー! あ、そういえばルシア。前に居た国で見た特撮ヒーロー覚えてるか? 車とかが合体して、デッカイ怪物と戦うヤツ。アレのさ、ロボットパンチ超絶カッコよかったよなー。遠くの敵でも腕ごと飛ばしてドカーン! ってさ。ヒーローもヒーローなんだから、ああいうの出来ねぇの?」
「あれか、出来ないわけがないだろう? 俺はリヴェが喜んでくれるのなら何でも――」
「止めろ、魔改造は止めてくれ」
「ちっ」
舌打ちされてしまった。こいつ、どれだけリヴェルを中心に置いて生きているのか。それとも、孤児院に置いて行ったことを恨んでいるのだろうか。ある意味とてつもなく恐ろしい男だ。
だが、そんな彼にも可愛いところがある。ルシアが妙な改造をしでかさないかを見張る視界の端で、リヴェルが砂糖とミルクをたっぷり入れた自分の珈琲をルシアのものと入れ替えたのが見えた。意外にも、ルシアはかなりの甘党らしい。変なところで子供っぽい。
……いや、そうじゃない。忘れるところだった。
「ルシア、話を聞いていたか? ヴァニラはリヴェルに危害を加えようとした。そして、それを指示したのはジェズアルドである可能性がある」
そう、ルシアの反応はアーサーが予想していたものとは全く異なるものだった。彼はジェズアルドのことを嫌悪していると言っても過言ではなく、てっきりありとあらゆる生物が震え上がる程に怒り狂うかと思っていたのだが。
ルシアはきょとん、と首を傾げるだけ。
「いや、それは無い。あの変態吸血鬼がリヴェを傷付けようと考えることはあり得ない。存在しているだけで悪影響ではあるがな」
「……何か、変なものでも食ったのか?」
「神経切るぞ」
「す、すまない」
ドライバーの先端が神経回路をつうっと撫でる。作り物の四肢は生身とは違い、痛みなどの刺激にはかなり鈍い。それでも、無理矢理に神経を切断されたらどれ程の激痛に打ちのめされることになるか。
と言うより、この腕が完全に使い物にならなくなる。アーサーは二度とルシアに修理を頼んだりしないと、心に堅く誓った。
「くくっ、今回は許してやろう。確かに、俺はあいつのことが心底気に食わない。だが、信用していないわけでもない。あいつは、リヴェのことだけは傷付けない。それどころか、リヴェに危険が迫った時は命を掛けて護る。それで実際に死にかけたこともあったくらいだ」
「そう、なのか?」
これもまた意外だ。ジェズアルドの話題になれば二言目には必ず「殺す」と言い張ると思っていたのに。ルシアとジェズアルドの間には思ってもいなかった信頼関係があるらしい。
「だが、次にあった時はこのネタであいつをいたぶってやろう。きっと良い声で啼く筈だ、ふふっ」
……ルシアは単純にサディストなだけなのかもしれない。
「大体、考えてもみろ。リヴェに手を出すつもりなら、そのヴァニラという娘をわざわざ利用するなどという手間をかける必要がどこにある? 用があるなら、直接リヴェに会いにくれば良い。数え切れない程にチャンスはあった筈だ」
「そうね、私もルシアに同意するわ。ジェズアルドの目的はわからないけれど……少なくとも、自分の思惑にリヴェルを巻き込もうとは考えないと思うの」
ルシアの言葉に、サヤが頷く。確かに、二人の言うことはもっともだ。ジェズアルド程の吸血鬼なら、警戒心の無い子猫を手籠めにする方法はいくらでも考えられる筈だ。
でも、それなら何故……
「じゃあさ、あのヴァニラって女の子は誰かとジェズを間違ってるのかもしれねぇなー? オレとテュランを間違うくらいだし。ジェズと間違うってコトは、ヴァニラに指示を出してる誰かも吸血鬼だったりして。でも、ジェズと人違いするくらいにカッコイイヤツって、吸血鬼でも早々居ねぇと思うケド」
「ああ、そういえばあいつはよく間違われるな。その度に不機嫌になるのが」
鬱陶しい。ルシアがそう言いかけるも、すぐに口を閉ざす。襲われた張本人である実感がないのか、リヴェルの見解はあまりにも暢気なものだったが。核心を突いていた。
「確かに、リヴェルさんの言う通りかもしれませんっす。グール化したヤツはどうしても知能が衰えてしまいますからね。ジェズアルドさんと背格好が似た人なら、間違えてしまうのもおかしくないっす。でも、あの人に間違えられる人なんて居ない――」
「いや、一人だけ居る……」
シダレの話を遮るようにして、アーサーが言った。そうだ。どうして気がつかなかったのだろう。居るじゃないか。
ジェズアルドと同じ、純血の吸血鬼。彼と見間違える程に似た容姿を持つ者。条件に該当する者のことを、この場に居る誰もが知っている。
彼と、本当の意味で血の繋がりを持つ存在が一人だけ居るのだ。
「……真祖、カインか」
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