6 羞恥と快楽


 

 七月某日、風が強い日……ここサツマの国に台風が接近していた。まだ雨は降っていないが、予報によると、夜から天気は荒れるようだ。時刻は午後四時をまわったばかりだが、すでに日光は消え、窓からのぞく光景はどんよりとしている。庭木の葉っぱたちが盛大になびく様は、“雨よ来い来い!”と歓迎している風にも、“嵐よ来るな!”と、空を威嚇しているようにも見える。


「ここに書かれていることは、本当ですの?」


 居間のテーブルに座るわたしは訊いた。


「すべてがすべてとは言いませんが、悪質な団体があることは事実です」


 真向かいに座るサーシャが答えた。彼女の前に、こないだ買ったゴシップ週刊誌『キリング・タイム』から切り離したヌードモデル教関連の記事ページが置かれている。なぜ切り離したのか?いやらしい写真や官能小説が載っていたため、ちょっぴり恥ずかしかったのである。


「わたしのことを崇めている方々が、悪事に手を染めているということですか?」


 と、わたし。それに対するサーシャの返答はなかった。


「なぜ……」


 “教えてくれなかったのですか?”と出かけた言葉は飲み込んだ。わたしが気にするといけないから、サーシャは黙っていた、ということくらいはわかる。


「その記事に書かれているとおり、大半のヌードモデル教団体は健全な運営をしています。悪さをしているのは一部の団体です」


 と、サーシャ。


「軍や警察の方々は対処しているのですか?」


 とは、わたし。


「詐欺罪や強姦罪などにあたるものは、いずれ捕らえられると思います。ですが、寄付、会費、その他、信者の方の意思による献金などは罪にならないのです」


「そんな……すごく高いお金を取られていらっしゃるのですよ……?」


「脅し取られたわけではありませんし、相場も規制する法律も存在しないのです」


 というサーシャの言葉を聞き、わたしは肩をおとした。たしかに信仰は信者の自由意思だ。


「わたしを、“待っている”方が、そんなに多いのでしょうか……?」


 おそるおそる訊いてみた。わたし……つまり、ヌードモデルを待つ声が大きいことは知っている。だが、訊いてみた。


「ええ、まぁ……」


 サーシャは、そうとだけ答えた。最近のこの人は、以前ほど“ヌードモデルになってくれ”とは言わなくなった。わたしが頑なだから諦めたのかしらとも思ったが、それが“手”なのではないか?と疑ったりもした。いい人なのだが、わたしのほうが神経を尖らせているのかもしれない。


 でも……わたしは嫌なのである。三年前に大勢の殿方の前で裸を晒したあとの、あの羞恥心は二度と味わいたくない。しかも、祖父が残した借金を帳消しにするための行為だったのだ。身体を売ったかのような自己嫌悪に苛まされたのも事実だ……











 わたしは、城塞の上に立っていた。見下ろすと屈強な殿方たちの軍勢……何千人、いや、何万人くらいいるのかしら……?数えることなど出来ないが、推測しようとする気すらおきない。それくらいに大勢である。


(ああ……)


 そして、ため息。これからおこることが憂鬱だ。わたしは殿方が好むような濃いメイクをされ、異国の民族衣装に似た白いドレスを着せられている。その中には下着すらない。布一枚を隔てたそこに秘密の身体が眠っている。


 “ヌードモデル様!!!”


 わたしを見上げる兵士様たちが歓声をあげた。戦士様も魔法使い様も僧侶様もいる。裸を晒すことで彼らの肉体を鼓舞し、精神を高揚させ、禁欲すら崩壊させる伝説の女神。そう……わたしは、ヌードモデル……


 だが、気乗りしない。なぜ?それは当然である。見ず知らずの大勢の殿方たちに裸を見られるのだ。女として、これほど恥ずかしいことはない。


「どうしたんだ?早くしろよ」


 背後から声がした。振り向くと、開いた窓の格子の隙間から血走った眼が光っていた。見覚えがある。あの日、身体を拭いていたわたしを覗いた男だ。


「てめぇは“そんな女”なんだよ。野郎どもに裸を見せることが宿命のな……」


 あのときと同じく、下品な口調で男は言った。ヌードモデルとしてのわたしを“発掘”した男……彼がいなければ、わたしは伝説の女神として世に出ることはなかったのかもしれない。


