3 絶頂快楽


 

 遠くにのぼる朝の太陽……爽やかな秋空……そこに漂うちぎれ雲……そして、しんと静まり返る殿方たち……すべてがわたしの身体の虜になっているのかしら?このとき風は吹かず、空の流れすら止まったように見えた。城下からは、ひとことの声もあがらない。だが、皆の視線は、わたしに集中しているはずである。


(ああ……これは……)


 三年前と同じ感覚に襲われた。“解放感”と“エクスタシー”。ヌードモデルは裸を晒す最中、これらを感じるのだという。羞恥を忘れ、こころの均衡を保つことができるように……


 “ヌードモデル様の資質を持つ方が神から与えられた、精神的な防御作用だと言われています”


 リリィが、そう言っていた。今のわたしは緊張よりも、そのエクスタシーに耐えていた。喘ぎ声があがりそう……でも、我慢しなくては……


 城下は、いまだ静寂にとらわれていた。わたしは空を見ていたが、誰からもなんの反応もないことが気になった。なぜ?わたしの身体が昔と比べて変わってしまったから?


 だが、次の瞬間、城を飲み込むほどの怒涛の歓声の波が押し寄せた。わたしは、思わず殿方たちのほうを向いてしまった。


「なんと、なんと素晴らしい!」


 身丈ほどもありそうな巨大なハルバードを背負った戦士様が叫んだ。


「三年前の感動が……いや、それ以上に、お美しい身体ではないか!」


 若い魔法使い様が、杖を持たぬほうの手で感涙をぬぐっていた。


「もはや経典や教説を超えた存在!何よりも尊い裸である!」


 ひたすらに手を合わせる僧侶様がいた。その美しい身体で戦士たちの肉体を鼓舞し、魔法使いたちの精神を高揚させ、僧侶たちの禁欲すら崩壊させる……それが、わたし……ヌードモデル……


 さらに……


「伝説のとおりだ!美しく神々しいお身体、まさに女神様の生まれ変わり!」


「うおおーッ!なんだ、このわきあがる力はッ……?!」


「漲る……漲るぞ……反乱軍、なにするものぞ!!」


「我誓う!ヌードモデル様に忠誠をッ……!」


 わたしの裸を見ての絶賛の嵐……だが実は、このとき、体内を駆け巡るエクスタシーに耐えることだけでせいいっぱいだった。


「はぁ……はぁッ……」


 息が荒くなってしまった。三年前よりも強い最高潮が解放感の先にあった。


(気持ちいい……気持ちいいわ……もっと、もっと見て……)


 全身をなめまわす殿方たちの視線の愛撫……足腰をふるい立たせるのにも苦労するほどの波が何度も押し寄せ、わたしの心と肉体を狂わせてゆく……もしかしたら、回数を重ねるごとに“開発”されていくのかもしれない。ヌードモデルにふさわしい淫乱な身体へと……


(だめ……これ以上は……)


 それでも正気を取り戻し、下がろうとした。だが、動けない。自分のものではなくなったかのように足が言うことをきかない。いや、わたしは求めているのではないか?もっと強い“絶頂”を……


「あっ……はあっ……」


 ついに声が漏れてしまった。誰かに聴かれてやしないかしら?でも、我慢できない……!


「ああっ……い、いい……いくっ……いっちゃう……」


 今のわたしは、どれだけはしたない表情をしているのだろう?快楽に身を委ね、喘いでいるのだ。


(いやっ……濡れたら……お嫁に、いけなくなっちゃう……!)


 覚悟した。祖父の借金を帳消しにするために脱いだ前回と、そして殿方たちの視線に蹂躙され喜ぶ身体に戸惑う今回。わたしは、もう普通ではいられない。女神に生まれたことの宿命か?


「見ろ!あの恍惚の表情を!」


「おおッ?!」


「なんと、なんと、艶めいたものか!」


 何千何万もの殿方たちが皆、平伏し始めた。


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 “ヌードモデル様!!”


 城下の殿方は皆、額を地面にこすりつけるほどに、わたしの虜になっていた。嗚呼、ヌードモデルとは本当に女神の化身なのか?濃い化粧をされたこの顔の印象どおり、欲望を満たすことを至高と感じる魔女なのではないか?わたしは絶頂快楽のよろこびにひたり、何千何万もの目の前で喘ぎ声をあげ続けながら、自身という存在に疑問を抱いた……











 わたしが裸を晒していた時間は二十分ほど……快楽の余韻から自力で歩くことができず、舞姫たちの肩を借りた。素っ裸のままで、塔内へと入った。


「マリア様!」


 サーシャがすぐに駆け寄り、震えるわたしの肩にコートをかけてくれた。


「マリア様、マリア様!」


「だ、大丈夫……ですわ……」


 なんとか声を出し答えた。だが、そのまま倒れてしまった。サーシャは、わたしの身体を支えきれず尻もちをついたが、それでも手を離さなかった。


「しっかり!終わったのです、終わったのですよ!」


 サーシャは倒れ込みながらもコートの前を合わせてくれた。


「ええ……わかって……います……いるのです……」


 わたしは彼女に身体を預けながら言った。


「ご立派でした、ご立派でしたマリア様。お聞きください、兵たちの歓声を……!」


 サーシャが言うとおり、開けっ放しの扉の向こうから殿方たちの歓びの声が聴こえる。終わった……終わったのだ。


 まわりに立つ舞姫やおつきの女性たちが拍手をくれた。護衛の騎士様たちも女性である。ここに今、殿方はいない。


「わたし、幸せな結婚は望めないかもしれません……」


「マリア様、なにを言っているのです?」


「こんなに大勢の殿方の前で裸を晒したのです。わたしは娼婦のような女です……」


「マリア様は、多くの兵たちの期待にこたえられたのです。いえ、国と民の期待にも……」


 サーシャは眼鏡の奥で涙を流した。見ると、まわりの女性たちまでもが泣いている。同じ女同士、痛みがわかるのか?それとも感動的な光景に映るのか?泣いていないのは、わたしくらいのものである。


「胸も、股間も見られました……立ち去るときに、お尻も……わかりますかサーシャさん?どんなに恥ずかしいことか……!」


 エクスタシーの余韻がさめはじめたせいか、わたしはサーシャに当たった。


「ええ、わかっています」


「それだけですか?見ず知らずのたくさんの殿方たちを喜ばせるため、裸を見せたのです。さぞかし淫らな女だとお思いでしょう?」


「いいえ、そんなことはありません」


「脚はとじていましたが、それでも大事なところまで見られたかもしれません……きっと、そうだわ!あんなに下から見られるなんて……!」


「マリア様、落ち着いてください」


「サツマへ……サツマの家へ帰りたい……はやく、帰らせて……」


 わたしは、ようやっと涙を流した。今はただ、平穏ないつもの生活に戻りたかった。


「わかりました。すぐにでも帰りましょう」


「ほんとうですか……?ほんとうですわね、サーシャさん……?」


「ええ、今すぐにでも」


 と、サーシャは言ってくれた。そして、その約束が果たされることはなかったのだ……

 

 

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