傷痕の記憶


 人間、人外関係無く。子供達皆が、リヴェルの元に駆け寄る。皆が同じように感動して、目を輝かせて。アーサー自身、自分の胸に溢れる感情を持て余すしかなかったくらいだ。

 そして、彼もまた驚いていた。


「……えっ、そんなに!?」

「って、何でお前がそんな反応なんだ」


 誰よりも、リヴェル自身が驚いているらしい。自分の歌を褒め讃える子供達をポカンと眺めながら、銀色の双眸をこれでもかと見開いている。


「えーっと……実は、誰かにちゃんと聞いて貰ったのって初めてだからさ。ギター弾くのも、久し振りだったし……おおー、そっかー。下手くそって言われたらどうしようかって思ってたんだケド」

「いや……俺は、音楽のことなど全くわからんが。まさか、歌でここまで感動するとは思わなかった」

「マジで? えへへー、嬉しいなぁ。ジェズが言ってたコト、本当だったんだなー」


 ギターを抱き締めながら、リヴェルが照れ臭そうに笑う。そうか、彼とテュランの共通点がようやく明らかになった。双子だから、というだけではない。

 ずば抜けた才能と、他人を惹き付けるカリスマ性。方向性は異なるが、二人には周りの者を魅了する天性の素質があるのだ。


「……もしかしたら」


 そうだ。自分は、リヴェルのような存在を求めていたのかもしれない。彼なら、このアルジェントを再生することが可能かもしれない。


 テュランが破壊し尽くした、この世界を。


 リヴェルの歌で、種族による差別を無くして作り変える。


「ねえねえお兄ちゃん! もっとお歌聞かせてー!」

「んー、じゃあ今度は皆が知ってる歌にするか。一緒に歌おうぜ!」

「えっとねー、じゃあ……」


 子供達に囲まれて、リヴェルが再びギターを奏でる。それにしても、よくあんなに器用に指が動くものだと思っていると、アーサーはふと気がついた。


「……誰だ?」


 外に、誰か居る? 敵意は無いし、息を顰めている様子はない。ちらりと、リヴェルを見る。彼や子供達は気が付いていないようだ。

 サヤか、シダレか。それとも、孤児院に携わる別の誰かか。リヴェル達の邪魔にならないよう静かにそちらへ歩み寄ると、アーサーはドアを静かに開けた。


「誰だ、中へ入らな――」

「いっ――!?」

「え……ルシア? 何をしているんだ」


 そこに居たのは、アーサーが想像していた誰でもない意外な人物だった。しかも、予想していたよりもドアの近く――恐らく、耳をドアにくっつけていたのだろう――に居た為に、顔面を思いっきりぶつけてしまったらしい。

 端正な顔を両手で覆いながらも、声を殺して悶絶する辺りは流石元暗殺者。


「うう……いや、怪しいことはしていないぞ。ただ、この建物の前を歩いていたらギターの音色が聞こえて懐かしく思っていたら、リヴェの歌が聞こえて……待て、決して盗み聞きしていたわけではない。ここで耳を澄ませていただけだ」

「はあ……とりあえず、中に入ったらどうだ?」

「いや、俺は……今は、良い。リヴェは照れ屋だからな。俺に気が付いたら、あの子は恥ずかしがって歌うのを止めてしまうかもしれない。それにしても……リヴェがギターを弾くのは一年以上ぶりだ」

「そうなのか? そんなに長期間触れていなくても、あんな風に弾けるものなのか」

「さあ……ただ、あの子は音楽に関しては天才的だからな。本当は新しいギターを買ってやりたいんだが、あんなことがあってからずっと拒まれていてな……。内緒で買ってやろうとも思ったが、俺は楽器のことなんて全くわからないから難しくて」

