捜索開始

「あなた……ジェズアルド? 今、アーサーが殴り殺したって」

『はい。いやー、凄かったんですよ。アーサーくんが、無抵抗な相手を、義手で、思いっきり、バコーン! って』

『待て、あれの何処が無抵抗だ。正当防衛だ、そして殺していない。あと、受話器を離せ。』

『ええー? あれ、完全に正当防衛の域を出ていましたよー? 普通の人間なら頭蓋骨砕けて脳みそぶちまけてますって』

『あの男はたん瘤しか作っていなかったぞ。あれが普通の人間とでも言い張るつもりか? とにかく受話器を離せ!』

「……仲が良いわね、あなた達。このまま切っても良いかしら?」


 こっちも忙しいのだけれど。呆れ果てたサヤが、受話器を置こうとする。途端に、二人分の喚き声が聞こえた。


『すみません、ふざけすぎました。えっと、ですね。僕の知り合いの子が何を思ったのか襲ってきまして、そこをアーサーくんが殴って殺してくれたんですけど』

『だから、殺していない』

『その弟くんがですね、どこにも見当たらないんですよ』


 ジェズアルドの話を、頭の中で整理する。アーサーがジェズアルドと会っている時に、ルシアという男に襲撃された。アーサーは何とかルシアを撃退するが、彼と一緒に居る筈の弟が見当たらない。

 二人はアルジェントの土地勘が無い。人気が少なく、瓦礫や廃墟が並ぶこの十二区を闇雲に歩けば、迷ってしまう可能性がある。


『お兄さんの方は少々苦手なんですけど、弟くんの方は非常に可愛らしいので……まあ、彼もルシアくんと同じように普通ではないのですぐにどうにかならないとは思いますが。出来るだけ早く見つけないと、色々と大変なことになりそうで』

『一般人……の括りで良いのか微妙だが。この場所からなら、廃棄区域の方へ迷い込んでもおかしくはない。サヤの手が空いているなら、手分けして探したいと思ったんだが』

「困ったわね……実は、こっちもユーゴとルルが居なくなっちゃったのよ」

『あいつら、またか』

『では、こうしませんか? 僕はこの近辺から十二区の方を探します。アーサーくんはバイクをお持ちでしたよね? なので、サヤさんはそこから子供達が歩いて行けそうな場所を、アーサーくんはそれ以外をバイクで探す、というのは』

「……子供達に手を出さないって、誓える?」

『そのお二人が十五歳以下なら』


 この吸血鬼め。全く信用ならないが、今はジェズアルドの提案が最善であると認めるしかない。

 しかし、何故だろう。

 何となく、ジェズアルドの声が焦っているように感じる。


「わかった、それで行きましょう」

『それでは、そのお二人の服装などを教えて頂けますか?』


 一抹の不安を拭えないものの、サヤはユーゴとルルの特徴を教えた。背丈や服装、髪型など。出来るだけ詳しく。

 今はただ、一年前に戦場で人間の子供達を助けていたというシダレの情報を信じるしかない。


『はい、わかりました。アーサーくんも、大丈夫ですよね?』

『ああ、知っている子達だからな』

『では、今度は弟くんの情報を……とは言っても、実は僕もわからないんですよ。ここ数年会っていないので。ルシアくんならクドイくらいに教えてくれたのでしょうが、アーサーくんが殺』

『おい』

『ああ、でも……『テュランくん』とそっくりなので、見ればすぐにわかると思いますよ?』

「……え?」


 一瞬、ジェズアルドの言葉が理解出来なかった。思いもよらない名前に、息が詰まる。


『同い年なんですよ。なので好みの服とか、髪型とか。そういうところが、どうしても似通っちゃうんでしょうね』

「あ……そういう意味」

『とりあえず、これで探しに行ってみましょうか。一時間後、結果がどうあれ一旦集合しましょう? 場所はここ、きみ達の事務所で良いですか』

「え、ええ」

『では、後程』


 がちゃん、と受話器を置く音を最後に通話が切れる。サヤは唖然とした気持ちを抱えたまま、受話器を静かに戻した。


「あの、姐さん……大丈夫っすか?」


 通話が終わった頃を見計らって、シダレが心配そうに顔を覗かせる。そうだ、今は他にやることがあるのだ。

 感傷に浸っている場合ではない。


「シダレ、子供達をお願い。私は廃棄区域の方を探してくるから」

「えっ、まさか姐さん一人でですか!?」

「あら、私これでも強いのよ?」


 そう言って、サヤは隣の部屋へ向かい鍵を開ける。施錠出来る部屋はここだけの為、色々と大事なものは子供達の手が届かないようにここで纏めて保管している。

 物置特有の、少々埃っぽい空間。サヤは部屋の隅に立て掛けられた『愛刀』を手にし、腰に差す。


「いや、それは重々承知していますけど……やっぱりおれっちも行った方が」

「ユーゴ達が戻ってきたら、すれ違いになっちゃうもの。アーサー達も探してくれるみたいだから、大丈夫」

「おねーちゃん、気をつけてね!」


 シダレと子供達に見送られて、サヤは孤児院を出た。車通りの無い辺りは、とても静かだ。不気味なくらいに。


「……彼と同い年の男の子、か」


 ぽつりと、サヤが呟く。それは誰にも拾われないまま、寒々しい風に巻き上げられ、遠く彼方へと飛ばされて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る