動揺


 リヴェルがへらりと笑う。言われてみれば、アーサー自身も戦う時にそれ程深く次の手を考えるような真似はしない。経験や知識に任せて、状況に合わせた最善かつ最低限度の判断を下しているに過ぎない。

 つまり、あれはリヴェルが意図的に考えたわけではなく、無意識に身体が動いていた。彼はテュランの記憶を持っている。テュランはあの剣で戦う術を知っていた。だから、リヴェルも戦えた。

 改めて、リヴェルを見る。背丈や体格もテュランと同じくらい。髪や瞳の色は異なるが、顔立ちは確かにテュラン似ている。

 だが、リヴェルはテュランとは明らかに違う。


「んー……? どうした、ヒーロー?」


 人懐っこい笑みを向けるリヴェル。何の含みも打算も無い、幼子のような無垢な表情。テュランはこんな顔はしなかった。いや、出来なかった。

 だからこそ、リヴェルから『ヒーロー』と呼ばれる度に胸がズキリと痛む。


「……その、ヒーローというのは止めてくれないか?」

「えー、なんで?」

「俺は……ヒーローなんかじゃない」


 アーサーは、テュランに完全に負けたのだ。護るべき多くの国民が命を落とし、今も尚苦しんでいる人々が沢山居る。


「俺は、何も護れなかった。助けられなかったんだ。ヒーローと呼ばれる資格なんか無い」

「それでも、やっぱりアンタはヒーローだよ」


 リヴェルが笑いながら言った。強情なところは、テュランとそっくりなよう。重々しく嘆息しながら、アーサーは頭を抱える。


「……それは、皮肉のつもりか?」

「違うって。アンタは、ちゃんと助けてくれたってコト!」

「助けた……誰を?」

「テュランを。アンタは、アイツをちゃんと助けてくれたんだよ」


 はにかみながら、リヴェル。思わず、ため息を吐くしかなくて。彼は一体何を言っているんだ。


「……俺が、テュランを助けた? ははっ、何を馬鹿げたことを……俺はアイツを破滅させたんだ」


 アーサーが呻くように言う。思い出されるのはテュランが死んだあの日、あの瞬間。アーサーの行動次第では、テュランをあんな風に死なせることはなかった。

 たとえ、アルジェント国民全員が彼の死を望んだとしても、テュランに押し付けられた結末は余りにも悲し過ぎた。


「……言い逃れのようだが。確かに、助けようとはした。だが……この手は届かなかったんだ。アイツを止めてやるつもりだったのに、俺は……テュランに負けたんだ」


 せめて自分がもっと早く、駆け出していれば。この手が届いていれば。アーサーがそう考えたことは、一度や二度ではない。テュランを助けられていれば、きっとこんな悔しい思いを抱えることはなかっただろう。サヤを悲しませる必要もなかった。

 テュランを止めると粋がったくせに。滑稽な程に浅はかで、力不足だった。結局、何も助けられなかったのだ。


「……あはっ。アンタ、やっぱりヒーローだよ。どんなに救いようの無い悪党でも助けようとするんだもん」

「どういう、意味だ?」

「そのままだケド? テュランは一年前、沢山の人を殺した。研究所に関係する人間だけじゃなく、無関係な一般人や仲間の人外も含めてな。アイツは、あの殺戮が『無意味』なものだとわかっていたんだ。決して正義とか、大義とかそういうご立派なものを持っていたわけじゃない。テュランは自分がどれだけ愚かな間違いを犯しているかを、ちゃんと理解してたんだよ。でも、アンタはそんなテュランを救おうとしてくれた。そんな凄いコト、なかなか出来るコトじゃなくね? 普通だったらさ……そんな悪党、一秒でも早く死ねって皆考えると思うんだよなー。だから、アンタは誰が何と言おうとテュランのヒーローなんだよ」


 ずきりと、胸が鋭く痛む。リヴェルの言葉一つ一つに、アーサーの心が大きく揺さぶられる。デタラメなことを言うなと怒鳴ってしまいたかった。耳を塞いで逃げ出したかった。

 それ程までに、リヴェルの言葉は真っ直ぐだった。変に取り繕おうとも、誤魔化そうともしない。テュランを庇おうともしていない。だからこそ、リヴェルの言葉が痛みを感じる程に突き刺さるのだ。

 思えば、テュランの言葉にも感情を揺さぶられたことが何度もあった。この双子は見た目や癖だけではなく、こんな些細なところまで似ているのか。


「……お前の言葉は、痛いな」

「痛い? んー……よくわかんねぇケド、あははっ」


 リヴェルが笑う。笑い方も、そっくりだ。でも、どこか違う。打算も含みも無い、少し幼いけれども温かみのある笑顔。こんな表情、テュランには無かった。テュランの笑顔は、もっと暗くて冷たかった。ああ、そうか。

  テュランからこの笑顔を奪ったのは、他でもない人間なのだ。


「……リヴェル、お前は何の為にこの国に来たんだ?」

「へ?」

「他国のメディアでも、アルジェントの醜態は取り上げられているんだろう? それに、テュランの記憶を持つお前ならこの国がどういう国かわかっている筈だ」


 リヴェルが今まで、どういう生活を送ってきたのかはわからない。それでも、身なりや顔色を見ればわかる。少なくとも、食うことには困らないくらいには恵まれていたのだろう。

 それでも、彼は戻ってきたのだ。今にも崩壊してしまいそうな、この国に。


「おおー、さっすがヒーロー! 話が早いな、テレパシー?」

「そんなわけないだろう? お前とテュランじゃあるまいし」

「あはっ、そっか……でさ、ヒーロー。アンタに頼みがあるんだケド。オレ……この国でやりたいコトがあるんだよね」

「やりたいこと?」

「そう。でもさ、それはオレやルシアだけじゃ出来ないことだから……ヒーローやおねえちゃんにも手伝って貰いたいんだよなー。あ、テュランみたいに物騒なことじゃないから、そこは安心だぞ?」


 何やら企む、悪戯っ子のような笑み。その笑みはテュランというよりも、彼よりもずっと幼いユーゴと同じだ。やれやれ、とアーサーが嘆息する。


「……手伝うかどうかは、内容次第だな」


 不思議な感じだ。まさかテュランに双子の弟が居て、その弟とこんな風に話が出来るなんて。

 少々意地の悪い言い方をしてしまったが、自分に出来ることなら可能な限り手を貸してやりたい。


 テュランにしてやれなかったことを、せめてリヴェルにしてあげたい。


「本当か!? じゃあ――」

「いけません! 僕は認めませんよ、断じて!!」


 リヴェルが何か言いかけるも、空気の読めない吸血鬼が横槍を入れてきた。何だ、まだ生きていたのか。ルシアとサヤから逃げられるだなんて、意外と体力があるらしい。


「リヴェルくん! きみはルシアくんと一緒に、今すぐこの国を出なさい!!」

「えー?」

「えー? では、ありません! アルジェントにだけは来ては駄目だと何回も言ったでしょう?」


 乱れた服を正しながら、つかつかとリヴェルに歩み寄るジェズアルド。とりあえずはサヤとルシアも満足したのか、それ以上大騒ぎをすることもなかった。武器はまだそれぞれの手にあるが。

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