反抗
「でもさ、入国する時に国境に居たおっちゃんに言われたぞ? 入国するのは良いケド、出国するのはダメだって」
「そんな真正面から入国したんですか!?」
「ねえ、リヴェル。もしかして……入国手続きの際に名前や身分証明書を見せたりした?」
「ん? うん、ちゃんと見せたぞ」
サヤの問い掛けに、リヴェルが得意げに頷く。思わず、アーサーとサヤが顔を見合わせる。
「……アーサー、まずいわ」
「ああ、まずいな」
「へ? 何が?」
「今朝のニュースで特集をやっていたのよ。トラちゃん……テュランには、リヴェルという双子の弟が居る。ちゃんとあなたの名前を出していた、ということは……あのシェケルの資料は本物なのね」
「メディアでは身代わりだの何だのと騒いでいたが、その辺りはどうでも良い。だが、お前の存在は確実に国中に知れ渡ってしまった……今後、国はお前の身柄を血眼になって探すことになるだろう。場合によっては、多額の賞金でもかけられて指名手配されるかもしれない」
「えー、なんで? オレ、まだこの国では何にも悪いコトしてないのに?」
足をパタパタと揺らしながら、リヴェルが不貞腐れる。まだ、の辺りが気にはなるが今は置いておこう。
「だから、言ったじゃないですか。リヴェルくん、きみはこの国に居るべきではないんですよ。手を貸してあげますから、ルシアくんと一緒に今日の内にこの国を出なさい」
「せっかくジェズと会えたのにー!」
「そっ……そんなに可愛いことを言っても駄目です!」
ジェズアルドがリヴェルを説得しようとしている。いつもの胡散臭い笑みを消して、見たことがないような剣幕で。ふと、アーサーは違和感を覚えた。
この紅い吸血鬼の目的は、真祖カインの殺害だ。確証は無いが、恐らく一年前にテュランを手助けしたのもカインを殺す為の布石。自ら手を下すつもりは無いようだが、彼の中にカインへの憎悪は凄まじいものがある。
でも、それならば。ルシアとリヴェルという二人のダンピールは貴重な戦力なのではないか? リヴェルがグールを一撃で屠ったことからもわかるが、ダンピールは吸血鬼を『殺せる』唯一の種である。
詳細は不明だが、ダンピールは吸血鬼が持つ永遠性を打ち消す力を持っているのだそう。今までは、カインを殺すにはアーサーが持つ『アベルのナイフ』だけが有効打だったのだが。この二人が居れば、カインの殺害に大きく近付く筈。
そうであるにも関わらず、ジェズアルドは自ら二人を国外へ逃がそうとしている。それも、アーサーに伝わる程に必死で
「ルシアくんもですよ。あれだけこの国を毛嫌いしていたくせに、何で戻って来たんですか!?」
「決まっているだろう、リヴェルがアルジェントに戻りたいと言ったからだ。あんなに可愛らしくおねだりされたら、兄としては叶えてやらないわけにはいかないだろうが!!」
「なんて駄目なお兄さん……! いつもの無慈悲な堕天使っぷりはどこに行ったんですか!!」
ルシアを説得しようとするが、それさえも失敗したらしく。言いようの無い悔しさに悶絶しながら、ジェズアルドが妖しい微笑を浮かべる。
「……そうですか、そーですか! そちらがその気なら、僕も手段は選びませんよ」
眼鏡を押し上げて、キッとリヴェルに向き直るジェズアルド。血色の双眸が、真っ直ぐにリヴェルを捕らえる。
彼が何をするつもりなのか。アーサーが悟った時には、既に手遅れで。
「リヴェルくん、今すぐこの国から出て行きなさい。これは『命令』です!!」
止める間もなく、ジェズアルドがリヴェルに『命令』する。アーサーに止める理由は無い。正直なところ、もう少し話がしたいとは思っていたが。テュランと血が繋がっている以上、彼がこの国に居るのは危険だ。
このままジェズアルドの『命令』に従い、リヴェルは出国を決める。弟を愛するルシアも、彼と共に大人しく付いて行くことだろう。
だが、アーサーの予想は大きく外れた。
「んー……やだ! その『命令』には従わない!!」
きっぱりと、リヴェルはジェズアルドの『命令』を拒んで見せた。驚愕するアーサーとサヤを他所に、ルシアは小さく吹き出して笑い、ジェズアルドはがっくりと肩を落とした。
「うぐ……テュランくんにはちゃんと効いたのに!! こ、こうなったらルシアくんに――」
「お前が俺に命令するのと、俺がお前に九発のシルバーブレッドを撃ち込むの……どちらが速いか試してみるか?」
大型の自動式拳銃を両手で構えながら、ルシアが嗤う。すっかり怯えるジェズアルドは放っておくとして。
「凄い……ジェズアルドの命令が効かないなんて」
