2 マドモアゼル・マリア
“ヌードモデル様だ!”
わたしを待っていた殿方たちが、そのような歓声をあげたように見えた。この車は、外の音を遮断しているらしく、彼らの声は聴こえない。たくさんの人たちが進路を遮らぬようにしながらも近づいて来た。あまりに大勢なので、迫力ある光景だが、少し怖さを感じてしまった。
「“ヌードモデル”様、失礼します」
サーシャが腰を浮かせ、両側の窓に取り付けられた鎧戸を下ろした。これで外は見えなくなった。もともと、この車の窓は外から中を覗けないしくみになっているそうだが、念には念を入れたのか?それとも、わたしを怖がらせないようにサーシャが気を使ったのか?実はこの時点でわたしは、すっぴんの面影が残らぬよう随分と濃いメイクをされていた。正体を知られてはならない身である。だからサーシャは、わたしを名前で呼ばなかったのだ。前の座席にも人が乗っている。
足もとから伝わっていた振動が止み、車が静止した。すると、前後部を仕切る壁の小窓が開いた。
「堀を渡るための橋桁がおりるところでやんす。しばし、お待ちくだせぇ」
顔は見せないが運転手の声だろうか?オースミなまりが強い。視界が遮られ、たむろする大勢の殿方たちを見なくてすむのは良いことだ。だが、その橋桁がおりる姿を見られないのは少し残念だった。
「今、この車をたくさんの殿方が囲んでいるのでしょうか?」
「多分……ですが、この車はモンスターの攻撃にも耐えられるほどに頑丈ですのでご安心ください。もっとも、車体に八メートル以上近づく者がいたら、護衛の魔法使いたちが遠距離から狙撃する手筈となっています。まぁ、そんな愚か者はいませんが……」
わたしの質問にサーシャはそう答えた。この車の装甲はかなり分厚いようで、鎧戸を閉めると、外の気配は一切感じない。そのせいもあってか恐怖はなかった。
「随分と大層ですのね……」
と、わたし。最近、自分のことが嫌いになってきた。以前は嫌味や皮肉を言うような性格ではなかった。この時期のわたしは、どこかおかしかったのかしら?サーシャは只々、笑顔だったが、そんなわたしの台詞に我慢しているのかもしれない。
この城は前王朝のころ、ここら一帯を治めていたとある領主様の持ち物だったそうだ。もちろん、戦場における拠点も兼ねていたが、貴族たちによる豪華なパーティーが毎日のように開かれ、かつては贅の限りを尽くした造りであったという。革命後、現在の王朝に買い取られたのち、内装は質素に作り変えられ、軍事専用の城となったらしい。革命の主導者だった初代の国王様は貴族出身でありながら貴族的な風習を嫌ったため、徐々にそういった面影が国から駆逐され、平等な世の中が訪れた。わたしが生きている世界共通歴1506年の今、貴族制度はとっくに廃止されている。
入城したわたしは、すぐさま部屋に通された。待機していた数人の女性たちの手により化粧を落とされ、白いブラウスと黒いスカートに着替えさせられた。鏡を見ながら、最近流行りの“きゃりあうーまん”のような服装だと思っていると……
「このあと、宰相閣下と面会していただきます」
横で見ていたサーシャが言った。
「ようこそ、マドモアゼル……」
自己紹介の後、宰相様はそうおっしゃって、うやうやしく挨拶をされた。わたしも返したが、偉い人の前である。緊張のあまり、声が裏返ってしまった。
現在、四十代後半であらせられる宰相様は国王陛下を補佐されているお立場だ。すらりとした長身の殿方で見た目は実年齢より随分若く見える。独身でいらっしゃるため、国民からの人気は高い。一部に気障で“異国かぶれ”しているとの批判もあるが……
「以前、お会いしたことを覚えていらっしゃいますか?」
と、宰相様。“以前”とは三年前のことであろう。わたしがヌードモデルとして初めて登壇したとき、城塞でお声をかけていただいた。前回は、さほど話をする機会がなく、挨拶程度のものだった。
「はい」
とだけわたし。どうにも芸のない返事だった。
「光栄です、こちらへ……」
宰相様は、部屋の中央にあるテーブルを手でさし、着席をすすめた。
この部屋は宰相様の部屋なのだろうか?それにしては、随分と質素だった。城自体が古いものであるが、壁も変色しており、さほど広くもない。人が十人も入れば、手狭となるだろう。わたしにあてがわれた部屋のほうが、よっぽど立派である。
「申し訳ありません、私も急遽、ここに来たものですから、適当な部屋がなかったのです。御無礼、お許しください」
宰相様は言った。なんとも物腰が柔らかい。倹約家としても有名な方で、身につけておられる黒い官服は古着を仕立てなおしたものだと国民に伝わっている。
見ると、部屋の端にある机の上には大量の書類が山と積まれていた。すべて宰相様が目を通すものなのだろう。戦争だけに関わっているわけにはいかないお立場なのは、わたしにもわかる。
「以前もそうでしたが、ヌードモデル様にお力添えを願うことは、私の考えなのです。ですから、ここに来ました」
と、宰相様。このお方が、女神としてのわたしを生み出したともいえる。返事をしようとしたが複雑な思いから声にならなかった。なんとか頷くことは出来たが、失礼だったかしら?
席に座っているも、いち庶民が対面することなどまず叶わないような偉い方の前で緊張のあまり、カチカチになっているわたし。対する宰相様は二、三言の世間話をされた。その間に兵士様がお茶を持ってきてくださった。
「ところで、マドモアゼル……」
手をつけるべきか否か、内心で迷っていると宰相様がこう切り出した。
「このままヌードモデル様として、軍にご協力願えませんか?」
その言葉……予測はしていたのである。だが、わたしはすぐには返答しなかった。
「言い方が悪いのですが、以前は国の貴女に対する債権放棄が“報酬”でした。今後も引き受けてくださるのなら、豊かな生活は保障します」
「わたしには、司書になりたいという夢があるのです……」
台詞を選びつつも、わたしは言った。おそれ多くも宰相様に逆らったのである。
「それは素晴らしい夢ですな。ですが、生涯で得られる収入と生活の水準は、貴女が持つお力に比例するものになりますよ?」
「ですが……」
このとき、わたしは言葉につまった。お金がほしかったわけではなく、断わりにくかったのである。平凡な女だと自分自身は思っている。そんなわたしに対し、一国の宰相様が同じ目線で話しかけてくださるのだ。
「まぁ、結論を急ぐことはありません。よくお考えになってください。侍女が数人つきますので、御用は遠慮なくお申しつけください」
「ひ、ひとつ、お願いがあるのです……」
「なんでしょう?」
「外が見たいのです」
「外?」
「サツマ市に住む身なので、なかなか、こういった景色を見る機会がないのです」
宰相様は少し考えたように見えたが
「よいでしょう」
と、承諾してくださった。
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