「こら! 二人とも、何をやっているんだ!?」


 ルルの後を追って、アーサーは子供達の元に戻る。てっきり、二人がケンカをしているだけかと思っていた。だが、違った。

 泣き叫ぶエレナの髪を、ユーゴが掴んで何か喚いている。年長のミオが、必死にユーゴの手を解こうとしているが。

 ただのケンカではない。


「痛い! 痛いよ、髪の毛離して!!」

「アーサー! コイツが、このクソ女がリーダーに積み木を投げ付けたんだ!」

「あれくらい何よ!? あいつは……テュランはもっとひどいことをしたじゃない!」

「なっ……と、とりあえず離れろ!」


 アーサーが二人の間に割り入り、ユーゴの手を力づくで離す。反動でよろけたエレナを、ミオが抱き締めるようにして受け止める。

 それでも、エレナは叫び続けた。


「テュランは、テュランはわたしのお父さんとお母さんを殺したの! いいえ、わたしだけじゃない……ミオも、他の皆も。この孤児院に居る人間の子達は全員、テュランに家族を奪われたのよ!!」


 見れば、彼女の傍を囲むのは人間の子供達ばかりだった。対して、ユーゴの傍には人外の子供達。

 まずい。この孤児院で、一番恐れていたことが起こってしまった。


「ふざけんな! 元はと言えば、お前たち人間が悪いんだろうが!! リーダーが、どれだけツライ思いをしてきたかなんて知らねぇくせに! 人間がどれだけリーダーを傷付けて、ボロボロにしてきたかわからねぇだろ!!」

「そんなの知らないよ!」


 人間と、人外の対立。根本から取り除けない問題は、悪化するばかり。溝はどこまでも深くなる。このままでは、孤児院を存続させることすら出来なくなってしまう。


「と、とにかく……一旦落ち着くんだ、二人とも」

「落ち着くことなんて出来ないよ! ねえ、アーサーお兄ちゃんは人間と人外のどっちの味方なの!?」

「え……」

「アーサーお兄ちゃんは人間だもんね? 何があっても、わたしたちの味方で居てくれるよね?」


 エレナの言葉に、真っ直ぐな視線に、アーサーは声が出なかった。そして、次に投げ付けられたユーゴの言葉が、アーサーの思考を凍てつかせた。


「アーサーが人間? ふんっ、そんなわけあるか。ロボットみたいな手足のくせに!」

「……ッ!!」


 思わず、拳を握り締める。好きでこんな手足になったわけじゃない。むしろ、この手足のせいでどれだけ苦労してきたことか。


 それもこれも、全て悪いのは――


「――――鉄拳制裁ッ!」

「うぎゃあっ!?」


 刹那。緊張の糸が張り廻る空間に、情けない悲鳴が転がる。ハッと、飲まれかけていた悪感情からアーサーは顔を上げる。

 見ると、いつからそこに居たのだろう。リヴェルがユーゴの後ろに立って、拳を振り降ろしていた。それ程強くはなかったようだが、驚いたのか半泣きでユーゴが振り向いた。


「うー……! いってぇ! 何すんだよ!!」

「ソレはコッチのセリフだ! オマエ、トモダチとヒーローにとんでもなくヒドイ言葉を言ったんだぞ?」


 自覚が無いのかよ!? どうやら、リヴェルはユーゴのことを本気で怒っているらしい。その剣幕は、やはりテュランとそっくりだ。

 ……しかし、アーサーにはわかった。リヴェルとテュランは、違う。


「ユーゴ、オマエ……あの女の子の髪の毛を引っ張っただろ? スッゲェ痛いんだからな。今のゲンコツくらい痛いんだぞ」

「だ、だって……エレナが、リーダーのことを――」

「テュランのコトは関係ねぇだろ! 今、オマエはトモダチに暴力を振るって、悪口を言ったんだ。ヒーローにもな。傷付けたんだ、悲しい思いをさせたんだよ。それなのに、ユーゴは何とも思わないのか?」


 それに、とリヴェルが続ける。だが、怒りの矛先はユーゴにではない。


「ヒーローもヒーローだ!」

「え、俺……?」

「そうだ。見損なったぞ! アンタは人間とか人外とか、今更そんなコトで悩むのかよ!? ココに居る子供達は皆、アンタのコトを信頼してるじゃねぇか。オマエ達が築き上げてこの関係に、!!」