「そう? オレにしてみれば、何で皆ジェズの言うことを大人しく聞くのかが不思議なんだケドな」
感嘆するサヤに、リヴェルがあっけらかんと笑う。ジェズアルドの『命令』は、一種の魔法のようなもので。アーサーも何度か体験させられたが、抗いようのない言葉に自分の意思を無理矢理に捻じ曲げられる感覚はとにかく気持ちが悪く、二度と味わいたくない。
でも、どうやらリヴェルにはジェズアルドの『命令』は無効のようだ。ルシアには効果がある為に、ダンピールであることが理由ではないらしいが。
「だが……リヴェルが指名手配されるというのは、やはり面白くないな」
ルシアが銃を降ろして、不満げに言った。ジェズアルドも、これ以上みっともなく悪足掻きをする気力は無いらしい。
「はあ……せめて、リヴェルくんの容姿が流出するのは避けたいですね。今更、無駄かもしれませんが。テュランくんとは髪と瞳の色が違う為、帽子を被っていればまだ何とか誤魔化せるでしょう。そうですね……今のアルジェントでは、新聞や雑誌などの出版関係は停止しています。よって、テレビとラジオ放送が報道関係にとっての主流の媒体ですので、それぞれの放送局を狙いましょう。ルシアくん、そういうの得意でしょう? リヴェルくんの安全の為ですので、僕と手分けしませんか?」
「……わかった。でも、お前が指図するなクソジジイ」
ジェズアルドがルシアに提案を持ち掛ける。リヴェルの安全の為と言われてしまえば、ルシアは頷くしか無いようで。
ルシアはジェズアルドに対して並々ならぬ憎悪を抱いているようだが、この二人は結構息が合っているように見える。
「ねえ、オレは? オレは何かするコト無いの?」
「リヴェルくんは、暫く大人しくしていなさい」
「げ、何それつまんない!」
「これ以上我が儘言わないでくださいよ……あ、そうだ。ねえ、ルシアくん。丁度良いところに、物凄く頼もしい二人が居ますよ?」
ジェズアルドがにっこりと笑いながら、アーサーとサヤに向き直る。彼が言いたいことが、言われる前にわかってしまった。
「……おい、まさか」
「元々彼等は大統領専属のボディーガードですし。何より、アーサーくんはルシアくんを殴り殺したんだから、実力は申し分ないでしょう?」
「待て、だから殺していない」
「確かに……この俺が殴り殺されたなんて初めてだったからな」
「本人が殴り殺されたとか言うな」
「リヴェルくん。ヒーローとおねえちゃんと、暫く一緒に過ごしてみるっていうのはどうですか? この二人なら、絶対にリヴェルくんと仲良くしてくれますよ」
「おおー! それ、良い! 面白そう!!」
「待て、待ってくれ!!」
アーサーの制止は無視されて。慌ててサヤに援護を頼もうと目配せするも、全てを悟ったらしい彼女はあらぬ方向に視線が向いていた。
「と、言うわけで。アーサーくん、サヤさん。暫くリヴェルくんのことをお願いします。この家……というか、事務所? 見た感じ結構広いようなので、この子一人くらい匿って頂けますよね?」
ジェズアルドが言った。確かに、彼の言う通りだ。アーサーとサヤが現在住んでいるこの家は、不動産関係の事務所を併設された二階建てだ。一階の半分が事務所で、残りの半分と二階部分が住居スペースとなっている。
元々は五、六人の家族が住んでいたらしく、部屋は確かに余っている。それも、たまにシダレが止まって行ったりするので一人や二人増えたって何の障害もない。
むしろ、リヴェルの存在が国に知られることの方が厄介だ。今は鎮静化しているが、テュランの双子の兄弟が実在すれば再び過激派な人外達が暴れ始めるかもしれない。
それに……アーサーの中には、リヴェルを護ってやらなければという妙な使命感まで生まれてしまっている。救えなかったテュランの弟ということもあるが、何よりリヴェルは何だか十八歳にしては非常に頼りなく見えるのだ。
「……サヤ、きみは……どう思う?」
「わ、私は……別に、構わない……けど」
「ホント!? ありがとう、おねえちゃん!」
油の切れかけたからくり人形のようなぎこちない動きで、頷くサヤ。そんな彼女の決断に、無邪気に笑うリヴェルを見てしまえば、もう選択肢は一つしか残されていなかった。
「というわけで。ヨロシクな、ヒーロー?」
嬉しそうな笑顔を向けるリヴェル。こうして、アーサーとサヤ、そしてテュランの記憶を持つリヴェルとの、奇妙な共同生活が始まるのであった。
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