7 祈りと嘲笑
世界共通歴1506年9月。暑さがやわらいできたこの頃、サツマ国民に対し、深刻な知らせが届いた。オースミ半島アリアケ地区が反乱軍の手により占拠されたのだ。三年前、ヌードモデルたるわたしの力により勝利を遂げたアリアケ攻防戦による戦果を喪失したこととなった。
さきの歴史的大勝により得た土地を攻略されたことで、国民の軍部に対する批判が噴出した。かのヌードモデル教の信者たちが巷に溢れ、新聞雑誌も当然にそのことをとりあげた。
“平和的な解決手段はないものか?”
“そもそも、武力に頼ることが間違いなのだ”
“なにより、戦地にいる家族が心配だ”
厭戦ムードが漂う中、サツマの国民たちは、このような声をあげはじめた。だが、一方で……
“徹底抗戦だ!”
“反乱軍に譲歩するいわれはない!”
“我らの土地は我らの手で守るのだ!”
といった主戦的な意見もある。最近のサツマの国は混沌としていた。
「サーシャさん、ひとつ質問してもいいかしら……?」
「はい」
家を訪れたサーシャに、わたしは訊いてみた。
「“対話”による解決というのは出来ないものなのでしょうか?」
「反乱軍のことですか?」
「はい、素人考えですが……」
居間のテーブルに座るサーシャは、ひとくち、お茶を飲んだ。武芸が苦手な彼女は、綺麗な手をしている。そもそも広報という立場上、剣を握る機会など少ないのだろう。
「そういう声があがっているのは事実です。国民の皆様だけでなく、議会や行政機関からも同様に。武官と文官の意見の相違もみられます」
「わたしなどに話してよいのですか?」
「構いません、どうせ報道されていることです。ですが……」
サーシャは、かけている黒縁眼鏡を指でおさえて言った。
「平和的な解決は難しいと思われます」
「なぜですの……?意地ですか?」
「もちろん、国の威信を守るために対話ではなく武力の行使を選択するのが軍だから、というのもあります。ただ、今の時点では反乱軍のほうも交渉に応じることなどないでしょう」
「そうなのですか?」
「あちらはあちらで、旧王朝復興にかける戦意で成り立つ集団です。平和に解決などしたら、好戦意欲の塊のような兵たちの不満がつのります」
「そういうものなのですか……」
と、わたし。まだまだ陽射しが強い季節だが、窓から入ってくる風は涼しい。それのせいでなびき、みだれた前髪を右手でおさえ、わたしは言った。
「サーシャさん……」
「はい」
「わたし将来、司書を目指そうかと思うのです」
それを聞き、一瞬、眼鏡の奥の目をぱちくりとさせたサーシャ。だが、すぐに笑顔となり……
「それは良いことです。軍人などより、よほど人の役に立つ仕事だと思います」
と言ってくれた。ヌードモデルとして、再び肌を晒すことはない、という、わたしからのメッセージだったのだが、それについて彼女は何も語らなかった。
ひと月がたった。南国サツマの国に秋の気配が訪れるのは、もうすこし先だが、学校、アルバイトともに休日のこの日はわりと涼しかった。
(まぁ、かわいいブーツ……)
靴屋のショーウィンドウに展示された素敵な毛皮のブーツが目に入り、わたしは、しばし立ち止まった。色はダークグレーで、長さは膝下ほど。そろそろ履ける時期もやってくる。
(買っちゃおうかしら……?)
さげられた値札を見、懐具合を思い出しながら迷っているわたし。せっかくの休日なのでちょっと遠出してみた甲斐があった。ここは城下に近い町で、賑やかである。人通りが多い。もやもやしていた気も晴れそうだ。
(どうしようかしら?どんな服にあわせようかしら?)
