ep.3-14 値踏み


 豪奢ごうしゃだった、今や無残な黄色の応接間では、ソーマが一人、数人の兵を相手に奮闘していた。

 多勢に無勢、加えて相手は槍や剣等の獲物を持ち鎧に身を固めている。

 ソーマはというと、元より武器を使わない素手での素早い戦闘を行うスタイルなのだが、ゆったり、たっぷりした布が彼の動きを邪魔していた。

「ちぃっ! 邪魔臭せぇ!」

 固い鎧の前には彼の自慢の拳や蹴りもさほど効果が見えない。

 数名は防御の薄いところを突いて昏倒こんとうさせたが、彼らも馬鹿ではないらしく、弱点になり得る場所には注意を払い、なかなか隙を見せなくなってきた。

 この場をけ負ったはいいがこれは結構キツイ……。

 ソーマは目の前の敵に突き出された槍先を最小限のステップで後方へとかわすが、その際、ローブの裾が足に引っかってしまい、あと一歩の後退が叶わない。

 腹部へと突き出された槍先が迫る。ヤバイと感じたソーマはそのまま強引に身をよじる。

 布の裂ける音が大きく部屋に響く。一寸おいて足元に、ぱたたっと軽い音をたて散った鮮血が落ちる。


「……ってぇぇえなああっっ!」

 貫通は辛うじて避けたが、裂かれた腹のちりりと燃えるような痛みにソーマは吼えると、槍を突き出した兵へと飛び掛かり兜の上からにも拘らず側面を殴り飛ばす。

 殴られた兵は衝撃に首を横にがくりと曲げ、踏ん張りきれずにそのまま輪の外へと弾き出される。続いて派手な音を立て部屋に備え付けられていた棚を壊して瓦礫の中へと転がった。その様子に周りを囲う兵士達はわずかに後ずさる。

「このクソ野郎が…」

 悪態をつき、腹に走る赤い一文字を掌でぬぐうと、手についた血をそのまま衣服へなすり付ける。そのまま裂けた衣を引っ掴み、力任せに引っ張ると、ビイイッという耳につく音を立てながら邪魔な服を破り取った。

 その所為でソーマの格好は胸下からの長ったらしいひらひらとした衣服が無くなり、他には首元のストールとゆたっとしたズボンという、多少動きやすいものになる。――見掛けは別として。

 彼の本音を推しはかれば、股下が馬鹿みたいに深いズボンも脱いでしまいたいのだろうが、そこは理性が働いたようだった。


 その様子を兵士の後ろから興味深げに観察していたリカルドが口を開いた。

「ふむ、なかなかの豪の者。興味深い……。君の型は見慣れないものだが、何流の体術なのかな?」

 リカルドのまるで危機感を感じさせない物言いに、ソーマの片眉がぐいっと上がる。

「はっ、テメェになんでンなこと、わざわざ教えてやらなきゃなんねぇんだよ。馬鹿か?」

 ソーマの挑発に乗ることもなく、リカルドは口角を緩く引き上げると、興味に光る眼でソーマに答える。

「純粋な興味だよ。私も武術はたしなんでいてね……君の戦いぶりに興味が沸いたのだ」

 リカルドの言葉に今度はソーマが口端を引き上げた。

 周りを囲う兵士は五人。

 ソーマは腰を落とし、軽く踵を浮かせ爪先に力を篭める。その様子に兵士達も後ずさりを止めソーマへと身構える。

 引き上がった口元が笑みの形に開いたかと思うと、ソーマは力を篭めていた爪先で思いっきり床を押しやる。刹那、ソーマの前方に居た兵士がけ反り、そのまま床へと倒れた。

 リカルドの正面に背面を向け立ち塞がっていた兵士が崩れゆくと、その真向かいに立つ赤毛の男の鋭い眼、不敵な笑み、突き出された拳がリカルドの瞳に映る。

 そしてあざけるような、見下すような瞳と、裂けるように開かれた口から言葉を吐き出す。

「そーかよ。んなら教えてやってもいいぜ…!」


 そこからはまるでショーのようであった。崩壊した狭い空間は一瞬にして最高のステージへと転じる。

 リカルドは背筋を這い上がる奇妙な興奮にぞくりと心を震わせた。目の前の光景に。一人舞う朱に。そのスピードに。圧倒的なまでの強さに。

 ――何故にこの男はここまで強者たり得るのだろうか。リカルドは目を見はりながら動きを追う。

 向かってきた兵に正面からぶつかり胸元へ潜り込むと、相手の勢いを殺さずそのままいなし、後方へと投げ飛ばす。背後からソーマへと近づいていた兵は哀れな声を上げ、投げ飛ばされた仲間の下敷きとなってしまう。そう、最早戦闘スキルの話だけではない。


 根本的なものが違う。

 彼と自分との間には何か、言葉には表しがたい特殊な隔たりがある。


 武人として、そして長年の商人としてこの業界で今の地位を築くに至った鋭い観察眼をってして……リカルドの出した評価がこれであった。

 複数の敵を相手に、傷を作られながらも男の勢いは衰えない。

 彼が拳を突き出す度、強靭な蹴りを繰り出す度、裂傷からは血が滲んでいた。それでもソーマの動きが止まることはない。

 決してヂニェイロの私兵が弱すぎるわけではない。彼らはよく訓練された兵士である、が今回は完全に相手のまとう気配に気圧けおされて縮こまってしまっている。

 しかし、それを差し引いても、数人を相手に勝利することは難しいことである。

「――化け物だな」

 戦いのすべてを逃すまいと見開かれた瞳でリカルドは呟いた。

 その時、最後の私兵が兜を引っぺがされ首元を掴まれ引き立てられる。ソーマはにやにやとした笑いを崩さず、そのまま剥き出しになった顔面へ思いっきり頭突きを見舞って首元の手を離した。

 ガツン、という鈍い音を立てて兵士は頭を床にぶつけそのまま動きを止める。

 それを見届けた両者はお互いに視線を絡ませた。

「さて、俺様もテメェに聞きたいことがある」

「何かな?」

 問い返しながらリカルドは部屋に転がってしまった比較的壊れていないミニチェストのほこりを払うと、その上に腰掛ける。

「っち、とぼけやがって……。アーセン人の王、現フィッテッツオ帝国国王、ジュリアス・パッセ・ディスプロについてだ」

 あくまで余裕の態度を取る男に、苛々を募らせながらソーマは言い放った。その言葉にリカルドは笑みを深め、足を組み頷いた。

「ふむ、いいだろう。いいショーを見せて貰った礼だ。ああ、後で私の質問にも答えてくれるのだろうな?」

「……あ゛? いーからとっとと知ってること吐きやがれ!」

 ワザとらしく、思い出したように付け加えるリカルドに殺意を篭めた眼光を放つと、ソーマも手近にあった壊れた机に乱暴に腰を下ろした。



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