第3話


 第5話・間話


 その夜、レクはゴリオラヌスの事を考えながら、床(とこ)に就(つ)いた。

 夢うつつの中、レクは思った、

(もしかして、ゴリオリの町での略奪を、ゴリオラヌスが嫌がったのも、彼がヴォルギス族の血をひいていたからなんだろうか?)

 と。

 すると、夢枕にゴリオラヌスが立ち、告げた。

『然(しか)り。その通りだ、我が技の継承者よ』

 次の瞬間、レクは強大な波動を感じ、ハッと目を覚ました。

 周囲を見回すも、あれだけ強烈な存在感を放っていたゴリオラヌスは居なかった。

 しかし、レクは自身の背後に霊なるゴリオラヌスが居るのを感じた。

 今、ゴリオラヌスはレクの守護霊となったのだった。


 ・・・・・・・・・・


 生兵法(なまびょうほう)は怪我のもと、とは言うがそれは事実である。

 それは火傷では済まず、火事すら引き起こしかねない。

 師は常にそれをレクに説き、少年のレクはよく兵法書に目を通していた。

 しかし、兵法書だけを読んでも、それは文法を知るようなもので、実際の戦例を読み解かねば、兵法を習得する事は出来ないだろう。

 いや、そもそも習得などというのは永遠の課題であり、可能な限り、より良く運用できるように努力していくのが指揮官の務(つと)めと言えた。

 そして、この日、師は所用で出かけてしまい居ないので、自主鍛錬を積んだ後、レクは古文書に目を通していた。

 すなわち、ゴリオラヌスにおける・・・・・・。


 古代カノン共和王国15年、この年は様々な戦(いくさ)が行(おこな)われた。

 一人の老人により債務拘束者(ネクスス)の虐待が露(あらわ)となり、市民の暴動が発生した。

 今、カノンは平民と貴族により二分されてしまっていた。

 そんな中、山地族ヴォルギス族がカノンの不和を期待して攻めて来た為に、執政官プリウス・ゼヴィリスは債務者に様々な権利を約束した。これを聞くや、今まで出兵拒否していた市民達は喜んで兵士の名簿登録し、債権者により拘束されていた債務者も束縛が無くなった為に外に飛び出し、中央広場で兵士としての忠誠を誓った。

 そして、この年における対ヴォルギス戦、債務拘束者(ネクスス)を中心とした戦い・ネクススの戦いが始まった。

 執政官にして将軍ゼヴィリスは敵陣の傍に自陣を敷(し)いた。

 急いで塹壕(ざんごう)が掘られ、その土で堡塁(ほうるい)が作られたが、時間が無かった為、塹壕(ざんごう)は浅く、さらに堡塁(ほうるい)の土塁(どるい)も丸太などでの強化がされておらず、防柵も簡易なものとなっていた。

 土塁(どるい)を強化する補強杭も古き時代ゆえか、入れられなかった。

 とはいえ、特に何の用意も無しに陣取っているヴォルギス族と違い、カノン軍は最低限の防御陣形を整えたのだった。

 カノン軍は当時としては最新だったアルキア軍(古代アルキアとは別)の戦術や戦法などを参考にしており、適当に生まれ持った武力だけで戦うヴォルギス族とはワケが違った。

 だが、そんなヴォルギス族も体が屈強であり、決してあなどれる相手ではなかった。


 その夜、ヴォルギス族はカノン側が債務に関する問題で混乱していて、無理矢理に徴兵(ちょうへい)してきたものだと思いこんでおり、夜闇に乗じてカノンの兵士が脱走をしたりするものと考え、翌日の未明に攻撃を仕掛けた。

 だが、この時、カノン軍は完全に一枚岩となっており、兵士の戦意も高まっていた。

 一方、ヴォルギス族は瞬(またた)く間(ま)に塹壕(ざんごう)を埋め、もしくは跳び越え、堡塁(ほうるい)を駆け上り、防柵を破らんとしていた。

 しかし、カノンのゼヴィリス将軍はあえて動こうとしなかった。

 これに元債務拘束者(ネクスス)達は不満の声をあげ、攻撃命令を指揮官達に求めた。

 十分に士気が高まっていくのを見て取るや、ゼヴィリス将軍は突如として突撃命令を発した。そして、はやる兵士達、とくにネクスス達は一気に敵に攻撃を仕掛けていった。

 戦(いくさ)とは下方より上方が有利であり、堡塁の下から攻めるヴォルギス族より、上から駆け下りるカノン軍の方が有利と言えたが、それに加え、戦いの流れはカノンに味方した。