「違いますわ!わたしは、そんなふしだらな女では……」


 反論した。すると……


「ほう、違ったのか?ならば、君は何者なんだね?」


 と、次は右手から声がした。ヌードモデルとしてのわたしを脅した、あの記者だ。


「君は借金を帳消しにするために脱いだんだろう?金のために裸になったんだろう?」


 その台詞に対し、言い返すことはできなかった。紛れもない真実である。祖父が残した借金こそ、わたしが脱いだ理由である。


「おまえの力は俺が身をもって知った。今度は下にいるヤツらに、それを見せてやれよ」


 もう一方から別人の声……そちらを向くと、以前、わたしを犯そうとした、あの店主が立っていた。あのとき、リリィが助けてくれなければ、どうなっていたことか……


「手伝ってやるよ……」


 と言って店主が近づいて来る。動けなかった。いつの間にか他の二人に両腕を抑えられていたからだ。


 そして、店主がわたしのドレスをひん剥いた。いとも簡単に裂け、わたしは裸にされた。胸も股間も、すべてが晒された。


「さぁ拝め、皆の衆!」


 店主は叫んだ。城塞の下にいる殿方たちに向かって。


「この女こそ諸君らに快勝をもたらす女神!」


 と、記者。


「へへっ、これが伝説のヌードモデルだぜ!」


 最後に、下品な口調で男が言った。それと同時に兵士様たちから大波のような歓声があがった。


(ああ……まただわ……)


 白いわたしの素肌を蹂躙する大勢の殿方たちの視線の中、感じたのは羞恥ではなく、解放感と、なんらかのエクスタシーだった。三年前のあのときと同じ……


 “それは、ヌードモデル様の資質を持つ方が神から与えられた、精神的な防御作用だと言われています"


 以前、リリィがそう教えてくれた。ヌードモデルとして、見知らぬ殿方たちの前で裸を晒すという行為。力を発揮しているときに心の苦痛を感じぬよう、解放感と快楽を得られるのだとか。それもまた、神から与えられたものだという。殿方を元気づける能力とともに……


「ああ……はあ……ああッ……」


 数千数万の視線に我慢できず、漏れた吐息と声……望まぬ快楽……恥じる心とは裏腹に、感じる身体はよろこんでいた。淫乱なのかしら?わたしは、とてもはしたない女なのかしら?


 “ヌードモデル様!ヌードモデル様!”


 城塞の下、わたしの豊満な身体に元気づく兵士様たちの歓声が聴こえる。わたしは女神……わたしはヌードモデル……わたしは……誰……?











 “ばっ!”


 と、わたしは飛び起きた。


(夢……?)


 夏夜のどんよりと重い空気を素肌に感じ、現実ではなかったことを頭の中で確認した。汗びっしょりである。ここ三年間、たまに見る夢だ。


 黒いキャミソール下着姿で寝ていたわたし。台風が過ぎて二日。空が好天を取り戻した結果、夜も蒸し暑い。うすがけ布団もいらないほどである。立ち上がり、灯りをつけ、時計を見た。午前三時を少し過ぎている。この時期のサツマの国は、あと一時間半ほどで明るくなりはじめる。


 あくびをしたわたしは灯りを消し、再び床についた。意外と早く寝なおせそうだが、ほんの少しだけ夢のことを思い出した。


 ヌードモデルとして裸を晒している最中、得られる解放感とエクスタシー。それは、あのとき実際にあったことだ。問題は裸を晒す前の不安と裸を晒した後の羞恥心。それが嫌だった。


 そのことを思い出すと、眠れなくなる夜もあった。だが、今日はそんなことはなく、だんだんと意識が遠のいてきた。ひょっとしたら慣れてきたのかもしれない……

 

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