第五章 仮面のヌードモデル! 女神の決意

1 女神たちの伝説


 

 この世が動乱するとき、天が遣わすというヌードモデルの伝説は世界中に存在する。もっとも、それは各国に多大な戦果をもたらしたことで伝説となったわけであり、おとぎ話や創作物の類ではない。国によっては歴史的な研究の対象として取り上げられてもいるという。


 そういったヌードモデルたちが、どのような人生をおくったのか?それも様々だったようだ。ある者は宮殿に似た豪邸を与えられ、戦争のたびに裸を晒すことの代償として、たくさんの侍者を抱え、贅沢な暮らしをしていたという。また、ある者は、その強大な力のため支配者の厚遇を受け、政治軍事に対する発言権を得たと伝わる。


 だが一方で、皆が必ずしも幸福になったわけではないようである。ヌードモデルとして王の寵愛を受けた結果、王妃にうらまれ、無惨な死を遂げた人。そうなることをおそれて逃げ出し、行方不明になった者もいる。国家の権謀術数に関わることを嫌い、若くして隠棲を選択した人もいたらしく、“彼女”らの生涯は様々だったようだ。


 そんなヌードモデルたちの生き方に共通する点として、王妃や皇后といった第一夫人の立場を得た人がいなかったことがあげられる。戦士たちの肉体を鼓舞し、魔法使いたちの精神を高揚させ、僧侶たちの禁欲すら崩壊させる……そのような力を持った存在に過大な身分や権力を与えることを為政者たちが忌避したとも、ヌードモデルと交わることで神の天罰がくだるのではないかとおそれたとも、あるいは後宮の混乱を避けるためだったともいわれている。地によっては、ヌードモデルは子を孕めないから、などとという言い伝えまであるらしい。











 わたしことマリアも、“歴代”のヌードモデルのひとりである。ここサツマの国にあらわれた初めてにして唯一の存在……


 三年前、一糸まとわぬ身体を拭いていたわたしを覗いた男……彼は驚異的な戦闘能力を発揮し、追っ手を次々と殴り倒したという。捕らえられたその男の口から裸を見たことが原因であったと知られ、わたしは女神ヌードモデルとして世に出た。これは宰相様のご意向だったと聞いている。軍部との仲介役兼わたしの監視役として派遣されたのが諜報、隠密をなりわいとする第16小隊所属、栗色の髪の少女騎士リリィだった。


 亡くなった祖父が鍛冶屋だったころ、国に対し抱えた多額の借金。支払い義務を帳消しにすると言われ、わたしは大勢の兵士様たちの前で裸を晒した。ヌードモデルたるわたしの秘密の身体……それを見た兵士様たちは戦場で驚くべき力を見せ、反乱軍の軍事活動を長期停滞させるほどの歴史的大勝を遂げた。これが“アリアケ攻防戦”と呼ばれる戦いだった。


 以来、わたしは軍部の監視下におかれていた。本当に誰かが見張っているのかしら?と疑ってしまうほどにリリィ以外の人の影を見なかったが、常に周囲のどこかに隠れていたのであろう。監視されるストレスのようなものは感じなかった。さすがは専門家、とたたえるべきか?


 リリィが“仕事”で他国へ渡ることとなったのは昨年末。わたしの監視役は参謀本部へと引き継がれた。広報所属のサーシャが交渉役となり、この時期から反乱軍の軍事行動が再び活発化しはじめた。わたしは脱ぐと決めた。なぜなら、戦争を終わらせるために………











 高貴な方にしか縁がないという燃料で動く車に乗せられたわたしは、タルミズ市の海沿いを走る道中、ずっと外を見ていた。キンコー湾に浮かぶサクラ島はサツマの国のシンボルだが、オースミ半島側から見るといつもと様相が異なる。個人的にはサツマ半島側から見る青くスマートな姿のほうが好みだ。


 そのかわり海がとっても綺麗だった。天気がやたら良い日である。雲ひとつない青空を映した海面は太陽光を受け群青に輝いている。上から宝石を散りばめたかのようにきらきらと……わたしの青い瞳を通して見ても、なんのフィルターもかからない。車窓に広がる、ありのままの青と蒼に随分長いこと見惚れていた……


「本当に、よろしいのですか?」


 向かい合わせに座っているサーシャが訊いてきた。蛇のように長いこの車の後部は広く、席が対面式になっている。“りむじん”という形だそうで、偉い人が運転手付きで乗るのだとか……


「もう、決めたのです……」


 と、わたし。ヌードモデルとして脱ぐ覚悟を決めたのだ。勝利の女神となり、平和を取り戻すために。国民も、それを望んでいる……


 広い後部に座っているのは、わたしとサーシャのふたりだけである。仕切り壁の向こうの前部座席に運転手様と騎士様がおひとり。さらに、この車の前後に箱型のいかつい“わんぼっくす”とやらがぴったりと付いて走っている。わたしを護衛する方々が乗っているのだそうだ。


「ならば、よいのですが……」


 とだけサーシャは言った。わたしは再び窓の外に視線をうつした。そこに広がる景色だけが、心のよりどころである。











 オースミ半島にあるアリアケ地区は、サツマの国のほぼ東端に位置する。三年前、兵士様たちを勝利に導くため、わたしが裸を晒した場所はサツマ半島とオースミ半島の中間にあたるコクブ市だった。そこから進軍した兵士様たちは、アリアケ地区で大勝をおさめた。それが“アリアケ攻防戦”と呼ばれる戦いだった。なにかとこの場所には運命を感じずにはいられない。いや、“因縁”というべきか……


 ただし現在、アリアケ地区は反乱軍の手により失陥している状況である。わたしがヌードモデルとして、久々に裸を晒すことになるこの場所は、正確には“オオサキ地区”という。ここに布陣している兵士様たちは、再びアリアケへと侵攻する予定なのだ。


 オオサキ地区は一部の住宅地を除けば農村が多い。東のほうまで行けばキンコー湾と反対側の海にあたるタイヘイ洋が見えるそうだが、今回、そこまで行く予定はないそうだ。戦禍に巻き込まれているようにはとても見えないほどにのどかだが、現在、安全のため疎開している人たちも多いと聞く。わたしにとっては初めて訪れる場所であり、滅多にお目にかかれない田舎の風景でもある。しばし、目に焼き付けた。


 比較的舗装された道を走ってしばらくすると、丘の上に立派なお城が見えてきた。空を刺すのではないかと思えるほどに尖った屋根を複数持ち、ものすごく大きい。そこに向かって車が丘を登り始めると、すれ違う衛兵様たちがうやうやしく直立し、敬礼する。城にたどり着くまで何度かそういう光景を見た。


 そのお城が立つ丘の頂上で、車窓から見たもの……それは、湖のように大きな堀を囲む何千何万の兵士様たちだった。みんな待っていたのだ。わたしの……裸を見るために……

 

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