5 マリアの恋……?


(ヌードモデル教……?わたしを崇めている、例の……?)


 先日、商店街で見たあの異様な集団のことを思い出した。その後、サーシャからも事情をある程度は聞いている。


 その見出しが書かれている週刊誌の名は『キリング・タイム』。以前、わたしに取材しようとした『サツマ・WEEK』と似た性格のゴシップ誌である。わたしは手にとって読んでみた。現在、戦闘が行われているオースミ半島に比較的近いカジキ市に住んでいるお年寄りのインタビューが載っていた。


 “先祖代々残してきた土地を反乱軍の手から守るためにはヌードモデル様の御降臨が不可欠と言われ、私は入信したのです。そのときはお金はかかりませんでしたが、月の会費がこんなにかかることなど聞かされていませんでした。それで救われるならと思い、払い続けました”


 とある。明かされた額は結構なものだった。さらに、別の被害者のインタビューもある。


 “騎士として前線に立っている息子の力になればと思い入教しました。ですが、三度ほど教祖の教説を聞きに行ったあと「ヌードモデル像を家に置かなければ、信仰しても意味はない」と言われました。息子のためならばと考え購入しましたが、その後、教祖が失踪したのです……”


 そのヌードモデル像の写真があった。あの頃の……三年前のわたしのプロポーションをよく再現していた。顔があまり似ていないことに安堵したが、購入金額を見て驚いた。平均的な年収の一年分ほどである。


 さらには、こんなものも……


 “私は母とともに入信したのですが、ある日、私だけが教祖様に呼び出されました。教祖様は私に「服を脱げ」とおっしゃいました。理由を訊くと「教祖たる私の超肉体的エネルギーを注入するためだ」と言われたのです。少し恥ずかしかったんですが、私は下着だけの姿になり、傍らのベッドに寝ました。すると教祖様は「下着も取れ」とおっしゃったんです。私は従い、ブラジャーとパンツも脱ぎました。すると、教祖様は「こうしたほうが効果があるのだ」と言いながら、ご自分も裸になられました。私は男性の裸を見たことがなかったので目をそむけました。「怖ければ目をつぶっているがいい」などと優しく言いながら、裸の教祖様は右手を私の身体にかざし、やがて……”


 読みすすめるうちに赤面してしまった。この先に書かれていたのは、とても官能的な展開だったからだ。いけないいけないと思いつつも、なぜか最後まで読んでしまった。まッ、わたしったら、なんて、いやらしい女なのかしら!


 記事は、さらに続いている。


 “ヌードモデル教と呼ばれる複数の団体のうち、一部の者たちが信者を食い物とし、悪逆をはたらいていることは小誌既報にてお伝えしたとおりであるが、その内容は、かなり悪質なようである。


「まぁ、ほとんどの団体が真面目にやってるみたいなんですが、中には金目的とか信者女性のカラダ目当てとか、そんなのも存在しているようです。入会資格の欄に『女性に限る』とか堂々と書いてあったりして、面接で好みの女性にのみ入会許可を出す団体もある始末(笑)」(事情通)


「世間に厭戦気分が蔓延する中、こういった宗教的側面を持った団体が幅をきかせるのは当然のことといえるでしょう。恋と同様に信仰心もまた盲目なもの。そこにつけこむ隙があるのです」(宗教評論家)


「ヌードモデル様の御助力により歴史的大勝を成し遂げたアリアケ攻防戦からじき三年。かつてサツマの国を沸かせたヌードモデルブームが再燃する可能性は充分に考えられます。その正体は降臨された女神様であり、既に天上に帰られたと軍からの発表がありましたが、実は不思議な力を持った一般人ではないかと噂されてもおり、水面下で劇団や音楽業界が動き出しているともいわれています」(芸能関係者)”


「コホン……!」


 カウンターに座っているおじさんの咳払いが聴こえた。どうやら、立ち読みの時間が長かったらしい。


「こ、これをくださいな……」


 と言い、わたしは、その週刊誌をカウンターへと持って行った……











 家に帰り、夕食と入浴を済ませて後、わたしは、その週刊誌をあらためて読んでみた。悪事をはたらいているヌードモデル教団体の実名は伏せられているが、特に内乱の戦地となっているオースミ半島付近の住民が、多く被害にあっているという。やはり戦争により、自分たちの土地や財産が損壊することを危惧しているのだろう。


 “「前線に立つ指揮官たちに軍略が欠けていることは事実です。周囲がイエスマンで固められているため、意見や提案を耳にすることがなく、結果、柔軟な采配が出来ていない状況なのです。もちろん、言いなりになりやすい人選を行った軍上層部の責任が最も大きく、兵力差があっても反乱軍に手こずっているのが現状です」(軍事評論家)


