ep.3-7 潜入・ヂニェイロ邸
周囲からの視線が刺さる中、三人は目的地であるヂニェイロ家へと到着した。
正確には馬鹿でかい門の前へと。
「おっきー……しかも透かし彫り入ってるし! どんだけこの門にお金突っ込んだのかしら?」
ルミナが感嘆の声を上げる。
天頂部がよく視えないくらい高く、横幅は馬車が五台分、仲良く並んで入れるくらい広く長い。ここまで広いとはっきり言って無駄なのではないかと思ってしまう規模であった。しかもこの柵扉、開閉には骨が折れるだろうことが予想できた。
「こんにちは。失礼ですが、もしやあなた方は旦那様のお呼びした商人様ではないでしょうか?」
男の言葉にブレイは頷いた。その様子に男は破顔すると、嬉しそうに続けた。
「南部は
にこにこと喋り続ける男に伴って、適当に相槌を打ちつつブレイは門の先へと歩を進める。
門を過ぎ、生垣のアーチを抜ければ、整然と管理されたシンメトリーの美しい庭が目に飛び込んできた。
庭だけではない。屋敷へと目を移せば、屋敷の形から彩色、間取り、そして窓辺で揺れるカーテンの色までも全てが対称になるように造られていた。
計算され尽くされた対称の美にどうしたって嘆息が漏れる。と、同時にこの屋敷の主の性格を
「……というわけでして! と、あまり私の話には興味ありませんかね」
そう言って笑う男にブレイはハッと意識を戻した。
「とんでもございません!失礼を……」
謝るブレイに男は構わない、という意味で手を横に振ると、目を細め目じりの皴を深くした。
「ここにおいでになるお客人は皆、この庭の美しさに目を奪われるのですよ。光栄なことに」
男の言葉にブレイは目で笑んで頷いた。
「本当にお美しい。ヂニェイロ殿は高尚なご趣味をお持ちのようですね」
ブレイの感想に男は更に皴を深くし、
そうこうしている内に、一同は玄関へと辿り着いた。
後方を付いてきたルミナとソーマも庭のあちら此方に目を向けていた。庭の美しさもあるが、今後の計画を考え屋敷の全容を掴んでいたのであろう。
玄関の扉を規則的に四回ノックすると、初老の男は一礼をし、後は屋敷の者がご案内致しますと言い残して来た道を引き返し始めた。それと同時に玄関の扉がゆっくりと開く。案内役であろうメイド姿の女がブレイたちに挨拶をすると、早速中へと案内された。
――ここからが本番である。
ブレイはルミナとソーマに目配せを送ると女中の後に続いた。
◇
「こっ、この度は遠方よりの長旅ご苦労様です。申し訳ないのですが、旦那様はご多忙の身でありますので手が空くまで、どうかこちらでお待ち下さいませ」
二階の客間の扉を開け、ブレイ達を部屋の中へと通す女中は「何かご入用のものはございますか?」と笑顔で尋ねる。その笑顔に若干引け目を感じつつも、折角のチャンスを逃す気はない。
「……ああ、ある」
悲鳴が漏れないよう慌ててブレイが女中の口元を手で塞いだ時には、ソーマは既に見事な手刀を落としており、メイドは声を上げる隙もなく気絶したようであった。
ずるずるとブレイに
ほうっと息を吐き出したブレイにルミナが半眼で口を開いた。
「傍から見てるとアンタたち、最っ高に悪人よね~。か弱い女の子を二人掛かりで襲うんだから。……女の敵」
「失礼なこと言うな!」
ブレイは
「別に俺一人でもでき…」
「そういうことを言ってるんじゃないから」
ソーマの返答は、言い切る前に彼の主によってばっさり切り捨てられた。
「入れ替わりの為の絶好のチャンスだったんだ。この際仕方がない……。さあルミナ、手筈は分かっているな?」
ごほん、と咳を一つ入れ、ブレイはルミナを
「…モチロンよ。私を誰だと思ってんの? ぷりちーヒロイン、ルミナちゃんよ」
ルミナは口元に孤を描いた。戦闘の時に見せるあの
その様子にブレイは視線で頷き返し「急げ」と告げる。ソーマも「ヘマすんなよ」と一言掛けニヤリと笑った。
「あとぷりちー…なんとかとか関係ねぇから」
それから数分後、部屋の扉が叩かれ、別のメイドが扉を開ける。
「お待たせしました〜〜。旦那様の元へご案内致しますねぇ。私の後に付いて来ていただけますぅ?」
ブレイはにこりと笑んで「お願いします」と応え、
メイドの後を付いていきながらブレイはソーマにしか聞こえない位の声量で呟いた。
「おい、笑顔が硬いぞ。もっと愛想よく振舞え。お前は商人なんだぞ…!」
それにソーマも極力声を
「ちゃんとやってんだろーが、分かってんだよ…!」
前を行くメイドの、ぴょんと飛び出た双葉のような毛から目を離さずにブレイもひそひそと返す。
「分かってないだろうが!今からヂニェイロ家当主と面会だぞ!? 奴は歴戦の商人だ、あんまりにもらしくなかったら見抜かれて「はい、お仕舞い」だ! 頼むから人当たり良く、丁寧に喋ってくれ」
ソーマも前方のぴよこぴょこ動くアホ毛の進む方向から顔を動かさずに言い返す。
「ざけんな! だいたい急にこんな商人の真似事なんかできるか!あのバカが来ねぇからこんなことに……!」
「馬鹿、声がでかい!」
慌ててブレイがソーマの声を落とさせる。
前を行くメイドは背後のやり取りを少し疑問に感じたようだが、振り返りはせずに階段を上る。その様子にほっと胸を撫で下ろしブレイはソーマをちらりと見る。
「いいか、先日お前にやった本の内容を思い出せ…」
ブレイの視線にそっぽを向くソーマ。
「……あれは腹立ったから読んでねえ」
ソーマの口から漏れた信じられない言葉に、ブレイはいま、自分の顔が点で表せるほど簡単な表情をしているのだろう、と遠いどこかで思った。束の間の現実逃避である。
あまりのことに言葉が見当たらず、真っ白になったブレイは掛けられたメイドの言葉にも気付かない。
「あのぉ、此方が旦那様のお待ちになっているお部屋です。……あのー、聞いてます?おーい」
脱色、いや
かくして、ブレイとソーマはこの屋敷の当主、疑惑のヂェニェイロと対面することになる。
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