と、頭の中でコーディネートしていると……
「おおッ……!」
誰かが叫んだ。
「負傷兵たちの帰還だ!」
その声がした方にわたしは目を向けた。隊列を組んだ一団が通りの真ん中を歩いて来るではないか。百人を超える集団である。
その負傷兵たちの姿は痛々しいものだった。ボロボロになった鎧を引きずるようにして歩く戦士様。破れたローブをまとい、頭に包帯を巻き、なんとか杖をつきながら隊列についてゆこうとする魔法使い様。人の肩を借り、なんとか進んでいる僧侶様のお腹に巻かれた包帯からは血がにじみ出ていた。
わたしは、しばし呆然と見ていた。だが、先頭の集団はまだましだった。隊の中ほどは、医療班の担架に乗せられた兵士様たちで占められていた。布団を被せられているため姿を見ることは出来ない。そもそも、生きているのかもわからなかった。
「ひでぇもんだな、オースミ半島で負けた一団だろ?」
「こりや、やばいんじゃねえの?」
「反乱軍が、サツマ半島におしよせてくるのも時間の問題かもな」
「最近、負け続きらしいからな」
通りの人々の声が聴こえてきた。わたしはいたたまれなくなり、立ち去ろうとした、そのとき……
「おい、なんだありゃ?」
往来の中の誰かが言った。見ると路地から白ずくめの格好をした集団がぞろぞろと歩いてきた。
「あれって、ヌードモデル教じゃないの?」
「ああ、例の……」
人々が指さす、そのヌードモデル教の一団は三十人ほどいる。蝶の形をした白いマスクで目を隠し、おなじく白いローブ型の衣装は地面を引きずるほどに裾が長い。おそろいの色をした手袋まではめているので、実に真っ白ずくめである。先頭を歩いている人が代表者なのだろう。続く信者たちはプラカードを持っており、それぞれ、“無能な指揮官の更迭を!”、“軍部は被害者に謝罪しろ!”、“ヌードモデル様を待望せよ!”などと書かれている。
彼らは通りに出てくると横に並んだ。負傷兵たちの列が進む方向と平行するように。五メートルほど離れている。
『諸君、彼らの姿を見よ!』
先頭を歩いていた代表者らしき人が負傷兵の隊列を差し出した両手で示し、叫んだ。
『国家の威信をかけ、諸君らの平和と安全を死守するために戦った勇者たちの姿を見よ!』
その声にあわせ、他の信者たちがプラカードを頭上に掲げた。
『敗戦の責は彼らにはない!彼らは我々のため懸命に命をかけ、戦ったのだ!いきり立つ反乱軍の勢い今や滝を滑る轟水の如し。それを食い止める策謀を持たぬ軍部こそが最大の支障である!』
代表者はマスクの奥に光る目を人々に向けた。
『だが今更、無能者たちに知恵がつくか?自己の保身以外に頭のまわらぬ前線指揮官こそが犠牲になるべきなのに、傷を負うのは戦場にて剣をふるう兵たちではないか!私の話を聞いている諸君ら以上に、彼らこそが無策無計画の被害者なのだ!』
「じゃあ、偉そうなことを言うおまえらになんか出来るのかよ?」
誰かが野次を飛ばした。一部の聴衆が、それを聞いて笑った。
『待望するのだ、ヌードモデル様を!』
と、代表者。ヌードモデル……私のことを言った。
『ヌードモデル様のご降臨により、戦局は大きく変わるのだ!』
「ならば、なんで、そのヌードモデル様は現れないんだよ?」
またも、誰かの野次。すると代表者はこう答えた。
『皆で祈れば良い!祈れば女神様は必ず、この大地におりたたれるのだ!』
そのとき、街ゆく人々の中から、ひとりのご婦人がふらふらと代表者の前へと歩いて行った。
「私の息子は、反乱軍との戦いで戦死しました。国のため、民のために尽くすことこそが騎士の本分であると常々、語っておりました」
跪いたご婦人は、そう言った。六十代くらいの人だろうか?その顔、その声は深刻なものである。
『おお……あなたのご子息は国家の槍剣、国民の盾となられ、勇敢に戦ったのですな』
代表者は言った。
「はい、剣折れ、矢弾尽きてもなお、叛徒に背を向けることなく最後まで……私は、そんな息子を誇りに思っております」
『嗚呼……あなたは銃後の人の鏡。ご子息の体は天に召されても、その精神はいまだ、この地の防壁として戦場に不動直立しているに違いありません。反乱の輩ども、なにするものぞ』
「ですが、若くして残された嫁や幼い孫たちが不憫でなりません」
『ごもっとも』
「ヌードモデル様のお力があれば、息子や、ここにいらっしゃる負傷兵の皆様のような思いをする方々がいなくなるのでしょうか?」
と、ご婦人。すると代表者もまた跪き、その手を取った。
『すべては女神様のお導きのままに……ヌードモデル様を祈ることが、なにより重要なのです』
「おいおい、やめとけよ、バアさん」
誰かが言った。その後、ところどころ嘲笑に似たものが聴こえた。わたし自身は巧みに勧誘するヌードモデル教に好意を抱くことはできないが、外野で野次を飛ばす人たちに賛同することもできなかった。だが……
「俺は、ヌードモデル様を信じるよ!」
「俺もだ!」
「あたしもよ!」
「もう、戦争なんてまっぴらだ!ヌードモデル様のお力により、平和を取り戻すんだ!」
耳を疑った。往来の人々の中からあがり始めた声は、わたしを待望するものだった。しかも、その声は次第に強くなってゆく……
「ヌードモデル様!」
「ヌードモデル様!!」
「ヌードモデル様!!!」
「ヌードモデル様!!!!」
「ヌードモデル様!!!!!」
ああ……なんということだろう。みんなが……みんなが、わたしに“脱げ”と言っているのだ。みんなが、わたしを待っている……
『そうだ!待望せよ!皆で祈り続けるのだ!』
代表者の声が街中に響く。恐ろしくなったわたしは、その場から逃げ出した……
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