第六章 戦場のヌードモデル! 望まぬ快楽の果て……

1 登壇三時間前


 

 わたしことマリアが、ヌードモデルとして“登壇”するのは朝七時。三時間ほど後である。外は、まだまだ暗い時間だが、城内の廊下はいっせいに明るく灯った。寝起きのわたしが髪をかるくブラッシングし終えると、おつきの女性たちが部屋にぞろぞろと入ってきた。廊下からなにかを運ぶ物音が聞こえてくる。誰かが指示を出す声も……すべては、わたしにかかる準備のためである。


 ネグリジェの上からバスローブに似た室内着を着せられ、わたしは別の部屋に案内された。そこもまた立派なものであるが、さきほどまで寝ていた部屋との大きな違いは、中央に大理石の広々とした浴槽があることだった。すでにお湯がはられている。


 そのお風呂は湯気とともに良い匂いを漂わせていた。わたしは、おつきの女性たちの手により裸にされ、入浴させられた。これは三年前と同じである。


 浴槽に座ると、ちょうど肩までつかることができる深さだった。少しすると、ズボンの裾を太腿までまくった二人の若い女性が両脇から浴槽に入ってきた。彼女らは両手で、やけに香りの強い石鹸を泡立てると、そのまま素手でわたしの身体を洗いはじめた……


「痛くありませんか、ヌードモデル様?」


 左手の女性が、わたしの腋をこすりながら言った。


「いいえ、どちらかというと、くすぐったいのです……」


 わたしは答えた。


「かゆいところはありませんか、ヌードモデル様?」


 右手の女性が、お湯の中に浮かぶ、わたしの大きな乳房を洗いながら言った。


「いいえ、どちらかというと、気持ちいいです……」


 などと、わたしは答えた……


 こすり洗いが終わり、わたしは一度、浴槽から出されると、傍らのマットらしきものの上に仰向けで寝かされた。すると今度は、別の若い女性がマッサージをしてくれた。


「痛いときは、おっしゃってくださいませ、ヌードモデル様」


「ええ………………ああっ……んはあっ……!」


 マッサージの女性に答えようとしたが、なぜか艶めかしい声になってしまったわたし。身体のこりもほぐれるが、心もリラックスしていく……


 その後、もう一度お湯に入り、汗を流したあと、おつきの女性が数人がかりで、殿方たちに披露する予定のわたしの豊満な身体を拭いた。早朝の室温は低いため、お風呂上がりはひんやりと心地よく、身体はすぐに乾いていく。四、五人の女性たちが周囲からうちわで仰いでくれたが、その手はすぐに止まった。


 髪にタオル、身体にバスタオルを巻かれ、椅子に座らされたわたし。目の前に鏡を持った女性が立った。もうひとりの女性が化粧道具一式を横の台に置き、わたしの顔に下地を塗りはじめた。首から上の外見が作り変えられていくのだ。これも三年前と同じ。当時、殿方が好むから、という理由で濃い化粧をさせられるのだと聞いていたが、真の目的は、わたしの正体を隠すためであると週刊誌『サツマ・WEEK』の記者から教えられた。それは昨年のクリスマス・イヴのことだった。


 化粧中、けっこう退屈……危うく、うとうとと眠ってしまいそうになる自分に心中、喝を入れ、なんとか目をあけ続けた。


 そして、化けて出来上がった自分の顔は、我ながら、あまりにも妖艶すぎる“美女”……つけまつげの向こう側にある青い瞳を際立たせる赤いアイシャドウ……ただでさえ白い素肌の上から散々に塗りたくられた積雪のように分厚いファンデーションは、これまた真っ紅に仕上げられた唇を引き立てる。頬の上からこめかみにかけて入れられたチークも赤系の色であり、いつもより細面な印象を受ける。


(まるで、魔女か吸血鬼みたい……)


 鏡に映った自分の顔を見て思った。これほどのメイクなら、もう元の顔などわからないだろう。正体が知られないというのは安心である。


 次にヘアセット。傍らに立った女性が円形のちいさな缶に入った蝋のようなものを手で伸ばし、わたしの髪につけ始めた。すると、あら不思議。癖の強い金髪が次第に素直になっていく。


「これは、“わっくす”と呼ばれる整髪料でございます」


 女性が教えてくれた。毎朝、セットするのに苦労するわたしの髪が適度な潤いに輝き、緩やかなウェーブヘアになった。さらに彼女は指先にその“わっくす”とやらをつけ、毛先を摘んで形を作る。固まらずとも、しっかりとした軽やかな髪型に変わってゆくではないか。


 そして、最後に衣装掛けに飾られた服が運びこまれた。異国の民族衣装風のドレスだった前回とは趣が違う。“おりえんたる”なデザインだ。


「“羽衣”をモチーフにしたものでございます」


 衣装の担当者らしき女性が言った。羽衣……知っている。本で見たことがある。だが……


「ろ、露出が大胆では……?」


 と、うろたえてしまったわたし。たしかに結ぶ前のリボンのようなひらひらしたものが何本か付いていて、それを羽に見立てているのはわかる。だが、丈は短く、太腿は丸見えではないか。あと、胸のあたりは覆っていても、お腹や肩は、これまた大胆にも布がない。ほとんど下着である。もっとも最終的には脱ぐのだから、問題はないのかもしれない……











 城の地下道に案内された。ここは前の持ち主が戦時の脱出用に作ったものらしい。その出口は、わたしが登壇する“ヌードモデル塔”に繋がっているそうだ。階段を降りると、線路のような物が暗闇の向こうに伸びており、数人乗りのトロッコが待機していた。


 わたしは、おつきの女性たちと、それに乗り込んだ。その後、運転手もいないのに走り出したトロッコは結構スピードが速い。地下のひんやりとした風が、席に座るわたしの顔を打つ。例の羽衣は、ヌードモデル塔の中で着せてもらうことになっているので、今のわたしはコート姿である。


 おつきの女性たちがランプを掲げているので真っ暗闇ではなかったが、それでも数メートル先は見えない。風を運んでくる暗黒の向こう側に何が待っているのか?そして、ちょうど頭上には、わたしの裸を心待ちにしている何千何万もの殿方たちがいるのだ……


 灯りが見える。数人の兵士様がたいまつを持って立っていた。その手前でトロッコが止まると、わたしは女性たちに促され降りた。人や物を乗せた後続のトロッコも次々と到着する。そのうちの一台が羽衣を積んでくるはずだ。


 一本の太い柱が立っていた。天井まで高々と真っ直ぐに伸びており、先端は暗くて見えない。地面と接しているあたりに扉のようなものがある。これは、“えれべーたー”という機械らしく、電動の昇降機だそうだ。


 女性たちとともに“えれべーたー”に乗った。中は狭くて四方に壁以外何もなく、実に殺風景なものだった。動き出すと体が宙に浮くような錯覚に陥る。不快感ではないが、重力に逆らうような体感は初めて味わうものだった。それに慣れる前に頂上に着いた。鈴に似たリーンという音が鳴り、扉が開いた。


「ようこそ、マドモアゼル」


 知っている声がした。扉の外に立っていたのは、数人の騎士を従えた宰相様だった。

 

 

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