ep.3-3 フードファイト


「はっはっは。そりゃここでは有名な珍味、ニルニルさぁ。見かけはアレだけど噛み応えがあって、味は鶏みたいな感じかね。調理の仕方でバリエーションも豊富だから料理する側としても使い勝手のいいものさ」

 そう言って笑い、目の前の皿にモリモリと湯気の立ち上るクリームパスタを流し込みながらこの宿の女将おかみが笑う。どれだけ盛る気だ、女将。と言わんほどに温かいパスタをブレイの皿に入れると、隣に座るソカロの皿へも同様に盛りだした。

 目の前に盛られたパスタをフォークで突つきながら、こんなに食べれるものかとブレイは顔をしかめたが、隣の能天気バカは嬉々としてぶっ込まれるパスタに目を輝かせていた。どう攻略しようかとブレイが頭頂部にフォークを刺してみたところで食堂の扉が開いた。


「あー寒かった!」

 入ってきたのは両手に戦利品をぶら下げたルミナだった。

 どこかで買ったのであろう白い羽織物を着込み、昼に着ていたワンピースではなく、いつの間にやらパンツスタイルに変わっている。その首にはトランジニアらしい柄の入ったストールを巻いており、彼女の散財っぷりが目に見えてわかる。

食堂に入ってきたルミナはブレイ達を目に留めると、同じテーブルへと着いた。

「ルミナ、おかえり~」

 席に着いたルミナにパスタをすすりながらソカロが声を掛ける。その言葉にぽわっと頬を染めたルミナは目を伏せ、嬉しそうに笑い「ただいま」と小声で照れながら返す。笑顔でソカロもそれに応えると、目の前のパスタへと意識を戻した。

「またこんなに買ってきて…僕たちは遊びに来ているわけじゃないんだからな」

 パスタに若干隠れがちなブレイは、まだ手を付けていなかったホットワインをルミナへと差し出した。

「うー、分かってるって。マカオの新作が出るから見に行っただけよ」

 ルミナはブレイからホットワインを貰うとテーブルに置いてあったレモンシュガーとシナモンスパイスを手に取った。

「それにしても……よくそんなに食べるわね」

「いまに君もそんな台詞言えなくなるさ。……ソーマは?」

 ルミナの「しんじらんなーい」という表情にブレイは断固たる表情と口調で返す。ソーマについてはついでに付け加えて。

「あぁ~、もう入ってくるんじゃない? 私の後ろにいたし」

 ふうんと返事を返しながら、それにしては時差が……とブレイが目をしばたかせた時、タイミング良く扉が蹴り開けられた。

「あ、帰ってきた」

 二人の目線の先では、大量の買い物袋やら箱やらを持たされ、すこぶる機嫌の悪い男、ソーマがぎらつく眼差しで仁王立ちしているのであった。



 何時間にもおよんだルミナの買い物に荷物持ちとして付き合わされ、ご機嫌斜めなソーマは、荷物を宿の一階である食堂に放っぽり出す。

 そのまま苛々とした足取りでテーブルまで歩み寄り、乱暴に椅子を引いてブレイの目の前に座った。

 温かそうな格好をしたルミナとは違い、昼間の薄着のままのソーマは多少鼻を赤くし、寒そうに剥き出しの腕を擦っていたが室内の暖かさに幾分か救われたようであった。

「ちょっと! せっかく買ったんだから大事に扱いなさいよ!」

 と口を尖らせて文句をつける隣のルミナに忌々しげな視線を向けていたソーマだが、テーブルにビーフシチューが置かれたのを目にすると刺々とげとげしい視線を緩ませた。ついでに口元も。

「うまそー。おい、女将、もっと持って来い。肉とか」

 料理を運びついでに空いた皿(食べ終わったのはソカロだけである)を下げる女将に、ソーマが追加の注文をつける。

「あら、この時分にそんな格好して。あっつ~~いの持ってこようかね」

 ソーマの不躾ぶしつけな注文にも嫌な顔をせず、女将はにかっと笑うと厨房へと戻っていった。

ルミナは隣のソーマになど一瞥もくれず、注文品を食べようと、スプーンを湯気立ち昇る良い香りのするビーフシチューへと伸ばしていたが、その瞬間ソーマの目が光った。

 シュバッと豪速で風を切る音がしたかと思えば、ルミナのスプーンの先にシチューはない。驚くルミナのその横でソーマは皿を掴み、豪快にこの宿自慢のビーフシチューを喉に流し込んでいた。

「ちょっとぉ!それ私の~! あ、あ~あぁ……」

 ルミナの抗議は中身の飲み干されたシチュー皿がテーブルにドンッと置かれた音で中断を余儀よぎなくされた。

「ああ~~うまかった!!」

 ルミナへと顔を向け、厭味いやみたっぷりに少し顎を上げて、へっと舌を出すソーマにルミナは簡単に頭に血を上らせる。

「なっ、このバカー! それ私のだったのに~!」

「知るかよ、なんなら名前でも書いとけっつうんだよ! こちとら寒ぃ中、ワケの分からん買い物に付き合わされてんだ、こんくらい喜んで差し出しとけ!」

「ムッキー!! ふざけんな~~!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人に店内の注目は集まるが、そんなのお構いなしに尚もヒートアップする二人の口論。そしてついにルミナの手が出た様に、がっくりとブレイは項垂うなだれた。

「お前たち…子供か…」

 今回の任務が任務なだけに、ブレイ達は素性すじょうを隠し、なるべく目立たないようにとつとめているというのに、これではまるで意味を成さない。

 これ以上注目を集めたくないブレイは、なんとか二人を落ち着かせようと声を掛けるが外野あつかいである。――と、そこに救世主が現れ「ごん!」という鈍い音と共に事態に終止符を打った。


「……あんまり騒がしいと客でも外に放り出すよ」

 女将は、手にしたフライパンでソーマの頭をぶつとトドメの一言を放つ。

 これにはさすがに二人も押し黙った。ほっと一息ついたブレイの横ではこの喧騒けんそうもなんのその、ソカロがブレイのパスタを自分の方へと引き寄せ、おいしそうにがっついていた。元より運ばれてきていたサラダと鍋ごとのスープ、川魚の塩焼きが入っていたであろう器は、すべて綺麗にからである。

 ブレイの視線に気付いたソカロは勝手にパスタをったことに気まずさを感じたのか、パスタの中から肉を探し出し、きのこも一緒にフォークに突き刺すと、はい、とブレイに向けた。

 ――どいつもコイツも、ここには子どもばかり。

 ブレイは盛大に嘆息した。


 その後も、なんやかんや食事の時間は続いた。

 これでもかと言わんばかりのボリューミーさを誇る女将の素晴らしき料理を、牛馬ぎゅうばの如く腹に収め、大食漢二人はようやく満足したかのようだった。

 ソカロにいたってはデザートに出された「ジェラート」と呼ばれる冷たい甘味にいたくご満悦で、ついには業務用だと思われる銀製の缶ごと注文した。

 一方、ブレイとルミナは早々に食事を終え、その間、最近の流行だという夕陽を閉じ込めたかのような輝きと、柑橘を思わせる香りの紅茶を楽しんだ。


 戦いの後のようなテーブルを離れた時には、その尋常じんじょうでないテーブルの荒れっぷりに、周りの客達から喝采かっさいの拍手を頂いたほどであった。



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