3 ヌードモデル教


「ヌードモデル教……?」


「そう。ほら、何年か前に突如、降臨されて、この国に大勝をもたらしたヌードモデル様を崇めている人たちよ。あの頃、流行ったでしょ?」


 スージーは答えた。ヌードモデル……他ならぬ、わたしのことだ。


『我々が待望すれば、ヌードモデル様は再び、この地に降りられるのだ!だが、逆に待望せねば、我々の声と心が届かねば、その機は永遠に訪れず、いたずらに国力の消耗が進むであろう!それはすなわち、我ら国民の生活水準の低下にも繋がることとなる!諸君らは、このままでよいのか!?』


 司祭の演説は続く。


「なぜ、ヌードモデル様は来られないのだ!?」


「そうだ、ヌードモデル様は、我々庶民の味方ではないのか!?」


 一部の聴衆から疑問の声があがった。いや、疑問というより、怒声である。


『信仰が足りぬのだ!』


 と、司祭は一喝した。


『我々の信仰が足りぬから……だからヌードモデル様は、その美しい裸身にて兵力を活気づける機会を失しておられるのだ!さぁ皆の者、今こそ祈るのだ!女神様が住まわれる天空に向かって……!』


 司祭は壇上に膝をつくと、一度天を仰ぎ、深々と平伏した。すると、壇の周囲にいる信者たちも、それに倣いはじめた。


『ヌードモデル様!』


 そして司祭は再度、顔を上げると、どんよりと濁った曇り空に対し、手を合わせた。


『嗚呼、ヌードモデル様……恒久の安泰と我ら凡々たる民の家族と土地、そして光明に包まれるべき子孫らの将来をお守りくださいませ……なにとぞ、なにとぞ、このサツマの国を平和と希望に満ちた新たなる道筋へとお導きくださいませ……』


 司祭の言葉に倣い、周囲の信者たちも同様にした。すると、一部の聴衆たちまでが手を合わせはじめた。


「ヌードモデル様!おらの恋人と家族を救ってくだせえ!」


「騎士である私の夫は戦地へと赴いているのです!どうか、お救いください!」


「我が国に勝利を……ヌードモデル様!」


 それら聴衆の祈りは、他ならぬわたしに向けられたものだ。ヌードモデルである、このわたしに……


『そうだ!皆も待望するのだ!ヌードモデル様の御降臨を!』


 司祭の煽りは、さらに聴衆の共感を得たようだ。次々と、皆がひれ伏していく……少し離れたところから、そんな異様な光景を目の当たりにして、わたしは怖くなった。


「まァ、みんな戦争にウンザリしてるのよねぇ。わからないでもないわ……ん?」


 スージーは、わたしの顔をのぞきこんだ。


「マリアちゃん、なんか顔色悪いよ?」


 わたしはよほど深刻な顔をしていたのだろう。慌てて首を振った。


「い、いいえ、いいえ……なんでもないのです……」


「そう……なら、いいけど。普段から白いマリアちゃんの顔が、季節外れの大雪にみまわれたみたいになってるよ」


「わたし、お夕食の買い物に出てきてるのです。スージーお姉様、お店、まだ開いてらっしゃる?」


「うん。売り切れてなければ、マリアちゃんが好きな生ハムのパニーニがあるはずだよ」


「まぁ大変、売り切れる前に行かなくちゃ!」


「あたしも帰るとこだから、いっしょに行こっか?」


「そうですわね、さぁ、行きましょう!」


 わたしは、なかばスージーの手を引くようにしながら、その場を離れた。ヌードモデルを求める人たちの声から解放されたかったのだ……











「たしかに。今、サツマの国の各地で“ヌードモデル教”なるものたちが次々と結団されているのは事実です」


 二日後の夕方、訪れたサーシャが言った。今日も天気が悪い。間断なく降り続く雨が運んでくる湿気は、家の中の空気まで、じめじめと不快に変質させている。まして、話の内容が自分にとって不都合なだけに、余計、心地が良くない。もっとも、この話題を彼女に振ったのは、他ならぬわたしのほうであるが……


「そういったヌードモデル様を信仰する団体はひとつではありません。国中で結成されており、“女神教”、“裸婦教”、“天国教”、“恒久平和を願う会”、“サツマ憂国団体”、“女性による女性のための光り輝く未来を作り上げる集まり”等々、名称は様々なのですが、信ずる対象は皆が同じなので、それらが“ヌードモデル教”と総称されているのです」