 リヴェルの言葉に、アーサーもユーゴも、他の誰もが何も言えなかった。その迫力に、恐怖に泣いていた子でさえ泣き止んだくらいだ。

 そうだ。リヴェルはテュランとは違う。彼は、正しい。恐ろしいくらいに物事の真髄を捉えていながら、目を背けようとしない。当たり前のことではあるが、それが出来るのは簡単ではない。

 まるで子供のような……否、この国では子供でさえ持っていないくらいの純粋さだ。


「ほら、ユーゴ。二人にゴメンナサイしねぇと」

「な、何でおれが!? 仕掛けてきたのはエレナだぞ! それに――」

「ユーゴ……オマエがテュランのことを思ってくれるのは嬉しいし、誰かの為に戦えるのは凄いと思う。でも……テュランを引き合いに出して、トモダチを傷付けるのは間違ってる。わかるだろ?」


 リヴェルの手が、わしゃわしゃとユーゴの髪を撫でる。たったそれだけで、ユーゴは黙り込む。しばらく、気まずい空気が流れるものの。やがて、ユーゴが小さく口を開いた。

 そして、もごもごと小さくくぐもったー声で聞き取り難かったけれど。彼はアーサーとエレナを見て、言った。


「……ごめん、アーサー。ちょっと、言い過ぎた」

「あ、ああ……いや、俺の方こそ悪かった」

「エレナも……髪、引っ張ってごめん」

「…………」


 エレナはまだ何も言えないらしく、困ったような表情で俯くだけだった。無理もない、アーサーでさえ何とか一言だけ返せたくらいなのだから。

 それほどまでに、彼に圧倒されてしまった。


「……ねえねえ、ところでお兄ちゃん。何持ってるの?」

「あー、これか? ふっふっふ、そこの倉庫で埃まみれになってたんだ。ルルは、これが何なのか知らないのか?」

「うん、知らないよー」


 ルルのお陰で、緊張していた空気が弛緩する。彼女の言葉を伝うようにして、アーサーもリヴェルが持っている『それ』を見つける。

 

「……って、おいリヴェル。どうしてお前がそのギターを持っているんだ」

「んー? 良いじゃん、ちょこっとだけ借りるだけだぞ」

「借りるって、そんなもので何を――」

「超久し振りだからなぁ、下手っぴになってるかもなー」


 そう言って、リヴェルがストラップを肩に通して抱えるようにしてギターを構えた。アーサーの中で、彼の言動がイマイチ理解出来なかった。無理もない。この国は、娯楽の少ない軍事帝国であったのだから。

 そして、やはりリヴェルを見る度にテュランと重ねてしまっていたから。想像も、想定も出来なかった。


 ふわりと、空気が揺れる。


「え……」


 リヴェルの指が、滑らかな動きで弦を弾く。先程のようなデタラメなものではない。滅茶苦茶に掻き鳴らしているわけでもなかった。

 暖かく、柔らかな旋律。ギターとは、このような音が鳴るものなのかとアーサーは初めて知った。……いや、それだけではない。

 音と音が重なり、繋がる。確固たる意思を持って音は曲となり、そこに声が乗った。



 たとえ、世界がきみの敵になろうとも


 世界中の銃口がきみに向けられようとも


 僕だけは、きみの盾になる


 この心臓が止まるまで、信じ抜いてみせる


 だって僕は、きみが持つ本当の優しさを知っているから――



「っ…………」


 心臓が、貫かれたように感じた。もちろん、そんなことはない。でも、それくらいの衝撃にアーサーの胸が痛んだのだ。

 息が出来ずに、目頭が熱くなる。音楽とは、これほどの力があるものなのか。今まで、何かの記念日やパレードの際にがちゃがちゃとけたたましく鳴らされている代物とはまるで違った。

 何年か前に、街の中で旅人が同じようにギターで弾き語りをしているのを見たことがあるが。リヴェルは格が違った。


 彼の『歌』は、種族という壁などいとも簡単にぶち壊してしまったのだから。


「すっ……げえ! すっげぇ!」

「すごーい!! お兄ちゃん、お歌上手だねー!」

 

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