ep.3 The pointed truth (前編)

ep.3-1 炎の街


 怒涛どとう轟音ごうおんと衝撃、吹き出る豪炎と熱風に逃げ場はない。


 狂ったように逃げ惑う人々の間で少年は懸命に叫ぶ。

 しかしすべては辺りの音に掻き消され、必死な誘導も意味を成さない。どんなに声を張ろうが、どんなに強く願おうが、その声は届かず、炎に揉まれ焼け崩れてゆく建造物の立てる音に呑み込まれていくだけだった。

 崩れる家々と瓦礫がれきが散開した、かつての賑やかで騒がしかったこの街の大通りも、今や肉の焼け焦げる臭いと動かない抜け殻ばかりで、その面影は何処にもない。

 混乱と恐怖に支配された民衆は、少年がいかにこの地を統括する者であろうとも制御できるものではなかった。少年は自分の非力さを痛感させられ、しかしそれを認めることは出来なくて唇を強く噛んだ。

 そこに居るのは東極部総指揮官とうきょくぶそうしきかんという地位も、王の第一子であることも何ら意味を待たない、ブレイトリアである。


 悔しさと無力さと焦りといきどおりと悲しみと、処理しきれない感情を身の内に逆巻かせ、それでもブレイは懸命に民衆に誘導をかける。

 その時、凄まじい轟音が背後の塔から上がる。ビクリと肩を揺らして振り返れば、真っ赤な炎が空へと吹き上がった。――空からの爆撃が塔を直撃したのだ。

 この場は危険だと察したブレイは、人を掻き分け、折り重なるように先を急ぐ民衆に向かい一層声を張り上げた。しかしブレイの声はやはり民衆に届かない。


「ここは危ない!ここは駄目だ!! あちらの右の通りへ迂回うかいして外へっ! こっちは駄目――っ聞けって言ってるだろう! 駄目だ、迂回を……っ!」


 背後にそびえる、この街のシンボルであった石造りの塔は、塔の中腹に爆撃を浴びたらしく少しずつ此方こちらへと傾いてきているが、ブレイを始め、誰一人とそれを目に留めていなかった。がらがらと音を立てて火の粉と共にレンガが落ち、ふもとの民家へと降り注いでいく。


「みんな、頼むから――! 此処にいては皆下敷きになってしまうんだ! おい、聞け――……」


 半ば狂ったように叫んでいたブレイの背後からみしり、と妙に耳に残る音が鳴る。ブレイは言葉を止め、背後の塔へと恐る恐る目を向けた。


 再びみしっ、という音を立て、丁度腰を折るように此方へ傾いだ塔にブレイは瞳孔を開く。

 もう一度軋みを立て、塔はもう一段傾いだがそこで踏みとどまる。ブレイは息をするのも忘れてそこに視線を縫い付けられていた。

 叫び声が混じるその場に、ブレイと崩壊する塔の間だけ静かな、きりきりと痛いほどの緊迫を伴った間が保たれてた。

 と、そんなブレイに一人の慌てふためく女がぶつかった。そのことに気を取られ目線を外した瞬間、保たれていた糸が切れた。


 ブレイが目を離した瞬間、塔の内部で爆発が起こった。

 その衝撃が均衡きんこうを崩し、塔はついに真ん中からぼっきりと折れた。

 傍目はためからはゆっくりと、その塔はブレイ達のいる大通りへと崩れ落ちてくる。


「あ……」

 けなければいけないことは理解していたが、足は根が生えたように動かない。恐怖という感情に身体は麻痺まひしている。

 視界を埋め尽くそうと倒れ掛かる巨大な塔から目を離せずに突っ立っていたブレイであったが、思いもしない方向からの衝撃が彼をさらった。


 片腕を絡め取られると、衝撃の襲った方向からそのまま真っ直ぐ引っ張られ、それにつられてブレイはもたつく足で走った。

 塔が地面へと崩れ落ちる、今までに無いほどの激しく低い轟音にブレイは後ろを振り返る。先程までうるさい程であった混乱の声が、民衆の声が聞こえない。




 ――どうして。

 少年の頬につ、と一筋の透明な線が零れる。しかし辺りの熱気にそれは気付かれないまま……熱に乾いて紅蓮の夜空へと溶けて消えた。



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