渇望


 ジェズアルドの声に、刺々しい響きが露となる。ここまで感情を剥き出しにする彼は珍しい。でも、その感情が何であるかがサヤにはわからなかった。

 怒りか、憎しみか。……否。それはきっと、もっと複雑な代物に違いない。


「サヤさん……貴女は一年前、テュランくんの憎悪を嫌という程に見せ付けられた筈。思い知ったでしょう? 復讐とは、単純に相手を殺すだけでは成立しない。死ぬだけでは物足りないんですよ。大切なものも、人も、地位も何もかも全てを奪い、破壊し、絶望させる。死が救いだと思えるくらいに、徹底的に痛めつける。だから、テュランくんがここまで人間達を追い詰めたように、僕はカインを追い詰めた。こんな身体にされてから、数千年という時間をかけて」

「数千年……」


 思わず、口から零れる。テュランが抱いていた憎しみも凄まじいものだったが、ジェズアルドは彼さえも上回るかもしれない。永遠の寿命があるとはいえ、どうしてそこまで出来るのだろうか。

 ……違う。本当に、出来るのか?


「……そこまでカインを憎んでいる割には、腑に落ちないわ」

「まだ、何か?」

「あなたはさっき、私に『殺してくれるのか』って言ったじゃない。そして、アーサーにも一年前に同じように自分を殺させようとした。カインへの復讐が目的なら、どうしてカインよりも先に死のうとするの?」

「ああ、そのことですか。言ったでしょう? 僕はカインを追い詰めた、と。あの人の逃げ道を全て潰した。僕が先に死のうが、後に死のうが大した違いは無いんです。どういう結末を辿っても、僕の復讐は完遂される」


 それに、とジェズアルドが続ける。


「サヤさんはご存知ないのですか? アーサーくんの過去を」

「アーサーの、過去?」

「ええ。彼が両手両足、そして家族を失ったのはカインが原因なんですよ。あの人が居たから、アーサーくんは大切なものを全て失ってしまった……これ以上の事情は詳しくは知りませんし、気になるならアーサーくんに直接聞いてください」


 ジェズアルドの言葉に、返す言葉がなかった。確かに、アーサーは吸血鬼に対して何かしら思うことがあるように思っていた。でも、そのことを知ったのは一年前だったし、そこに踏み込む度胸は無かった。

 だから、知らなかった。彼もまた、カインによって大切なものを奪われていた犠牲者だったとは。


「だから、僕はカインにトドメを刺すのはアーサーくんに譲ってあげようと思っただけです。彼にナイフを預けたのは、それが理由です。流石の彼でも、カインを殺すのは大変だろうなと思いまして」

「……そう」

「おっと、随分長居してしまいました。僕はそろそろお暇しましょう……あ、サヤさん。一応ここにはグールは寄せ付けないように致しましたので、ご用が済むまでごゆっくりどうぞ」

「寄せ付けないように?」

「ふふっ、グールにも僕の力は有効なんですよ。それに、ここをカインの血族なんかに荒らされたりするのは……許せないので」


 そう言って、ジェズアルドは立ち上がる。ドアの取っ手に手をかけながら、彼はサヤを振り返る。


「……ああ、そうそう。ねえ、サヤさん。貴女が本気で僕を殺そうとするのなら、お好きにどうぞ。貴女が相手なら、抵抗する気はありませんので」

「え?」


 思わず、聞き返してしまう。顔を上げた先にあるのは、美しくも自虐的な微笑だった。


「……あなたはどうして、そんなに死にたがるの? そこまでカインを憎んでいるのなら、生きてカインの死に様を見届けたい……トラちゃんなら、そう言うと思うけど」

「あはは、確かに。そうですね……見られるのなら、ぜひともこの目に焼きつけたいですよ。でも……僕は、いえ……僕も、テュランくんを救わなかった罪から逃げるつもりはありません」

「っ!?」


 サヤは瞠目した。思ってもいなかった台詞だった。くすりと、ジェズアルドが小さく笑う。


「そんなに意外ですか? 僕はリヴェルくんを自分の命以上に大切に思っています。……だからこそ、テュランくんを見捨ててしまった。僕はテュランくんではなくリヴェルくんを選んだ。彼を救う方法なんて、いくらでもあったのに。僕は見捨てました。だから、貴女に殺されても文句は言えない」

「でも、それは……」


 それ以上、サヤには何も言えなかった。そうだ、考えなかったわけじゃない。リヴェルが目の前に現れてから、何度も考えた。彼は、生まれてからダンピールとなったことで生き続けることが出来た。

 ならば、テュランも。彼も、もしかしたら生きられたのかもしれない。リヴェルの双子の兄である彼ならば、リヴェルと同じようにダンピールとして。


 ジェズアルドがそのことに気がついたのだと言うのなら、どうしてテュランには何もしなかったのか。


「……あなたが死んだら、リヴェルが悲しむわ」


 それしか、今のサヤには言えなかった。これ以上口を開いたら、きっとジェズアルドに自分の罪を押し付けてしまう。彼に刃を向けてしまう。彼はきっと否定もしないし、刃から逃げることもしないだろう。


「……それは、どうでしょう。僕にはわかりません」

「彼の気持ちを蔑ろにするなら、流石に怒るわよ」

「本当に、わからないのですよ。リヴェルくんが僕に抱いている感情が本物なのか、それとも……なのか」

「どういう、こと?」

「うーん……秘密です」


 サヤは訊ねる。だが、ジェズアルドは答えなかった。ただ、力無く笑って。静かに、淡々と言葉を紡いだ。


「カインのことは関係なく。僕は……リヴェルくんにだけは置いていかれたくないんですよ。病気だろうと、老衰だろうと。彼の死ぬところなんて見たくない。だから、出来ることならさっさと死んでしまいたいんです。なので、サヤさん。その時は遠慮なく、どうぞ」


 それでは。にっこりと笑いながら、ジェズアルドがその場を立ち去る。ドアが閉まり、足音が遠ざかって。再び無音に包まれるまで、サヤはその場から動くことが出来なかった。

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