4 砲撃


 兵士様たちがアリアケ方面へと出発したころ、わたしは車の中にいた。あのあと、サーシャやおつきの女性たちとヌードモデル塔から地下道を通り抜け城に戻ったわたしは、急ぎ私服に着替え、帰る支度をした。一刻も早く、この場所を離れたいと思ったのだ。


 宰相様に挨拶をすませた後、ヌードモデル塔へ通じるものとは逆方向にある地下道へと案内され、サーシャたちとトロッコに乗った。その出口は城から数キロ離れた場所にある農業用の倉庫に通じていた。こちらも秘密の抜け道なのだろう。そこに待機していた車に乗った。サーシャが手配してくれたようだ。当初の予定では、もう少しゆっくりとしたスケジュールだったのだが、彼女が骨を折ったのかもしれない。とにかく、わたしは早くサツマ市にある家に帰りたかったのだ……


 細くて長い“りむじん”型の車の座席から、わたしはぼんやりと外を見ていた。サツマ半島に着いた後、どこかの城へ立ち寄り、そこで化粧を落とされる予定である。今のわたしは、まだ魔女のようなヌードモデルの顔のままだった。服装は自前のデニムジャケットとジーンズというラフな出で立ちである。濃い化粧とのバランスがとれていないかもしれない。


「サーシャさん……」


 わたしは向かい合って座る彼女に話しかけた。


「はい」


 と、答えるサーシャは笑顔だった。この人は、いつもこんな感じである。


「さきほどは、やつ当たりしてごめんなさい……」


「めっそうもありません。引き受けていただいて軍部一同、大変、感謝しております」


 サーシャはぶるぶると首を振って言った。


「あと、無理を申してしまいました……」


 と、わたし。急々に帰宅を希望したことをあやまった。


「どうせ、どのみち帰るのです。遅い早いなど、さほどの問題ではありません」


 とは、サーシャ。気を使うのも大変なのだろう。


 再度、窓の外に目を向けた。車の進行に合わせ、流れてゆく景色は延々と平坦である。遠くに見える集落からは煙が立ちのぼっており、戦場に近くとも誰かが生活していることがわかる。その周囲にある畑や家々という財産も戦争の被害者だとするならば、今回の件で早期に終戦することを願う他ない。


「ヌードモデルとは、一体、なんなのでしょう?」


 わたしは訊いてみた。


「天から遣わされた女神……とも言われますが、“異能”のひとつと唱える学者もいるようです」


 サーシャが答えた。


「異能……魔法使い様のような?」


「厳密に言えば違うそうですが、表面的には似たような……おそれ多い言いかたですが」


 軍部は世間に対し天からの使者としているが、他説も存在するようである。わたし自身は自分のことを平凡な女だと思っているので、いまひとつピンとこないのも事実だ。


「サーシャさん、その……」


 ちょっと言いにくいことだったが、思い切って訊いてみた。


「殿方たちを前にしたときの、あの解放感のようなものの正体をつきとめた方がいらっしゃるのでしょうか?」


「精神的な防御作用と聞いております。心を守るための」


 サーシャはリリィと同じことを言った。わたしは、その先にあった快楽については訊ねなかった。それは恥ずかしすぎることである。


 だが、同じ“防御作用”なのはわかる。わたし以前に存在した歴代のヌードモデルたちも、裸を晒すことで疲弊する精神を快楽で埋めていたのかもしれない。心が、壊れてしまわないように……


 さっき、裸のわたしは淫らな声で喘ぎながら、殿方たちの無数の視線の海を泳いでいた。天女から人魚になったかのように……とても気持ちよかった。19年の人生の中で、あれほどの肉体的快感を得たことはなかった。ヌードモデルとしての自分を拒絶しながらも、また欲しくなるのではないか?あの“絶頂”を……


 不安になったとき、“あること”に気づいた。


(わたしは、“壊れた”のだ……)


 それを知ったとき、頬を涙がつたった。なにが壊れたのか?身体?心?なぜ、わかったのか?いや、わかる。自分の身体と心ではないか。国を守るため、人々を守るため、裸になったわたしの末路……だが、もともとは、祖父の借金を帳消しにするため選んだ道だった。そんな理由で裸になったことに対する天罰か?天から遣わされた身などと言われる立場でありながら天罰がくだったのか?どのみち、もう平凡ではいられない。司書になりたいという夢も捨てることになるだろう。


