ep.3-20 エゴと小事
ブレイは人の流れを真っ向から逆行する形で走っていた。
ブレイが向かおうとする先はトランジニア北部方面。
初回の攻撃は北部の西から始まった。付近にはヂニェイロ邸が構えられている。あの機体の主な標的はそこである可能性が高いとブレイは踏んでいた。攻撃を仕掛けてきたのが王軍なら尚更だ。
恐らくは自分たちの他にも反乱分子を調査し、それを王に報告する者がいたのだろう。若しくは内通者。いや、父の考えは自分でも読めない。最初からこうするつもりだったのかもしれない、と最悪の予想もよぎる。
ブレイは揉みくちゃにされ、罵倒されながらも逃げ惑う人々に大声で避難経路と退避場所を伝えながら、ソカロが向かったであろうヂニェイロ邸へと向かう。
どこかで足止めをくらっていればいいと淡く願いながら、この広大な街でたった一人を捜し出すなど到底不可能なことのようにも思われた。
普段の聡明で、論理的思考に頼る彼ならば即棄却するような行動であるが、今の彼は平常ではいられない。
不安定な心とそれに掻き回される頭を抱えてブレイはストリートを走る。
ブレイの誘導の声がこの状況下の民衆にどこまで届いているかなんて、考える余裕もない。
皆、必死に自分の命を惜しんでいる。剥き出しのエゴがひしめき合う通り。
勿論ブレイも同じだ。この事態の真相を知りたい気持ちと、すべてを隠してしまいたいような気持ち。
そして気付かない振りをしてみても、立つこともできずにぐにゃりと潰れてしまいそうな今、ブレイはいつも面倒ごとばかりで世話の焼ける自分の腹心に、ただ、無性に会いたかった。
◇
北部へと近付いて行くほどに、熱気と轟音が激しさを増していく。
メインストリートをひた走るブレイの呼吸は乱れ、足が引き
ようやく中央部まで辿り着いた時、その先へと進むことはブレイには到底できそうにないと思い知らされた。
中央部の広場は炎に包まれている。
空は黒煙が埋めつくし、時折空に赤が混じる。あの快晴が嘘のようだ。
北部へと真っ直ぐ続くストリートは、倒壊した家屋が道を塞いでしまっており、周りの幾つかの通りも火柱や障害物で閉ざされている。
爆音も倒壊音も、炎の燃え盛る音も桁違いである。いまはまだ火の手のない南部の方もじきに同じ末路を辿るのだろう。
中央広場に未だ残る住人に声を掛け、意識のあるものに
炎と黒煙に
「外まで連れて行け!」
その言葉に男は眉を
その様子にブレイは一瞬信じられるずに固まるが、満ちる
一層泣き喚く子どもには黙るように命令するが、一向に泣きやまない。
それに余計苛々を募らせたブレイは、子どもをその場に置き去りに、先ほどの男が走って来た通りに向けて駆け出す。背後に一際大きくなった子どもの泣き声が聞こえたが、ブレイは無視を決め込む。
今は先にやることがある。
この元凶を突き止めること。ソカロを探すこと。
つまり、自分の欲求を優先させたのだ。
今や誰もが必死で、自分のことで精一杯だ。
先ほどの男を見ろ。自分がここから逃げ出すことしか考えていないではないか。当然だ。この状況ではそれで当然なのだ。
ブレイは頭の中で自己擁護する。
しかし、ブレイの足取りは緩やかになり、歩は止まる。駆ける向きを変え、元いた場所へ、いまだ泣いている子どもの元へと走り寄る。
「こんな小事に構ってる場合じゃないんだ。僕は…っ!!」
自らの思考や言葉とは裏腹に、差し伸ばされた手を見た子どもは、そおっとブレイの手に触れる。
最初はおずおずと弱弱しく。しかしブレイがその手を握り返すと、幼い少女の何処にこんな力があるのかという力強さで握り返してきた。
そのことに驚きつつ、胸の辺りが落ち着かなくてブレイは少女の手を引いて歩き始めた。
その時、南方からの道を一心不乱に駆けてくる人影。一人は男、もう一人は……女。
手を握る子供の手が緩んだことで、この人影がこの子の両親なのであろうことをブレイは察した。
するりと自分の右手を離れた小さな手を目で追って、両親の胸に飛び込む少女を見届けることなくブレイは背を向ける。彼の行き先に向けて。
そして、街のシンボルである塔が街路の先に見える、右手奥の小さな通りへと
エゴイズムではなく、この先にいるかもしれない救援を求める人々の為に。
失ってはいけない大事なものを取り戻す切欠となった少女に、ブレイは静かに感謝を捧げた。
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