もう一つの復讐

 意外にも、ジェズアルドはすんなりと頷いた。だが、この男は平気な顔で嘘を吐く。惑わされないよう、しっかり見定めなければ。


「……トラちゃんの復讐は、本当に彼自身の意思で行われたものだと信じて良いのかしら?」

「それはどういう意味ですか? まさか、僕がテュランくんに命令してあの復讐劇を起こしたとでも?」


 くすくすと、ジェズアルドが笑う。


「残念ながら、それは違います。確かに、彼に人間の憎悪を焚き付けて復讐を促したのは僕です。でも、僕はテュランくんに何かを命令したことは一度もありません。あれは、間違いなく彼の意思ですよ」

「……そう」


 僅かに、落胆を覚える。いや、もしもテュランの復讐がジェズアルドの命令で行われたものだとしても、サヤが救われるわけではない。一旦深呼吸をして、再び切り出す。


「あなたは以前、カインを殺せばこの街に溢れるグールを抹消出来ると言ったけれど。それは本当?」

「はい。ただ、もしもカインに関係無い他の血統の吸血鬼のグールが居たら、それは残ると思いますけど。僕が見た辺りでは、そんなグールは居ないのでご安心を」

「カインを殺した場合、リヴェルとルシアもグールと同じように消滅してしまう可能性は?」

「有り得ません。前にも言いましたが、リヴェルくんとルシアくんの身体に流れている血は、カインとは別の吸血鬼のものです。それに、彼等は吸血鬼でもグールでもなく、ダンピールです。彼等は由来の吸血鬼が死んだとしても、関係なく生き続けられますよ」

「……そう」


 サヤは悩む。今のところ、ジェズアルドに変わった様子は見られない。とりあえず、カインを殺したらリヴェル達も死ぬ、という可能性は消して良さそうだ。

 ……そろそろ、切り込んでみようか。


「ジェズアルド、これは質問というよりは相談なのだけれど。カインを殺さないまま、グールだけを抹消するという方法は考えられないかしら。現状、真祖カインは世界でもっとも力のある吸血鬼だと断定出来る。でも、今の私達ではカインに太刀打ち出来るとは思えない。だから、カインと戦うことを回避する方法が欲しいの」


 正直のところ、カインの力がどれほどのものか計り知れない。こちらにも対抗手段はいくつか残っているが、勝てるかどうかはわからない。

 ならば、ひとまずカインは置いておいて、グールだけでも排除出来る方法があるならば知りたい。そして、それがわかるのは恐らくジェズアルドだけだ。


 ……でも、


「残念ですが、ありません。ルシアくん並みの戦闘狂が千人居れば話は別ですけど。あ、この国を核兵器で燃やし尽くせばグールも居なくなると思いますよ。アハハッ」

「……真面目に答えて」

「僕は真面目に答えてますよ。カインを殺すこと以外に、グールを消す方法はありません」


 ジェズアルドは頑なだった。だが、サヤにはわかった。彼は何かを隠している。確実に、グールを止める方法が他にもある。

 さて、どうやって引き出そうか。サヤが悩んでいると、今度はジェズアルドが先に口を開いた。


「そんなに心配しなくとも、アーサーくんならカインを殺せると思いますよ。アーサーくん、強いですし。ナイフもありますしね」

「アーサー、なら……」


 ふと、違和感を覚える。


「どうして、アーサーなの? ダンピールであるリヴェルやルシアでも、カインを倒す力は持っていると思うけれど」


 サヤが言った。そうだ、おかしい。ジェズアルドはカインを憎んでいる。でも、決して自分で手を下そうとはしない。テュランの復讐を利用し、カインを殺さなければ国が滅ぶという状態まで追い込んだ。

 でも、そこまでだった。彼はそこから先の行動に出ていない。


「……僕は、リヴェルくんには出来るだけ戦って欲しく無いんですよ。それに、ルシアくんにもね。彼は戦闘に関して、恐ろしいくらいの能力を持っていますが……カインが相手では流石の彼でも無傷では済まないでしょう。ルシアくんが傷付けば、リヴェルくんが悲しんでしまいます」


 ジェズアルドがため息混じりに言った。そう、彼はこの点に関しても頑なだった。確かに、あの二人はアルジェントが過去に行った実験の被害者だ。彼等がこの国へ戻ってきた目的は未だにわからないが、二人が傷付いたり命を落とすようなことは避けたい。それは納得出来る。


「そうね、あの二人はこの国が抱える問題には関係ないし、この問題に関わって被害を受けるだなんてことは避けるべきだとは思う。でも、どうしてアーサーなの? どうしてあなたは?」


 そう、それは一年前のあの日。テュランが終末作戦を決行した、あの瞬間。ジェズアルドはアーサーに自分のナイフを……カインを倒せる武器を渡した。そして、先日わざわざ手紙でアーサーを呼び出して早くカインを殺せと強要した。

 確かに、アーサーは戦いに慣れている。でも、それはサヤも同じ。むしろ、刃での戦闘ならばサヤの方が長けている。


「そ、それは……あの時、アーサーくんが一番の適任者だったからですよ。彼も、ルシアくんと同じくらいに強いですし」

「それはどうかしら。ジェズアルド……あなたほどの力を持つ吸血鬼ならば、もっと効率的にカインを殺す為に必要な人間を動かすことが出来るでしょう? アーサーだけではなく、私も。一年前だったら、トラちゃんやヴァニラだって居た。いいえ……率直に言わせて貰うと、よ。得意の命令でカインの自由を奪い、ナイフを突き刺すだけなのだから」

「っ……!」


 ジェズアルドが僅かに顔を顰めたのを、サヤは見逃さなかった。ようやく彼が誤魔化し続けている矛盾点を突き止めたのだ。

 カインをアーサーに殺させようとすること。そして、自分では絶対に手を下そうとしないこと。カインに憎悪を抱いておきながら、彼は自身の采配を邪魔するこの二つの要素を持て余しているようにしか見えない。


「今のあなたを、私は敵だとは思っていない。でも、味方だとも思えない。むしろ、あなたがカインと手を組み、この国を更に貶めようとしている可能性さえあると考えられてしまう。何なら……このタイミングでアルジェントに帰ってきたリヴェル達も、あなた達の仲間かもしれない」

「流石に、それは極論だと思いますけど」

「それなら、あなたの本当の目的は何? あなたの言動次第では、リヴェル達の身柄を拘束させて貰うわ」


 サヤは凛然としながら、心臓が痛いくらいに鼓動しているのを感じていた。これは虚勢だ。今のサヤに、リヴェルを捕縛する力も度胸も無い。でも、ジェズアルドに真実を吐かせるにはこれしか思いつかなかったのだ。

 言ってしまえば、やけくそである。


「…………」


 ジェズアルドが眼鏡を押し上げながら、真っ直ぐにサヤを見据える。宝石のようにも、鮮血のようにも見える紅。サヤも負けじと視線を外そうとしなかった。


「……はあ、わかりました。全て、とはいきませんが……この国における僕の目的をお話しましょう」


 どれくらいの時間が経った頃だろうか。呆れた、とでも言うようにジェズアルドが溜め息を吐いて。足を組み直し、観念したと苦笑しながら話を始めた。


「僕の目的は二つ。まず一つ目は、アルジェントを再起不能になるまで破壊すること。これはテュランくんによって既に達成されました。なので、この目的についてはもう満足です。それから、二つ目の目的は……ご存知の通り、カインです。僕は紛れもなく、カインに『復讐』する為にここに居る。僕は、自分の復讐をしようと考えたことなど一度もありません」



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