「どうしたのです?」


 わたしの異状を見たサーシャが言ったそのとき、とつぜん車が停止した。急なことだったので体が、がくんと揺れた。車内の前後を隔てている仕切り壁にある小さな窓が開き、男性の運転手が言った。


「ぜ、前方で爆発が!」


「爆発?」


 サーシャが訊き返した。分厚い装甲を持つこの車は外からの音を遮断するため、なにも聴こえなかった。


「少々お待ちください」


 そう言い残してサーシャは外に出た。わたしを護衛する兵士様たちが乗った箱型の“わんぼっくす”が二台、この車の前後についている。皆でなにやら相談をしているのかもしれないが、わたしが座る位置からは見えなかった。


 二分もしない間にサーシャが戻ってきた。


「傭兵団の一部が裏切ったらしく、砲撃を受けた模様です。逃げます!」


 後部座席にすべりこむようにして、彼女は言った。


「砲撃?」


 突然のことに、わたしの頭はこんがらかった。


「出してください!」


 サーシャは、仕切り壁の窓を開け、運転手に言った。それと同時に車が急発進する。荒い挙動に、わたしはバランスを崩し、席から投げ出されそうになったが、前に座るサーシャが抱きとめてくれた。


「こわい……」


 彼女の腕の中で、わたしはふるえた。ヌードモデルとして戦争に間接的に関わる身であったが、今、戦場のさなかにいる。すぐそばで、命のやり取りが行われているのか……?


「大丈夫です」


 と、わたしの髪を撫でながらサーシャ。不安がらせぬように平静を装ってくれているのだろう。


「怖かったら、目をつぶっていてください」


 進行方向に背を向けるサーシャは、わたしを隣に座らせた。彼女は、さらに仕切り壁を外した。


「前が見えるほうが対処しやすいので……ご辛抱ください」


 サーシャはそう言い、取り払った仕切り壁を、さっきまでわたしがいた座席の後ろに放り投げた。


「なにかにつかまっていてくだせぇ!」


 わたしの左後方から運転手の声がした。目を向け、はじめて彼の顔を見た。五十代くらいだろうか?制服を着ており、人がよさそうな顔をした小太りの男性である。ハンドルを必死の形相で握っていた。


 わたしの左側に座るサーシャは、座席の下の引き出しのようなものを開けて、中から鞘に入った剣を取り出した。


「万が一に備え、隠していたのです」


 サーシャは笑いながら言った。彼女は半身をこちら側に向け、前をうかがっている。わたしはなにもできず、身を低くしてふるえているだけだった。外の音が聴こえないだけ、ましなのかもしれない。


「こ、こりゃあ、ヤバいこっですぜ!」


 運転手が言った。車の挙動が激しく、ときに蛇行する。サーシャが支えてくれていなければ、身体中をぶつけていただろう。


「とにかく、真っ直ぐ抜けてください」


「それが出来れば、やってますだよ!」


 サーシャと運転手の会話が聴こえる。わたしは怖くて外を見ることすら出来ない。


「失礼ッ!」


 と言って、サーシャがわたしを引き寄せた。車体が急激に左を向いた次の瞬間、強い衝撃が襲った。わたしは悲鳴をあげた。


「や、やられちまった……!」


 運転手が言った。がたんがたんと、車はスピードを失い、やがて止まってしまった。


「車を捨てて逃げます!」


 と、サーシャ。わたしは青くなりながらも、彼女に手を引かれ、外へ出た。空気中に火薬の匂いが漂い、車の左前方が傾いている。走ってきた方向、数十メートル後ろの地面から黒煙があがっていた。砲撃を受けたのだ。一歩間違えれば、わたしたちは……


 二百メートルほど離れた場所に、わたしを護衛していた“わんぼっくす”二台が停まっていた。その周囲で、降車した兵士様たちが、裏切った傭兵団と戦闘を繰り広げている。両者とも、さきほど、わたしの裸を見た者同士だった。


 そして、それを見たわたしは、自身の呪われた力を思い知らされた……

 

 

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