ep.3-6 相応しい装い


 ヂニェイロ家の屋敷はトランジニアの大通りの一番奥にある。

 というより、この大通りはヂニェイロ家へ行く為にできた通りである。

連日、大量の商人が行き来するこの通りはいつしか大きく舗装され、脇には様々な露天や商店が並んでいった。ヂニェイロ家へと向かう途中、あるいは帰る途中で多種多様な品物を売り買い出来るのだ。その大通りの中央はバザー会場となっており一層の賑わいを見せる。

 中央大通りから少し右手へと逸れる通りの先には、トランジニアがおこった記念にヂニェイロが建てたという石造りの巨大な塔がそびえており、この街のシンボルとなっている。

 ブレイ達はこの塔へと続く通りの路地から出て、さもその路地の隣にひっそりとたたずむ宿から出てきたように振舞った。


 黙々と歩む三人であったが、明るい場所に出ると自分達の格好がどうしても気なるのはしょうがない。

「どうも、こういう服装は苦手だ……」

 ぽつりとブレイが漏らした言葉にソーマは頷く。

「残念ながら、俺も同じだ……。こんなちゃらちゃらしたワケの分からん服は一体なんだ。歩き辛い。ぜってぇ走れねえ」

 その言葉に二人の先を上機嫌で歩いていたルミナがくるりと振り返り、にっこりと笑った。

「私はスキよ!南部地方のテイストよね~。どこのパターンかしら? 装飾も豪華でエキゾチックでステキだし! それに二人とも似合わなくはないわよっ!」

 そう言ってルミナが首を傾ぐと、しゃらんと大きな金の耳飾が澄んだ音を立てる。いつもは二つ結びの髪が今日は服装の雰囲気に合わせて、後ろで高く一つ結びにくくっている為にそのイヤリングの出来がよく見て取れた。

「エキゾチック、だとよ…。」

 ソーマがたっぷりと間をおいて嘆息するのを隣で聞いたブレイはルンルン気分のルミナをじっと見つめる。

 良く捉えればその通りであるが、奇抜であることに変わりはない。

ルミナの着ている服はどこぞの踊り子のような衣装で、布が両胸をかろうじて覆っている。胸元で交差した黒い布は首の後ろと背中で結ばれているが、誰か引っ張ったらどうするというのか。それに結び目が緩んだりしたら?

おまけにこれでもかと言わんほどの、申し訳程度に巻かれたひらりと揺れるミニ丈のスカート。そしてヒールの高い編みこみのサンダル。


 ああ、人々の視線が痛い。

ブレイは好奇の視線に晒されることにはいつまでたっても慣れることができなかった。いや、自分の立場上仕方がないとは思えるのだ、思えるようになった。

――が、しかし今回はそうではない。

ルミナはこういう服が好きだろうからいいが、ブレイは違う。いつもの官服を着ていたかった。もしくはブラウスにハーフパンツとかいった、もうちょっと控えめなやつ。

似合う、似合わないの問題ではないのだこれは。だって!


「――なぁんでこんなに露出が多い? こんなの目に毒だ!それに言わせて貰うが、なぜ僕の服はこれなんだ? せめてソーマみたいな服がよかった……」

「なによ、私の見立てに文句ある?」

 自分のセンスを否定されたように感じたルミナは半眼でブレイを見やる。

「いやいや、これはないだろう!?」

 そう言ってブレイはまとわり付く半分透けるような薄さの白い布を持ち上げる。

「腹が見えてる!」

 憤慨ふんがいしたように言うブレイにルミナは溜息をひとつ。

「~っもう! それが一番似合いそうだったし、てかそんなに服がいっぱいあったワケじゃないから女物でも我慢してよ!」

 その言葉に驚いたのは男二人。

「「 !! 女物だったのか!?」」


 道理で――、とブレイは嘆いた。なんだか体のラインどころか体そのものが丸見えである。……主にお腹が。

先程の路地裏では怒りに頭が埋め尽くされ、一時この理解し難い格好については忘れられていた。その極薄な一点に於いてのみ、ソカロは非常に有益な働きをしたと言える。とても前向きに考慮すると。


 そんなブレイの格好はルミナと比べれば地味ではあるが、白くほわっとした布地のチューブトップのようなもので、胸から下は何故かへそが見えるように開かれた薄手の布地で出来ており、腰周りも透けて見える。

まるで透っけ透けのカーテン。風邪を引いてしまいそうである。まあ、まだ下がズボンなだけマシだが……とブレイは膨らんだズボンの端っこをつまんでみた。こちらもトップスと同様、ゆったりとした白い布で作られている。

 足元は複雑に編みこまれたサンダル。装飾品として付けられた金の髪飾りはルミナと同じく一つ結びにされた髪の根元で胡散臭うさんくさく輝いている。

胸元の金に所々埋め込まれた宝石が仰々しいチョーカーは重いし外してしまいたい。

そう、なにもかもがブレイにとっては気に入らないのである。

「なんか、アレだな。……哀れ」

「うるさい!」

 ブレイに比べれば余程マシだと思ったのか、ソーマが声を掛けるがそんなものはなんのなぐさみにもならない。

そんなソーマの格好は昔ブレイが絵本で読んだ砂漠の国の王様のような格好だった。

ゆったりとした布で作られたローブに同じく巻き物。その布端には無数の金で作られた小振りの円板が縫い付けられていて、しゃらしゃらと音を立てている。同じくズボンはゆったりとした作りで確かに歩き辛そうである。靴はベージュ色のなめし革で作られたブーツ。

笑えるところといったら、髪に織り込まれた金のリボンだろうか。

 嫌がったソーマだったがルミナに強制的に織り込まれたのである。蝶々結びにでもして貰えば良かったのに、とブレイはソーマを呪った。


「と・に・か・く! シャンとしててよ!恥ずかしがってちゃ正体ばれるってーの! 背筋伸ばして、自信持って歩くっ!」

 渋面じゅうめんのまま、だらだらと歩く二人にかつを入れ、ルミナは二人の後ろに回るとぐいぐいその背を押した。

 その力に押されるがままに一行は目的地へと進んでいったのである。

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