「最前線の兵士たちも、国民同様に被害者と言えるでしょうね。このままだと、いたずらに国力を消耗していくだけで、いつまでたっても終戦など訪れません。ですが、戦略的な失敗を挽回できるヌードモデル様の存在があれば、なんとかなるかもしれません。三年前のアリアケ攻防戦の再現を皆が期待しているのです」(元軍関係者)”


 さすがは表現の自由が認められている国の出版物だけあって、軍に対する批判は痛烈なものである。そしてヌードモデル……つまり、わたしが再び脱ぐことを待望する者が多いとも綴られていた。


 三年前、アリアケ攻防戦の勝利により社会現象にまでなった“ヌードモデルブーム”。わずか数ヶ月のことだったが、よく覚えている。この世が動乱するとき、天は女神を遣わす、という伝説。その美しい裸は戦士たちの肉体を鼓舞し、魔法使いたちの精神を高揚させ、僧侶たちの禁欲すら崩壊させるという。国内に広く知れ渡った当該伝説は朗報へと姿を変え、おおいに国民を喜ばせた。


 戦争を賛美する存在、という一部の否定論が出たことは事実である。軍が作り出した反乱軍鎮圧のための象徴であり、大衆を主戦論に導く危険なプロパガンダであるとの見方もあった。当事者であるわたしの耳にも、そういった話は入ったが、ヌードモデルをたたえる声が大きかったため気が変になることはなかった。国が勝利したことと、なにより祖父が残した借金から解放されたことで、心中安堵の感が強かったのかもしれない。


(皆が、ヌードモデルを待っている……)


 お行儀悪く下着姿で自室のベッドに寝っ転がりながら、週刊誌を読んでいて思った。お風呂あがりなので、ぷんぷんと石鹸の香りがしている秘密の身体……わたしこそがヌードモデルなのだ。


 ブラジャーとパンティは赤くて派手なものに着替えた。最近、こういうのが好きである。大学生になり服装が自由になると、下着のセンスも変わるようだ。


(それにしても……)


 わたしは週刊誌の巻頭グラビアを開いた。若くて綺麗な女性の裸が掲載されている。


(殿方は、こういう人を好むのかしら……?)


 その写真の人は胸も豊かだが、けっこう体格が良い。女性ならば誰しもが細くなりたいと願うものなのだろうが、男性の好みとは異なるようである。こういう週刊誌は本来、男性が読者であることを想定して作られているはずだ。


 わたしは赤いブラジャーの上から自分の大きな胸に触れてみた。殿方を元気づけることが出来るこの身体もまた、豊満……そう、わたしは不思議な力を持つヌードモデル……


(あら、小説が連載されているわ)


 パラパラとページをめくってみて気づいた。その小説のタイトルは『愛の旅』とある。何とはなしに読んでみた。


(まぁ、小説まで殿方向けだわ……)


 官能的な展開に、ちょっぴり赤くなってしまった。前回までのあらすじを見ると、引退して旅に出た元騎士様が、行く先々で女性に誘われ関係を持つ、という内容らしい。今号掲載の話は、途中から同衾のくだりだった。


(ふむふむ……まぁ……まァッ、なんていやらしい)


 などと思いながら最後まで読んでしまったわたし。情事に興味があっても、おかしくはない年頃だ。


(恋か……)


 読み終わった週刊誌をベッドの下にぽんと置き、赤い下着姿のまま寝ているわたしは頭のうしろで両手を組んで天井を見上げた。ひとりでいると、どうしても行儀が悪くなる。こんなわたしを、お嫁にもらってくださる方が将来あらわれればよいのだが……


 まだ恋の味を知らない。ずっと女子学校だったせいで、同年代の殿方と接する機会など皆無だった。学友たちも“出会いがない”と、よく愚痴をこぼしている。わたしもたまに、そういった話の輪に入る。


 しかし、男性の好みがないわけではない。無口でも誠実で頼りになる人が理想だ。わたしの危機を救ってくださる白馬の王子様のような、そんな人が……


 そのとき、頭の中にふっと、他国へと渡った栗色の少女騎士様の姿が浮かんだ。乱暴されそうになったわたしを助けてくれた、凛々しい“彼女”の姿が……


(いやだわ……なぜ、リリィさんのことを思ったのかしら……?彼女は“女”よ……)


 わたしは内心で苦笑した。そして灯りも消さず、そのまま眠ってしまった。

 

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