孤児院


「わー! 本当だ、リーダーだ!!」

「うわーん! リーダー、会いたかったよぉ……」

「いや……その、オレ……テュランじゃねぇんだケド」


 子供達に囲まれるリヴェルを眺めながら、アーサーは嘆息した。結局、強請られるままに彼を連れてきてしまったが。孤児院は、案の定大騒ぎになってしまった。

 無理もないことだが。それにしても、テュランが兼ね備えていた人気とカリスマ性は凄いものだったのだと改めて思い知らされてしまう。


「なあアーサー、リヴェルって本当にリーダーの弟なのか?」


 不審そうな目で見上げてくるのは、ユーゴだった。彼とルルには先日の件もあり、既にリヴェルがテュランの弟であることは説明してある。だが、二人はどうしても納得が出来ないらしく。


「うーん。確かに髪の毛の色とかは違うけどー、あのお兄ちゃん……リーダーにそっくりだよねぇ?」

「髪は染めれば何とかなるし、目だってカラコンとか付ければ変えられるだろ? うーん、あの戦い方は絶対にリーダーそのものだったんだけどなぁ……」


 うんうんと、二人が唸る。彼等がそう思うのも無理はない、アーサーでさえ思ったことだ。それが、彼が持つ記憶のせいだと無理矢理に納得してはいるものの。


「もしかして、変装してるリーダーだったり?」

「こらユーゴ、いい加減にしろ」

「それなら、アーサーは証明出来るのかよ? リヴェルがリーダーとは違うってことを」

「そ、それは……」


 不満げに言うユーゴに、アーサーは言い返せなかった。ここにルシアやジェズアルドが居れば、それは可能かもしれない。でも、アーサーでは無理だった。彼自身、まだ疑っている部分があるからだ。

 確かに、テュランの死はこの目で確認した。それは疑わない。でも、リヴェルはあまりにもテュランに似ている。見た目とか、そういう部分だけではなく。

 リヴェルとテュランは、似ている。でも、何がそんなに似ているのかがわからない。


「――痛ッ」

「……ん? どうした、リヴェル?」


 アーサーが思考に耽っているも、不意に聴こえた小さな悲鳴に意識が引き戻された。見ると、リヴェルが額を押さえている。

 そして、慌てて振り返ってくる。


「え……あ、あはは。なんか、どこかから何かが飛んできたっていうか」

「何かが、飛んできた?」

「あ、あー! 何でもない、何ともないって!」


 焦った様子で、手を振りながらリヴェルが何度も首を横に振る。ふと、アーサーが足元を見る。

 そこには、掌に収まる程の大きさの三角形の積み木ピースが一つだけ落ちていた。おかしい、子供達にはちゃんと片づけをするように言ってある筈なのに。


「とりあえず、リヴェル。お前、銃を持っているだろう。暴発したら危ないから、一旦金庫の中に預けてくれないか?」


 子供たちの輪から抜け出したリヴェルを連れて、アーサーは奥の部屋へと連れていく。そして、手前にあるダイヤル式の金庫を開いてまずは自分の銃を中へ入れる。小型の金庫はサヤの刀のような大きなものは入らないが、拳銃ならば入れられる。

 リヴェルには孤児院に来る前に、剣は置いてくるように言ってあった。だから、武器と呼べるものは銃しか持っていない筈。

 ……もしも、これがテュランだったら絶対に拒否するのだろうが。


「ん、オッケー」


 何の躊躇もなく、リヴェルはアーサーに言われた通りに背中に吊っていた銃を金庫の中に入れた。警戒心の無さに、狼狽えそうになるのはこちらの方だった。

 更に、リヴェルはアーサーを動揺させる行動に出る。


「えっと、あとコッチも」

「……おい、待てリヴェル。それは何だ?」

「へ? 何って……銃だケド」

「それはわかる。お前、今……その銃をどこから出した?」


 背中の銃を金庫に入れたかと思えば、リヴェルの手にはいつの間にかもう一丁の銃が握られていた。まるで玩具のように思える程に小型のリボルバーだが、間違いなく本物だ。


「……ポケットピストルか」

「あー、コレ? すっげぇだろ。上着の袖に、こうやって仕込んでたんだぞ。……あ! でも、コレは秘密にしなきゃいけないやつだった!」

「……まさか、それもルシアが?」

「そうそう、護身用にって。なんか、ジェズが変なコトしてきたら迷わず撃て! だってさ」


 秘密だぞ、ヒーロー。にこにこと笑うリヴェルに、アーサーは思わず頭を抱えた。仕込み銃自体は小型で、射程距離も威力も大したことは無さそうだが。

 なんていうか、発想が恐ろしい。今、この国に居る者の中で一番の危険人物はルシアなのではないかと疑ってしまう。


「この中の弾丸は麻酔弾なんだよなー。クマでも一撃で眠らせる程の威力らしいぞ、コワいな!」

「俺はお前の兄貴の方が怖いぞ。吸血鬼を黙らせるには、最も効果的な方法だからな」

「んー……でも、変なコトって何だろうな? 噛み付いてくるぐらいなら、別に良いんだケド……え、えっちなコト……とかか?」

「とりあえず、あいつが触ってきたら撃っておけ」


 まあ、彼自身がこんな感じではルシアの気持ちもわからないではないが。銃を納めた金庫に鍵をしていると、部屋の中を興味津々に見回していたリヴェルが突然声を上げた。


「……あー! ヒーロー、あれってもしかして……ギターケースか?」

「ん? ああ、そうだが」

「もしかして、中身入ってる? 見て良いか?」


 部屋の奥に置かれていたそれに、リヴェルが飛びつく。それは埃だらけになってしまっているものの、彼が言う通りにギターケースだった。もちろん、中身もちゃんと入っている。

 明るい色合いの木目が綺麗な、一本のアコースティックギター。この孤児院が出来た時からあった為に、恐らくは前の持ち主の私物だろう。それも、買ったばかりか誰かのプレゼントか。詳細はわからないが、ほぼ新品の状態であることは間違いない。

 何にせよ楽器は高級品であり、嗜好品だ。子供達の玩具にするわけにもいかず、結局使い道を見出せずに放置するしかなかったのだ。


「おおー! すっげぇ、キレイだなー。結構新しいみたいだな、全然痛んでない。弦も大丈夫そうだし、ピックとかもちゃんと揃ってる」

「おい、リヴェル……」

「どれどれー、音は……ぷっ、あっはははは! すげぇ! このギター超音痴! あははははは!」

「……全く、お前は何をしに来たんだ」


 ポン、ポンと楽しそうに弦を指で弾くリヴェル。ギターで好き勝手に遊び始めた子猫に、アーサーは呆れるしかなく。

 気が済むまで放っておくしかないか。アーサーが諦めた時だった。


「アーサーお兄ちゃん、大変! ゆーくんと、エレナちゃんがケンカしてる!」

「ユーゴとエレナが!? わかった、今行く」


 駆け付けてきたルルに、アーサーは慌てて部屋を出て子供達の元へと向かう。リヴェルは、すぐに追ってくることは無かった。

 だから、ギターのネックを握り締めながら。リヴェルが小さく、それでいて力強く呟いた言葉に、アーサーは気が付かなかった。



「ジェズが言ってた、武器……テュランには無い、オレだけの武器……試してみるか」

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