保護者達
「その部屋でどのくらいの時間を過ごしたのかは、覚えていないんだ。……オレ、テュランのことはよく覚えてるんだケド、自分の記憶は曖昧なんだよね。まあ、とりあえず数年間閉じ込められててさ。何にも考えられなくて、何も思いだせなくなった頃だった……ルシアが助けてくれたんだ。オレが二度と戻れないように、研究所を焼き払って。身体中を傷だらけにしてさ」
「……やっぱり、ルシアは強いわね」
「でも、その時のルシアは十五歳くらいだったからな。おねえちゃん達とは状況が全然違うし。それに、助けてくれたのはルシアだけじゃなかったんだ」
「え……他にも協力者が居たの?」
サヤは思わず聞き返してしまう。何となくだが、ルシアは他人の手を借りるようなタイプであるとは思えなかったのだ。
しかし、続くリヴェルの言葉にサヤは更に驚くこととなった。
「そ、ジェズも一緒に助けてくれたんだぞ?」
「え……ジェズアルド? あなた達……そんなに前からの付き合いだったの?」
「あは! 実は、そんなんだよねー。良いでしょ?」
先程までとは違う、にっこりとした笑顔。洗い物は全て終わったのか、サヤの手伝いをしようとリヴェルが布巾を手にして食器を拭き始める。
羨ましいとはこれっぽっちも思わないが、違和感は感じる。
「……と言うことは、ジェズアルドはトラちゃんに会うよりも前に、あなた達との面識が既にあったということ?」
だが、テュランは最後までリヴェルという弟の存在を知らなかった。ならば一年前、ジェズアルドはリヴェルのことをテュランには話さなかったということだ。
「……ジェズアルドは本当に、何を考えているのかわからないわね」
「そう? 結構わかりやすいと思うケド」
クスクスと、リヴェルが笑う。何となく、この笑い方がテュランに似ている。それも昔の、子供の頃に彼が何か内緒にしている時の笑い方にそっくりなのだ。
気になる、一体何を隠しているのか。しかし、彼の秘密事を暴く前に玄関の方からアーサー達の声が聞こえてきた。
「おー、おかえりー!」
そのまま戻ってきた二人を、リヴェルがにこにこと笑顔で出迎える。丁度片付けも終わったし、今はこれ以上この話は続けない方が良さそうだ。
そうしないと、サヤの心が辛い。
「ただいまっすー、姐さん、リヴェルさん!」
「二人共、お帰りなさい。一体何をしていたの?」
「ああ……この前、ルシアから貰った大量の銃やらナイフやらをシダレ達のアジトに運んでいたんだ」
アーサーの言葉に、シダレが目を輝かせながら何度も頷く。そういえば、リヴェルがここに来た時に生活費の代わりだと言って、ルシアが大量の銃火器を置いて行ったのだった。
どうやら、相当本気でジェズアルドを滅してしまおうと考えていたようで。高威力の銃や、銀加工されたナイフの数々。更には携帯用の火炎放射器や、時限爆弾や地雷などもあった。
彼は一人で戦争でもする気だったのだろうか。
「いやー、本当に助かるッス! でも、あんなに上等な武器……本当に貰っちゃっても良いんですか?」
「気にするなってー。オレとルシアなら、その辺のグールなら銀の武器じゃなくても倒せるし。ヒーローはもっと良いナイフ持ってるしな」
嬉しさと、若干申し訳なさそうに何度も訊ねるシダレにリヴェルが言う。彼の言う通り、アーサーは『アベルのナイフ』を持っている。真祖カインを殺す唯一の武器と言われる刃があれば、その辺のグールに遅れを取ることはないだろう。
ならば、シダレや他に必要としている者達に譲るべきだ。何も異論は無い。
「本当に助かるッス! いやー、実は武器の方が不足気味だったので……でも、これだけあれば、第三区まで行けるかもしれません!」
「第三区?」
「はい! 実は、武器や食糧よりも医療物資の方がマズくて……もう、殆ど残っていないんすよ。なので、血気盛んなヤツらの間でハルス病院に乗り込もうって話があって。あそこにはリーダーが使えそうな薬や栄養剤なんかを纏めて保管していたんです。おれっちの記憶では相当な量がありましたし、無事ならどうにかして運び出したいんすよね!」
シダレがいつになく意気込んでいるよう。確かに、ハルス病院はアルジェントの中でも有数の大病院である。医療物資の補充は最優先事項であり、ハルス病院ならば相当量の貯蓄が期待出来る。
だが、無視出来ない懸念事項がある。
「……第三区は、廃棄区域の中でも一番の危険区域よ? グールの数が尋常じゃない筈……武器が揃ったとしても、ハルス病院に行く価値はある?」