 ヴォルギス族はすぐさま敗走していき、その背後に怒(いか)れるカノン軍は攻撃を仕掛けた。

 ネクスス達は債務に対する怒りを、ヴォルギス族へと転嫁(てんか)していた。

 さらに、カノン軍の騎兵が、恐慌に陥った敵兵を敵陣まで追い立てていった。

 そして、カノン軍は敵陣を包囲するも、それを待つまでも無く、ヴォルギス族はすぐに陣地を放って、近くの町ボメディアへと逃げ出した。

 この町は河に近い富んだ町であり、ゼヴィリス将軍は戦意をあげる為にも、カノン軍の兵士達に町の攻略後の略奪を許した。

 これを聞き、カノン軍の兵士達、特に債務が未だ残って居るネクスス達は必死に戦い、数日後にはボメディアの町は陥落した。

 そして、略奪によってカノン軍の窮乏(きゅうぼう)した兵士も一息つけたのである。

 さて、この戦いにも後のゴリオラヌスは参加しており、数多のヴォルギス兵を斬り倒したのだが、如何(いかん)せん、すぐさま敵が逃げ出してしまい、すぐにボメディアの町も降伏してしまったので、あまり活躍の機会が無かった。

 しかし、ほとんど抵抗する事なく降伏したはずのボメディアの町と市民から平然と略奪するカノンの平民兵士達を見て、ゴリオラヌスは貧乏人への嫌悪を抱(いだ)くのだった。


 この直後、カノンは北方のザヴィニ族により不意を打たれた。

 ザヴィニ族はカノン北方で略奪を繰り返しながら攻めてきており、南方でヴォルギス族との戦いを終えたカノン軍は急ぎ、現場のアオニ河周域へと向かうのだった。

 こうして、アオニ河周域の戦いが始まった。

先に機動力に優れたカノンの騎兵全軍が差し向けられた。

 これを率いるのは独裁官を務めた事もある騎兵長官アルス・ボスドゥミスであった。

 その後にゼヴィリス将軍の率いる歩兵全軍が続いた。

 さて、カノンの騎兵部隊にはゴリオラヌスも入っていた。

 一刻も早く、ゴリオラヌスは戦場に到着したかったからである。

 ゴリオラヌスは、没落したとは言え、まがりなりにも貴族の生まれであり、さらに、亡き父の友人から子馬を贈られおり、少年の頃から子馬を育て、乗馬の訓練をしていた。

なので、貴族専任と言えた騎兵の一つに、この時、ゴリオラヌスは入る事が出来た。


 ゴリオラヌスは自国の民が略奪されている事を許せず、猛然と馬を走らせた。

 それにつられて他の騎兵も急行するも、かなりが取り残されてしまった。 

 ただし、元独裁官アルス・ボルドゥミスはしっかりとゴリオラヌスを少し後ろから見守って居た。ボルドゥミスが独裁官となったのは、先王ダルギニスが周辺諸部族を率いて来た時の事であり、レグルス湖での戦いでボルドゥミスは独裁官としてカノン全軍を指揮していた。その際、ボルドゥミスを守る親衛隊に敵が肉薄した時、初陣のゴリオラヌスは敵を叩き斬り、ボルドゥミスを救ったのであった。故に、ボルドゥミスはゴリオラヌスを高く評価しており、同時に信頼しても居た。

 故に、本来ならば、ゴリオラヌスは歩兵に属して居たが、特別に今回の戦(いくさ)において騎兵に編入する事を、ボルドゥミスは許し、騎兵に付く従者も回してあげたのである。

 

 そして、騎兵部隊はザヴィニ軍と接敵したが、この時には騎兵部隊は数百名しか居なかった。後ろには遅れた騎兵やその後ろには歩兵の大軍が来ていたが、彼らが追いつくには数刻(4~5時間)は掛かった。

