狙撃
※
「ダーグさん、あっちにもグールが!」
「わかっている、貴方は先に避難してください!!」
自分の名を呼ぶ声の方も向けないまま、ダーグは迫りくるグールの群れに弾丸をばら撒き続けた。足を吹き飛ばしても、這ってでも追ってくるのだから性質が悪い。
一年前まで、彼は大統領直轄の部隊、『ランサー部隊』の隊員であった。だが昨年、アクトン隊長が死亡した後、部隊も散り散りになってしまった。
再会出来た同僚も、二度と会えなかった仲間も居る。ダーグの恋人も、グールに嬲り殺された。家や財産、大切だと思っていた物は何もかもを焼き尽くされて。全てを投げ出してしまいたいと思う反面、戦いを生業としてきた自分を頼ってくれる人々が居る。
地位も低く、非力故に廃棄区域に追いやられた人々。ダーグは今まで、グールの魔の手からあらゆる事情で行き場の無くなった国民達を護ってきた。だが、それももう限界かもしれない。
手榴弾は全て使い切った。銃も、もう予備の弾倉が無い。ナイフならまだ余裕があるが、相手の数が多すぎる。第二区は廃棄区域の中でも比較的グールの数が少なく、彼等が生き残る為の物資がまだ残っているかと思って侵入してきたというのに。
生き残るには、あまりにも絶望過ぎる状況だ。
「……ここまでか。はは、生きた人間一人分でどれくらい時間が稼げるかな」
せめて、自分が護りたいと思った人達だけでも逃げられるように。ダーグは太腿とブーツに仕込んだナイフをそれぞれの手で握り締める。身体中が傷だらけで、疲労が蓄積している。まともな食事が出来ていない為に、体力だって削られている。視界の端で、小さな光がチカチカし始めている。
「……アニカ。もうすぐ、そっちに行くよ」
今は亡き恋人へ思いを馳せて。ゆっくりと、しかし着実に距離を詰めるグールに歯を食いしばる。敵は二十二体。こうなったら、出来るだけ多く屠るのみ。最後の力を振り絞り、先ずは一番近くのグールを討ち取る。そこまで考えて、ダーグはふと違和感を覚えた。
「……ん?」
視界の端で、チカチカと光が点滅している。それは疲労や体調不良が原因のものかと思っていたが、それにしては不自然だ。まるで、それ自体が意味を持っているかのように、点滅は断続的だったのだ。
そして、ダーグは元軍人である。視界の端で、点滅する光。それは、幻覚などでは決してなく。靄がかる思考に、鮮烈なまでに焼きついて。ダーグは、己の目を疑った。
――じゃまだ、どけ。
「――――ッ!?」
咄嗟に身を翻して、元は民家だったであろう建物の残骸に飛び込む。ダーグが逃げた方向に、その場に居た全てのグールが此方を見た。
――刹那。ダーグの一番近くに居たグールの頭部が、跡形もなく消し飛んだ。
「なっ!?」
ダーグは思わず、目を疑った。目の前でコールタール状の液体をぶちまけて、異形の屍がどんどん砂に還っていく。元軍人の彼には、一体何が起こっているのか瞬時に理解した。
否。理解はしたが、納得がいかない。
「これは……まさか、狙撃か!?」
どのグールからも、同一方向へ血しぶきが上がっていることから。攻撃は全て、同じ場所から行われている。それも、恐らくは一人の人物による蹂躙だ。
獲物は間違いなくスナイパーライフル。劣化しているとはいえ、人の頭部や腕を吹き飛ばす程の威力であることから大型の狙撃銃だと思われる。
「だが……一体どこから」
布を裂くような断末魔に紛れて、無慈悲な弾丸がグールを屠る。脂っぽく生臭い臭いに、吐き気が込み上げてくる。狙撃手はどうやら、グールのみを集中して狙っているらしい。しかし、この辺りは一年前から続く闘争によりほとんどの建物が瓦礫の山と化してしまっている。狙撃が行えるような高い建物は半径百メートルどころか、五百メートル以内にも残っていない。
だが、狙撃は間違いなく高所から行われている。ならば、一体どこから。
「……うそ、だろ」
まさか、先程の光が狙撃手のメッセージだったのか。その可能性は高い。今はもう見えなくなってしまったが、あの光は間違いなく発光信号だ。それも世界で共通して使われているものではなく、アルジェント独自のものだ。ゆえに、狙撃手がアルジェントの軍人、もしくは軍に関連した人物である可能性が高い。
だが、光があった場所が問題だ。ダーグは瓦礫の隙間から、狙撃手が居るであろう一点を見据える。元々は高層マンションであった筈の廃ビル。確かに、あそこからならば十分な高さがあるので狙撃は可能なのかもしれない。
でも、それでも信じることが出来なかった。
「あそこから、ここまでは……間違いなく七百メートル以上離れているぞ……!?」
アルジェント国の狙撃銃ならば、射程距離が千メートルを超えるものも少なくない。だが、問題は狙撃手の方だ。
風向き、障害物、ターゲットの位置。全てを考慮して、七百メートル先から狙撃するだなんて不可能に近い。
そんな過酷な条件下であるにも関わらず、狙撃手はダーグが見ている限りでは全弾をグールに命中させている。それだけではない。ほとんどが頭部に命中しており、多くが一撃で絶命しているのだ。
「そんな、馬鹿な……」
ここまで卓越した技術を持った者が、アルジェント軍に所属していただろうか。少なくとも、ダーグは知らない。
こんな――まるで絶大な力を持つ『堕天使』のような、無慈悲で完璧な銃撃など。
「……ダーグさん、ダーグさん無事か!?」
はっとした時には既に、一方的な殺戮は静かに終止符を打たれていた。近くに居たグールは全て、跡形もなく砂に還っている。二度と起き上がることは無いだろう。
顔見知りの、初老の男に腕を引っ張られるようにして立たされる。瓦礫の山から出ても、弾丸がダーグを撃ち抜くことは無かった。
「いやあ、すっごいねーダーグさん! 流石、軍人さんは頼りになるよ」
「え、いや」
「無事で良かった! さあ、今の内に逃げよう!」
ちらほらと、戻ってきた市民達に引き摺られるようにして。ダーグはその場から離れるしかなく。
結局、その狙撃手が何者であるかだなんて。ダーグには知る由も無かった。
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