14. 窮地
なんなく開いたドア。
中に入って絶句した。
どういうことだ? ・・・・・・矢島の疑問は拭えない。
玄関床でもだえ苦しむ女子高生。
彼の足下にはどす黒い血に覆われた男。
血はすでに固まっていて相貌が分からないほどになっている。
男は半畳ほどの小狭い空間に両足を曲げてぺたんと床に尻をついていた。
男の金髪も部分的に血で染み渡っている。
その頭頂部分はいまもぐずぐずと血が流れ出ている。
男の黄色く濁った両眼が上目遣いに宙に向き、何か言葉を呟く寸前の如く口が開いていた。
右足に履いている季節外れの皮のブーツの片方は、上がり框に脱ぎ捨てられている。
理由はすぐに分かった。
かかとの部分に血と髪がこびりついている。腰を曲げて目を凝らすと、髪の色は男の金髪と合致した。
この子がやったんだ。彼は不意に呟いた。
だが・・・・・・華奢な彼女のチカラでは、ブーツごときでこの武骨そうな男を死なすことは出来ない。
もっと別のチカラ、言い換えれば憎しみに満ちた邪悪なチカラ。
「辺見さん」
顔を床に埋めてカラダを丸めた彼女に、矢島はそっと声を掛けた。
反応がない。時折、唸り声を上げている様は彼女の印象とは明らかにかけ離れている。
思った通りだ。矢島は心の中で頷く。
「お前は誰だ?」
怒気を含んだ低い声で彼は問いかけた。
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男の声に、私は顔を上げた。
みると、銀縁の眼鏡をかけた美形の青年が私の瞳に映った。
矢島か。
ドアを背にした姿は、グレーのスーツに包まれたスリムな体型で。
真剣な眼差しで私を直視している。
マサシにやられた私の相貌に、矢島はやや苦い表情になっていた。
そんな私に手を差し伸べてくれている。
嬉しくなり、彼を見つめたまま私はゆらゆらと立ち上がった。
「お前は誰だ?」乾いた声でそう聞かれた。
「私? 私のことが知りたいの?」
彼はコクリと頷く。
「一体何を言って・・・・・・私は辺見真理」
私の返答に、彼は私が先ほど立ち上がった動作と同じくゆらゆらと首を左右に振る。
「違う。お前は辺見さんじゃない」
どうやら、お見通しのようだ。
真理は自らの幻想の中にいる。
彼は続けた。「この男をやったのはお前だな」
「アナタこそ誰? 警察の人?」
しらばっくれて私は逆に問うた。
無視するように彼はさらに口にする。
「どうして彼女に取り憑いている、彼女から出て行け」
いやだ。真理のカラダは凄く居心地が良い。
私が黙っていると、彼は私の背後に視線を移す。
「部屋の奥になにがある?」
眉を寄せて彼はにじり寄る。
この男は誰? 特別なチカラを秘めている。
部屋の奥にはもう一つの死体がある。
それは、私と辺見真理の共通の初恋の男の死体だ。
「見たいのなら、どうぞ」
私は男に道を譲るようにカラダを横に向けた。
すると、マサシの変わり果てた姿が視界に入った。
馬鹿な男だった。
清佳を殺したのが真理だなんて簡単に信じるとは。
騙されるのも無理もない。
真理の意識がなくなった頃合いに、私がマサシに電話をした。
私といっても、マサシからすれば真理からの連絡だと思わざるを得ない。
ピンクの亀のストラップを手で弄びながら、私は、私が清佳を殺したと告白した。
だが真理の意識で殺したわけではない。
入り込みやすく真理は使いやすい。彼女に少し憎しみを与えれば簡単に操作できる。
初恋の男を殺したのも、嘘を口にして彼女に怒りを起こさせたからだ。
彼は清佳の男友達とはサークル仲間だった。
だけど清佳がレイプされた事実なんて、ない。
マスコミ関係の連中を襲わせたことにしても、彼等に清佳と比較された憎しみを真理の心の中に植え付けることは容易かった。
なにより、真理が清佳に対して少しばかりやっかんでいることに私は狙い目をつけたのだ。
そして、偶然にも初恋の相手が同じ。
だが、私は初恋の男-トシカズ-に憎しみを抱いていたのだ。
私の気持ちと手編みのマフラーをゴミクズにのように捨てたヤツ。
矢島は、トシカズの死体を目にして声を落としていた。
「なんてことを・・・・・・」
私は笑った。
「すべて辺見真理がやったことでしょ」
「違う、 お前が彼女のカラダを使って次々と人を殺している」
「ま、そう考えているのなら勝手にしなさいよ」
「どこでその能力を身につけた?」
身につける?
知らない。
生まれつきそういう体質だった。
幼い頃は、ごくたまに私が私のカラダから抜けていくのを感じて。
年を重ねるごとにに度々そうなっていき、次第に自らコントロール出来るようになった。
それだけ。
携帯の写真に写ってしまうのが難点だけど。
お陰で真理やマサシ達に清佳を追った私の姿を見られてしまった。
私を疑っているマサシは邪魔な存在になったのだ。
だが、真理を使って計画どおりマサシを消すことが出来た。
それに最近、写ってしまった画像の中に入って自身の姿を動かせるようになった。
画面の中の私は、最初から何もなかったかのように脱することに成功した。
いまは写ってしまった全ての写メの中に私はいない。
私の能力は無限に拡大している。
憎悪を蓄積させるだけ私の能力が強力になる。
あの忌々しいモデルの女をやれば、私は真理から離れるつもり。
真理は死刑になるだろう。
私はといえば、もっと能力を磨いて海を渡る。
そして超大国の大統領に乗り移り、そして世界をコントロールする。
矢島を前にしてさらなる笑いが込み上げそうだ。
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