 一方、ザヴィニ軍はこの時、散開していた。

 これには理由がいくつかあったが、最も大きい理由は略奪をしていたからである。

 あちこちに村や町を自由に略奪している内に、ザヴィニ軍が散らばってしまっていたのだった。

 しかし、これを見て、元独裁官ボルドゥミス将軍は眉をひそめた。

 カノン軍は重装歩兵による密集陣形が主であり、散開した相手に対しては効果が薄い。

 なので、カノン軍の歩兵が到着する前に、散開した敵をある程度まで密集させる必要があった。

 そして、ボルドゥミス将軍は数百の騎兵に命じ、敵を左翼と右翼から攻撃し、散らばった敵兵を内側へと押しつけるように告げた。

 こうして、わずか数百の騎兵によって、何千を超える敵歩兵に対する包囲戦が始まった。

 左右から怒濤(どとう)の速さで押し寄せるカノン騎兵に対し、略奪で疲れ切ったザヴィニ族の歩兵は成すすべも無く、内側へと押し込まれた。

 そうして、ザヴィニの散開した陣形はある程度まで内側に密集し、その頃に、ゼヴィリス将軍が率いる歩兵や遅れた騎兵が予想より早く到着した。

 到着したそのままの勢いで、ゼヴィリス将軍の歩兵部隊は中央から突撃し、ザヴィニ族は壊滅的な打撃を受けた。

 この時、ゼヴィリス将軍は元独裁官ボルドゥミス将軍よりの伝令により、包囲殲滅戦は避けようとした。包囲戦と包囲(ほうい)殲滅戦(せんめつせん)は別であり、単なる包囲戦ならば敵に逃げ道を与えて追撃し、包囲殲滅戦は敵に逃げ道を与えずに殲滅(せんめつ)するのである。

 包囲殲滅戦の方が敵に大打撃を与えられる事も多いが、これにも短所があった。

 一つは包囲殲滅戦をすると大抵の場合、途中で敵兵が投稿してくるので、これを捕虜にしなくてはならない。すると、捕虜を移送したり、捕虜の収容する施設を作ったりなど、非常に手間も掛かるし、捕虜の食事まで用意せねばならない。しかし、この時のカノンは連日の戦争で農民が出兵してしまっている為に食糧不足であり、敵兵に糧食を与える余裕は無かった。

 さらに、ゼヴィリス将軍は元老院からある情報を得ていた。それはアヴルキ族が今回の戦(いくさ)に乗じて攻めてくるというモノだった。カノンは周辺諸国に間者を放っており、これは確度の高い情報だった。そして、これが事実だとすると、急いで南方へと再び転進せねばならず、あまりこの場で時間を掛けられない。

 故に、ゼヴィリス将軍は包囲殲滅戦でなく、通常の包囲戦を選択し、敵に逃げ場を用意したのである。(厳密に言えば、この時代には包囲殲滅戦などの概念は無いが、彼らの頭には直感的にこれらに近い考えが存在して居た。逆に、近代以降において包囲殲滅戦という概念が定着しても、その短所を鑑(かんが)みず、短期決戦しか許されないような小国が包囲殲滅戦を行(おこな)うという愚挙に出てしまう事も多い。それと言うのも、包囲殲滅戦という言葉の響きと格好良さからなのかも知れない)

 

 しかし、ゼヴィリス将軍の思惑は、思わぬ形で外れる事となった。

 きちんと敵の背後に逃げ道を用意して、そこから逃げるであろう敵兵を追撃する予定だったのに、行軍と昼夜にわたる略奪で疲れていたザヴィニ族は少し前まで略奪した食料や酒で暴飲暴食をしていた為、疲れ切って動く事が出来ず、包囲の中、逃げようともせずにすぐに投降したのだった。

 仕方なしに、ゼヴィリス将軍は彼らの身柄を拘束し、一部を農奴に、一部は貴族の従僕に、一部はシャプール王国に奴隷として売却させた。

(カノン国や周辺国には女神アトラの意向により奴隷制は禁じられていたが、それに近い農奴や下僕はおり、さらには少し離れた他国には奴隷は存在したので、そこに売ってしまったりしていた)

 

 そして、情報通りに、アヴルキ族はカノンを攻めて来たので、現場を副長に任せた後、ゼヴィリス将軍は急ぎ迎撃に向かい、特筆すべき所も無く、わずか一回の戦いでこれを下(くだ)した。

 一連の戦いにゴリオラヌスも参加していたが、いずれもすぐに決着がついてしまった為、あまり功績をあげられなかったのである。

 しかし、これらの戦いにより、ゴリオラヌスは大いに成長していく事となり、それが後のゴリオリの市での活躍に繋がるのだった。

 

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カノン興亡記Ⅱ キール・アーカーシャ @keel-a

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