「あんなこと?」

「ああ、いや……何でもない」


 あたふたと、何だか歯切れが悪い。この男、先日はあれほど殺気を漲らせていたというのに、リヴェルのことになるとすぐにこれだ。

 頼りになるんだか、ならないんだか。


「それより、アーサー。お前に聞きたいことがあるんだが」


 少し、良いか? ルシアの問い掛けに頷くと、アーサーはそのまま外に出てドアを静かに閉めた。そして、彼に手招きされるままにドアから少し距離をとった場所で向き合う。

 ……若干、鼻の頭が赤くなっているのが間抜けだ。


「俺に? 何だ」

「その……サヤのことなんだが。彼女は、いつから銃を習っていたかを知っているか?」

「サヤが銃を習い始めた時期か?」


 なぜ、そんなことを。訝しく思いながらも、ルシアの表情に何も言えなかった。


 どうして、そんなに切羽詰まった顔をしているのだろうか。


「……詳しくはわからないな。ただ、彼女はテレポートの能力を生かす為に剣術や体術に重点を置いていた。俺が知っている限りでは、十代半ばくらいだと思うが」

「ということは、テュランの前で彼女が銃を習ったことはないと言うことか」

「テュランの? まさか、研究所に居た頃の話をしているのか?」


 アーサーは話しながら、記憶を掘り起こす。サヤが研究所に居たのは子供の頃、ほんの一時だけの筈。

 彼女からは、様々な検査や実験を受けたとは聞いているが。実戦の訓練を始めたのは、アーサーと出会った後である。


「流石にそれはないと思うぞ。あの施設は研究施設だ、訓練施設ではない」

「そうか……それなら、もう一つ。彼女が同時期に大怪我を負ったことはないか? 主に上半身を」

「大怪我……さあ、それも聞いた覚えはないな」

「彼女の身体に、傷跡などは残っていないのか。超能力があるとはいえ、人間ならば痕が残る程の傷だとは思うんだが」

「いや……一緒に暮らしているとはいえ、流石に彼女の肌を直接見るようなことは……」

「なぜ? お前たちは……」


 あ、とルシアが何かを悟ったらしい。


「……てっきり、お前達は恋人同士だと思ったのだが。違うのか、すまない。勘違いをしていた」


 手で顔を覆うようにして。まあ、確かに勘違いされてもおかしくはない状況かもしれないが。

 ……いや、でも。このまま自分は、サヤといつまで一緒に居るつもりなのだろうか。

 今の関係は、いつまで続けられるのだろう。


「と、とにかく。気になるなら、サヤに直接聞いてみる方が良いと思うぞ。……というより、なぜそんなことを聞くんだ?」

「ああ、その……実は、テュランの資料に――」

「おいコラ―! ヒーロー、何サボって……あれ、ルシアだ!」


 アーサーが外へ出たことに気が付いたらしく、リヴェルが勢いよくドアを開けて外へと飛び出してきた。だが、ルシアが居ることに気が付いたのだろう。怒り顔だったのが、すぐに満面の笑顔になる。


「あー! リヴェルお兄ちゃん、このお兄さんだれぇ?」

「ふっふっふ。この人はルシア、オレの自慢のお兄ちゃんだぞー」

「ひえー! 超キレイ!!」

「わあ、美人さんだねー? カッコいいー!」

「え……はは、ありがとう」


 リヴェルに続いて、子供達もわらわらと外へ出てきた。そして、新たな客人であるルシアに興味津々のようで。主に女の子が彼に群がり、その美貌にきゃっきゃとはしゃいでいる。

 ……この男もある意味、種族の壁を壊したようだ。


「リヴェル、もう歌は止めたのか?」

「うん。久し振りにギター弾いたら指が痛くなっちゃった。それよりもさ、ヒーロー。行きたいところがあるんだケド、ちょっと二人で出かけねぇ?」

「は? 何だ、いきなり」

「良いじゃん! アンタのデッカイあのバイク、一回乗ってみたかったんだよなぁ。だからさ、オレとデートしよう! そんで、後ろに乗せてくれよー!」

「で、デート……だと?」


 ルシアが怒りに震え、ギロリとアーサーを睨み付けてくる。何でこいつはわざわざ面倒な物言いをしてくるのか。

 一言物申してやろうかと思うも、それよりも先にリヴェルに何かを持たされた上に腕をぐいぐいと引かれてしまう。押し付けられたのはアーサーの銃だ、忘れずに金庫から取り出して来たのか。

 意外としっかりしている。


「ちょ、待てリヴェル! 出掛けるって、子供達はどうするんだ?」

「え? ルシアが居るから大丈夫だよ。なんかヒマそうだし、意外と子供とか小さいの好きだし」

「え、おいリヴェ――」

「わあい! 今度はルシアお兄ちゃんが遊んでくれるのー?」


 わあ、と一気にルシアに群がる子供達。いつもは閉鎖的な場所だから、客人がたくさん来てくれて嬉しいのだろう。

 ……それにしても、流石テュランの弟。中々の策士だ。


「なっ!? り、リヴェ! 待て、待ってくれ!」

「じゃあ皆、また後でなー?」

「うん! リヴェルお兄ちゃんまたねー!」


 慌てふためくルシアと、笑顔の子供達に見送られて。そういえば、もう誰もリヴェルをテュランと呼んでいないことに、アーサーはようやく気がついた。


 

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