無意識に、サヤは自分の拳を痛いくらいに握り締めていた。ハルス病院は、テュラン達の襲撃。そして、その後の人間と人外達の殺戮による被害が一番大きい区域だ。従って、グールの数が他の廃棄区域と比べても桁違いなのだ。
それに、一年前の物資がどれだけ無事に残っているかもわからない。果たして、危険を犯してでも行くべきなのだろうか。
「で、でも……他の病院や薬局の物資は一通り掘り出しちゃいましたし。それに、ここ数日は廃棄区域外でもグールが出没していて、ケガ人が増えているんす。このまま守りに徹するよりは、多少危険でも攻めに転じた方が良いと思うんすよね」
「でも――」
「大丈夫だ、サヤ。今日は俺もシダレ達に同行する」
サヤの言葉を遮って、アーサーが答える。なるほど、彼が一緒ならば心強いかもしれない。だが、それでもサヤの心配は尽きなかった。
「アーサー、大丈夫なの? 一昨日からずっと、グールを排除する為に一日中駆け回っていたじゃない」
「え、そうなんすか?」
「ああ……だが、問題無い。一年前に比べれば、今の方がずっとラクだからな」
苦笑するアーサー。大丈夫だと言い張っているものの、彼の顔色には明らかに疲労の色が蓄積している。それに、長い時間を共にしたサヤは知っている。
アーサーが『問題無い』と言う時は、大体彼の中で何かしらの問題が生じているのだ。
「おー? ヒーロー、今日もグールを退治しに行くのか? それなら、今日はオレも行くぞ!」
連れてけー! と、今まで大人しくしていたリヴェルが喚き始めた。グールを相手にするのならば、ダンピールであるリヴェルが居ればそれこそどんな武器よりも頼りになるだろう。
しかし、アーサーは困ったように首を横に振るだけ。
「いや……お前は留守番してろ」
「えー!? オレもう三日も引きこもってるんだケド! いい加減、退屈で死ぬー!!」
アーサーの言葉に、リヴェルがぎゃんぎゃんと吠える。彼の言う通り、ここに来てからリヴェルはずっとこの家に居る。メディアで彼の素性が流出してしまうのを警戒し、殆ど外に出ていないのだ。
だが、遊びたい盛りの彼を大人しくさせておくのも限界が来たようだ。
「良いじゃん! 別に街へ行きたいって言ってるわけじゃないんだからさー!! 相手はグールなんだろ? オレなら一撃でぶっ倒せるんだから、百人力だろー!?」
「銃で肩を外しかけたような間抜けなヤツが何を言う」
「そ、それは子供の頃の話だろ! 今はルシアに習った通り、ちゃんと両手で構えるし。ルシアには負けるケド、結構上手いんだぞ?」
ふふん、と得意げにリヴェルが鼻を鳴らす。これは先日、ルシアに聞いたことだが。リヴェルは幼い頃、ルシアが愛用していた銃で兄の真似をしようと片手で構えて引き金を引いたところ、反動に耐えられず肩を脱臼したことがあるらしい。
ルシアはクールな見た目とは裏腹に、どうやら高威力で派手な銃火器が好きらしく。お気に入りらしい大型の自動式拳銃はリヴェルだけでなく、サヤでもまともに撃てる自信がない。
「それに、今はテュランの剣もあるし。テュランの記憶もあるんだから、ノロマなグールなんかには負けたりしないって」
とにかく、何でも良いから外に出たいらしい。彼の実力――正確に言えば、半分はテュランの実力になるのだろうか――ならば、外に出ても何も問題はないだろうが。
「……出来ることなら、お前には戦って欲しくない」
アーサーの言葉に、リヴェルがぴくりと肩を跳ねさせる。そう、それはルシアの、そしてアーサーとサヤの願望なのだ。
どれだけ戦闘に適していたとしても、リヴェルにはその手を汚して欲しくない。それが人であろうと、グールであろうと変わらない。
「うう、でも――」
「とにかく、もう少しだけ大人しくしていろ。お前の情報がメディアに流れて、まだ日が浅い。今はまだ、国内の状況がはっきりしないんだ。現状が把握出来たら、お前にもやるべきことが見えてくるかもしれないからな」
「そうね。……そして、アーサー。今日は貴方も、休むべきだわ」
不意を突いて、サヤがアーサーに向かって言った。全く想定していなかったのだろう、アーサーが驚いた様子でサヤを見返す。
「やっぱり、貴方も大分疲れているみたいだから。リヴェルが一人で退屈なら、貴方も付き合ってあげれば良いのよ」
「サヤ……いや、しかし」
「大丈夫、私に良い考えがあるから」
にっこりと、サヤが笑う。その含みのある、妙に威圧的な笑顔を前に男達は大人しく従うしかなかった。
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