 そこまで語り、テーブルに着席しているサーシャは、わたしが差し出した氷入りのコーラに、ひとくちつけた。


「わたし、そんなこと知りませんでしたわ」


 と言って、わたしもコーラを飲んだ。炭酸が喉を通る感触とともに、不満もお腹の底に押し流した。


「マリア様、新聞をとっていらっしゃるのでしょう?載っていませんでしたか?」


「ああ……」


 サーシャに訊かれ、わたしは少しバツが悪くなった。朝刊をとってはいるが、実は連載されている小説くらいしか最近は目を通していなかった。世情に疎くなるはずである。“なぜ、教えてくれなかったのですか?”などと言わなくてよかった。


「そ、そういえば見たような気もしますわ……」


 と、取り繕うわたし。なんとも見栄っぱりである。


「そういった団体が結成されている理由として、厭戦の気運が高まっていることがあげられます。軍人の私が言うのは問題なのですが……」


 サーシャは頭をかきかき続けた。腰が低く、黒縁眼鏡をかけた顔は人がよさそうである。小柄な美少女だったリリィとは、また違った意味で、軍関係者とは思えない女性だ。


「マリア様のお力添えで大勝を遂げた三年前の“アリアケ攻防戦”以降、反乱軍の目立った活動がなかったため、国民の皆様は安堵していたのでしょう。ですが、平和に慣れきったところで内乱が再発したわけです。嫌気が加速するのも頷けます」


 苦笑しながら……だが、すぐに真面目な表情を取り戻し、サーシャは言った。彼女の立場だと、こういったことを笑いながら話すのも憚られるのだろう。もっとも、あまり真剣味がすぎると、勝手に信仰の対象とされているわたしが深刻な気分になってしまう。サーシャは気をつかってくれているのか?


「ご存知の通り、我が国は信教の自由を認めています。今の時点では、そういったヌードモデル教の中に宗教法人化された団体はないのですが、だからといって、人々の信仰を妨げる理由もないのです」


「でも、勝手に祀りあげられている身としては、あの異様な光景に戦慄をおぼえざるを得ないものですわ」


 と、わたしは先日見た司祭と聴衆の姿を思い出し言った。この台詞は冗談のつもりだった。このときは……











 サーシャは、ヌードモデルたるわたしの“再登板”を依頼はしても無理強いをしたことはなかった。現に今日、その話は出なかった。


「では、お邪魔しました。ごちそうさまでした」


 玄関でパンプスを履いた彼女は一礼をした。


「あの、サーシャさん……?」


 わたしは、思い切って訊いてみた。


「わたしがヌードモデルとして再び世に出ないことで、あなたの“不利益”になってはいないのですか?」


 その疑問は常々、持っていたものである。サーシャは“上”からの命令で、ここを訪れているのだろうが、“交渉事”は進んでいない。わたしが渋っているからだ。


「マリア様……」


 だが、このときのサーシャは、それに答えることはなかった。代わりに、こう言った。


「この国は国王陛下の御親政のもと、国民の皆様に対し様々な“自由”を保障しています。信教もそうですが、職業選択も行動も、同じなのです」


「それは、わかります。ですが、お仕事なのでしょう?」


「マリア様は将来、どういったお仕事に就きたいのですか?」


 逆にサーシャに質問され、わたしは硬直した。社会の手前に存在する大学に通う身分だが、具体的にはまだ、考えていなかった。祖父は鍛冶屋だったが、わたしはその技術を受け継いではいない。


「今は、なにも……」


「もし、ヌードモデル様として再び世に出れば、いくら自由の国内であっても、マリア様は生涯、軍と無関係ではいられなくなるかもしれません。その気はないのでしょう?」


 サーシャの問いに、わたしは頷いた。


「実は……まぁ、私の立場でこういうことを言うのは何かと問題もあるのですが、私は軍人になりたくてなったわけではないのです」


 長身であるため、高い位置にある腰のあたりを軽くぽんぽんと叩き示しながらサーシャは言った。この国では軍人と騎士は同一視されることが多いが、彼女は騎士様が佩いているはずの剣を持っていない。


「私の家は父も兄も軍人なのです。それで私も……」


 頭をかきかき、サーシャは言った。その仕草は、もはや癖なのだろう。


「ただ、私は兄とは違い、武才軍才に恵まれなかったため、広報所属となりました。今のご時世、女性でも前線で活躍される方は珍しくありませんが、私にはそのような体力はありません」


 サーシャのその言葉を聞き、少しだけ彼女の心のふちに触れたような気がした。普段、気さくにふるまっていても、軍人の家系に生まれたことで苦労が多かったに違いない。


「でも、“開かれた明るい軍”を標榜している以上、広報の仕事とは重要なものです。企画一案、チラシ一枚で、随分と国民の皆様の印象も変わるのです」


 そう言って、サーシャは笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る