行方不明
※
「それにしてもアーサーの旦那……本当に一人で大丈夫っすかね?」
シダレがカップに煎れた紅茶を飲みながら、ぼんやりと言った。そうね、とサヤも頷く。
「私も一緒に行こうと言ったのだけれど、アーサーに止められちゃって。あの手紙には、アーサーの名前しか書かれていないから、多分用があるのは自分だけだろうって」
「ジェズアルドさんか……あの人、仲間内でも特に謎が多い人なんすよ。リーダーの近くに居た割にはあんまり戦いに参加していなかったみたいだし。それよりも国外へ遊びに行ったり、気まぐれに人間の子供を助けたり、とにかく自由気ままに動いていたみたいっす。まあ、他の吸血鬼みたいに変にプライドが高いとか、やたら血を吸うとかそういう迷惑行為も無いし、綺麗な顔してるし色々と気が利く上に優しい性格なので慕われてはいましたけどね。特に女性陣に!」
何故だか『女性』という部分を強調して、シダレが喚きながらサヤも同じようにカップを傾ける。これも数日前にシダレが見つけてきた茶葉なのだが、密閉性が高い容器に入っていた為にまだ傷んではいないようだ。
「ええ、そうね。ジェズアルドは……よく、わからないわ。そこまで悪い人では無さそうだけれど、善人でないことは確かだし……」
彼の目的だけは、未だにわからない。多くの人外とは異なり、人間へ対しての憎しみは感じられない。だが、戦場を楽しむだけの愉快犯のようにも見えない。
何よりも、どうして彼は『テュラン』と共に居たのだろうか。
「……姐さん。もう今日はここ良いんで。あとはおれっちがどうにかしますから、姐さんは旦那の様子を見に行ってください」
「でも、あなた一人じゃ大変でしょう?」
サヤとシダレが、窓の外を見る。それ程広くはない庭で、子供達が楽しそうに遊んでいる。元々ここは三階建ての小さなホテルだったが、今では行き場を失った子供達の家。つまり、孤児院となっていた。
ホテルの経営者や従業員、そして宿泊客は残念ながら全員が行方不明であり。全く許可を取っていないのだが、度重なる戦闘により無事な状態を保っている建物はそう多くはなく。誰も反対しなかった為に、今ではすっかり子供達の手によって彼等の『家』になってしまった。
「大丈夫っすよ! あんだけ騒いでるんだから、今日はきっと夕飯食ったらすぐに皆寝ますよ。それに、サヤの姐さんの手作りクッキーもご馳走になりましたし! 美味いモノで腹が満たされれば、ケンカする気も起きませんって」
シダレがとん、と自分の胸を拳で叩く。この孤児院には人間と人外、両方の子供達が一緒に暮らしている。最初の内は互いの間でケンカや争いが絶えなかったが、いつの間にか同じ玩具で遊ぶようになっていた。
やがて、彼等を世話するのも両方の種族が交代でやるようになり。思ってもいなかったことに、サヤが求めていた理想が出来上がっていたのだ。
ただ、今日は大人達の都合が重なって。夜になるまでは、サヤとシダレで彼等を見ていなくてはならなくなった。子供達の数は総勢十六人。正直、元気の塊達を二人で見守るのも中々厳しいものがある。
「うーん、でも……」
「シダレー、サヤおねぇちゃーん!」
大変大変、とドアが勢い良く開くのと同時に慌ただしい声が飛び込んできた。サヤとシダレはお互いを見合うと、やれやれと肩を落として飲みかけのカップをテーブルに置いた。
「どうした、つか何でおれっちだけ呼び捨てなんだよ」
「えー? だって、シダレはシダレでしょ!」
「どういう理屈だよ!」
「それよりミオちゃん、何が大変なの?」
不満そうなシダレは置いておいて。少女の目線に合わせるように屈めば、ミオが手を握って引いた。彼女は孤児院の中で一番年長で、人間でありながら人外の子供達の面倒をよく見てくれる、頼もしい子だ。
「あのね、ユーゴとルルちゃんが居ないのー」
「居ないって?」
「お部屋にもー、お庭にも。表の道も探したけど、どこにも居ないの」
「はあ!? あの二人、また勝手にどっか行ったのかよ!」
ミオの話に、シダレが頭を抱える。犬系の獣人であるユーゴに、猫系の獣人ルル。幼馴染同士の二人は孤児院の中でも一番の問題児であり、こうして大人の目を盗んでは二人で勝手にどこかへと遊びに行ってしまうのだ。
と、言うよりは。のんびり屋のルルを、ガキ大将気質なユーゴが好き勝手に連れ回しているようで。
「この前あんなにアーサーの旦那に叱られたのに……懲りないガキ共だなぁ」
「ミオちゃん、二人が何処に行ったかわかる?」
「えー? わかんなーい!」
「あ、ボク聞いた! あのねー、ユーゴがねー。なんか新しいたからものを見つけたんだって!」
ミオの後を追って、ひょこりと顔を見せた眼鏡の男の子が叫ぶ。ユーゴ達が居なくなったことは皆が知っているのか、いつの間にか庭で遊んでいた全員がサヤ達の元へと集まってきた。
「宝物?」
「うん! なんかねー、とっても大事なものがあるんだって」
「おっきくて、ひろいばしょらしいよー?」
「レンガのパン屋さんの道の、向こう側だってー!」
「パン屋の向こう……って、まさか第一区じゃねぇか!?」
子供達が好き勝手に喚く中、いくつか重要そうな情報が飛び交う。彼等が言うパン屋――とは言っても、建物と看板が残るだけの廃屋だが――から道路を通り抜けると、第一区へと行ける。子供の足でも五分とかからない。
それでも、そこからは別世界なのだ。
「まずいっすよ姐さん! 子供だけで『廃棄区域』に行くなんて!」
「ええ、すぐに探しに行かないと」
第一区。しかしそれは一年前までの呼称。現在は『第一廃棄区域』と名前を改めている。戦闘による損傷が激しく、とてもではないが生き物が住めるような状態では無い地域。
そして、およそ『生物』とは呼べない者達の巣窟。
「でも、おれっち達だけじゃ――」
シダレが口を閉ざす。サヤ達が居る部屋の片隅、ホテルで言うとフロント奥に置かれている電話が鳴った。騒ぐ子供達をシダレに任せて、サヤが受話器を取る。
「はい、もしもし――」
『サヤか!? 良かった、まだ孤児院に居たんだな』
名乗り終える前に、声が割り込んでくる。聞き慣れた声は、すぐにアーサーだとわかった。それでも、彼がこんなに慌てているのは珍しい。
「アーサー? どうしたの、何かあった?」
『いや、その……実は、人を探していてな』
「人?」
『ああ。ええっと、別に知り合いでも何でも無いんだが――』
『アーサーくんが殴り殺しちゃった人の、弟くんを探して欲しいんですよ』
あ、お久しぶりですサヤさん。これまた突然に、何者かの声が飛び込んでくる。誰だろうと思ったが、先程までシダレと話をしていたのだ。すぐにわかった。
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