2 女神の肉体


 はじめて会ったころから外見にさほどの変化が見られないリリィと違い、わたしのほうは身体つきの変わりようが随分と顕著である。さらに肉感的になったのだ。昨年よりも、さらに育った胸はGカップとなり、ヌードモデルとして大勢の殿方たちの前で裸を晒した二年前よりも、より濃密なボリュームを誇るようになった。それだけではない。お尻も豊かになり、その下にある太腿までもが、前と比べて、どこかむっちりしている。そのくせ、ウエストだけは変化が見られないのだ。スタイルが良くなったと思っていいのだろうか?


 たわわになったため、下着も数枚、買い換えるはめになった。立派なサイズのブラジャーは人に見られるのも恥ずかしく……学校で着替えるときに、私の胸を見た学友たちから“恋人でも出来たのではないか?”などと、よくからかわれる。たまに、面白がって触ってくる行動的な女子もいるくらいだ。羨ましがられる立場なわけだが、目立ってしょうがない。


(まだ、わたしの身体に、あの頃のような“力”があるのかしら……?)


 それは、よく思うことだった。体形の変化は、当然に見た目の印象を大きく違えている。ヌードモデルが裸を晒すことで、その能力を発揮する存在ならば、二年前のアリアケ攻防戦のときとは状況も異なるのではないか? だが、昨年夏、わたしに乱暴しようとしたあの店主は“反応”を見せた。ヌードモデルの力とは生涯の物なのか?


 リリィがわたしを“監視”する理由……それは、ヌードモデルだからである。兵士様たちの戦闘能力を上昇させる能力を持つ者を軍部は、ほうってなどおかないのだ。


(もしかして、一生、監視されるのかしら……?)


 そう考えると、少し不安にもなる。一個人としての自由とプライバシーが保証されない人生を歩んでいくのなら不幸になるのではないかと。いずれ、そんな不安が不満に変わる日が来るのかもしれない。が、リリィといる時間は楽しいので、このときのわたしは、まだ後ろ向きに深慮してもいなかった。


 戦争がおこらなければよいのである。アリアケ攻防戦以降、反乱軍の活動はすっかり鳴りを潜め、この二年間は平和なものだった。“ヌードモデル様のおかげ”と当時の世間がたたえたが、わたし自身は従軍したわけではないので、達成感はあっても、国を勝たせたという実感はなかったものだ。ただ、大勢の兵士様の前で裸を晒したときの、あの解放感とエクスタシー。そして、その後の羞恥心だけは忘れない。


 ストーブで温まった部屋の中、姿見に映った自分を、もう一度、確認してみる。スカイブルーのブラジャーとパンティだけを着けた、はしたない姿は我ながらグラマラスで色っぽく。血が通っていないのではないか、と疑うほどに白い肌には、しみひとつない。


 ふと、なぜか、リリィの裸を想像してしまった。彼女のような仕事をしていると、体形が変わることなど、なかなかないのかもしれない。あの栗色の髪の少女は、剣を持って国を護る騎士様なのだから……


「変ね……女の子の裸を思い浮かべるなんて……」


 と、ついつい、ひとりごとが出てしまった。苦笑したわたしは鏡の前を離れ、ストーブを消すと、歩き疲れた身体を癒やすため、下着姿のままベッドに転がり込み、厚い掛け布団に潜った。露出した素肌の体温で、中はじきに暖かくなった。


「おやすみなさい、リリィさん……」


 眠りにつく直前、ここにはいない少女騎士の名を呼んだ。なぜかしらと疑問に思う暇もなく、すぐに睡魔が訪れた。











「マリアさん、なにか、考え事でも?」


 学校からの帰り……何人かを乗せたスクール馬車に揺られながら、わたしは幌の外を流れる景色を見つつ、ぼうっとしていたらしい。隣に座っていた学友のリンダに、そう訊かれた。


「なにか、意識が遥か遠く、地平の彼方へと飛んでいらっしゃるように見えますわ」


 と、リンダ。彼女は良家の子女らしく、品の良い話し方をする。声は鈴の音のように涼しげで穏やか。美人ではないが、清純な雰囲気を持つ。


「リンダさん、随分と鋭い観察眼ですのね?」


 私は言った。


「いいえ、私でなくとも、マリアさんが物思いにふけっていることはわかります。ただ、それが悩みごとなのか、空想の世界に踏み込んでいらっしゃるのかは判断しかねますが……」


「どちらでもないのです。実は、ある人に“プレゼント”を贈ろうと思うのですが、何にしようか迷っておりまして……」


「どのような身分の方ですか?」


「騎士様」


「“好きな人”、なのですね?」


「ええ、そうですの……」


 そこまで言ったとき、リンダのみならず、まわりの皆が、わたしのほうを興味津々といった風で見た。誤解を招いたことに気づき、ぶるんぶるんと首を振った。


「い、いいえ、いいえ。好きな人といっても女性なのです。女性の騎士様。わたしの“お友達”なのです」


 慌てて訂正するわたしの様子がおかしかったようで、リンダは口に手を当て笑った。


「まぁ、それは、ごめんなさい……てっきり、将来を誓いあった殿方だとばかり……」


「もうすぐ、クリスマスでしょう? その日に贈ろうかと思うのです」


「どのような方なのです?」


「美少女ですわ。髪は栗色で身体つきは細く。背は、わたしよりも若干低く。よく話す方ではありませんが、とても聞き上手で、おしゃべりなわたしとは気が合うのです。甘い物、特にクッキーがお好きで、家に来ると、ふたりで一缶を空っぽにしてしまうくらい。あれで太らないなんて反則ではないかしら? 仕事がない日は、家で洗濯やお掃除をして過ごしているそうなのですが、これといった趣味はないようで。だから、何を贈ろうか迷っているのです。ちなみに猫舌で、熱いものは冷まさないと飲めません」


 長々と、わたしはリリィについて語った。


「ならば、アクセサリーはいかがでしょう?」


「アクセサリー?」


「マリアさんが、いつも馬車を降りるところから反対側へ歩いたところへ、キシャバ公園があるでしょう?」


「ええ……」


「その近くに、お店がずらりと並んでいる通りがありますわね?」


「はい……」


「そこに、ひときわ目立つ赤い看板のお店があるのですが、最近、若いかたの間で人気のアクセサリーショップなのです。実は“これ”も、そのお店で買った物です」


 言ってリンダは、自分の髪飾りを指さした。


「安くて、かわいいアクセサリーが揃っていると、巷で評判ですわ」


 と、語る彼女は、わたしより長い黒髪の持ち主である。後ろを結んでおり、頭の横に、その髪飾りをつけている。流れ星をモチーフにしているらしく色はゴールド。よく似合っている。


「ありがとう、リンダさん。教えてくださったこと、感謝いたします」


 と、私が投げかけた言葉に、リンダは優しく頷いた。すると、いつもの場所で馬車が停まった。


「みなさん、ごきげんよう」


 降りて、わたしは言った。


「ごきげんよう、マリアさん」


 学友の皆が手を振ってくれた。その後、馬車が立ち去ると、わたしは、いつもと反対の方向へと歩きはじめた。

 

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