13. 激痛
ビチコロ
ビチコロ
ビチコロ
……
ビッチヲコロセ
ビッチヲコロセ
ビッチヲコロセ――――――
ビッチを殺せ!
**************************
「お、おい! バカ! 目を覚ませ!」
頬をたたかれている感触を覚えると同時に、私は目を開けた。
最初に目に入ったのは、口を大きくあけて怒鳴り散らすマサシの猿顔だった。
彼の頭越しにはウオーム色のライト。
驚いて首を左右に振ると、タイル模様の白い壁。
(部屋……)
自宅の玄関で私は横たわっていた。
ん!?
「は? なんであんたが?」不意に半身を起こす。
「バカ! こっちが聞きたいわ!」
馬鹿にバカバカ言われてムッとした。
彼の肩越しに、矢島の顔がみえる。
「え? え? いったい何があったんですか?」
ドアが半開きになっている。真っ青なそらにちぎれ雲がゆったりと泳いでいた。
足下から冷えた空気が股まで及ぶ。
制服姿のままだった。
そうか。
帰ってきて意識を失ったのか。
私を避ける人々。
クラスメートや塾の子たちまで
朝の彼も、私を避けてるかのようにバス停に姿がなく。
なにもかも嫌になって疲れてしまったのか。
深い谷底の真っ暗闇にまで深く深く堕ちるほどに暗い気持ちになってしまう。
そんな私を引きづり上げるかのように、だーかーらー、と間延びした言い方でマサシが声を上げた。
すると矢島が中腰になって私を見据えた。
「ずっとここに倒れていたんだよ」矢島はそういった。
「目を覚ますまで、お前、ずっと苦しそうに悶えていたよ」
マサシは続ける。
「俺、お前に携帯かけつづけていたけど、全然でなくってここまで来たらさ、この人がドアの前でインターフォン押し続けてるじゃん、で、最初はあやしいヤツだと思って脅したけれど、塾の先生って分かってさ」
「アンタ、先生に乱暴したの!?」
「どうってことねえよ、腕を軽くつかんだだけだ、でも俺が悪かった、ごめん、矢島さん」
矢島は苦笑した。
矢島は、背のスラリと伸びたイケメンだが年は分からない。
まだ大学を出たてのような青年に見えなくもない。
だけど、妙に落ち着いた態度からしてもっといってる気がする。
普段は、見た目だけだと取っつきづらい。
銀縁眼鏡をかけた色白の彫りの深い目鼻立ちで、白衣を羽織ればまるで学者。
だがいまは、少し頬の上がったその表情は柔和である。
「辺見さんの友達に疑られても仕方ないね、あれじゃ、まるで端から見ればストーカーだ」
いやいや、先生は何も悪くない。
それにマサシなんて私にとっては友達でもなんでもないから。
本気でそう思ってるし。
「ドアの向こうで苦しそうな声がしたけど中に入れない。彼がいなければ鍵が開かなかったから」
矢島はそういうと、マサシは得意そうにへへっと笑う。
「昔の悪さがいまになって役に立ったわけだ」
と床に落ちていた折れ曲がった長い針金を拾い、私の目の前でくるくる回す。
まるで私がマサシに救われたような状況に忌々しく思う。
なにが昔よ、どうせ最近まで悪さしてたんでしょ?
「で、アンタは私に何のようがあったわけ?」
冷たく聞いた。
「お前に送って貰った清佳の画像、大変なことになってんぞ!」
あ、そうだ。マサシに言われて思い出す。
すると。
脳の中心から、灰色の渦が出来て遅い速度で回転し、徐々に広がっていく。
キーン、と耳鳴りが酷く鳴る。
頭痛がする。両目を瞑り、こめかみを強く押さえた。
「どうした、辺見さん、大丈夫か?」
「いえ、多分、大丈夫です……ねえ、アンタのそのもってる画像に美野里さんの姿が消えているだよね?」
眉間にしわをよせて頭痛に耐えながら聞く。
「そっか、お前も見たんだ、これって心霊とかそんな世界でいうと超ヤバメじゃね?」
尋常ではないどんな大事件が起きても、マサシが言うと、単に軽い事のように聞こえてしまう。
「どうしたの? やっぱり何かが起きているんだね?」
矢島が私たちの間に身を乗り出す。
「先生? 何か知っているんですか?」
「写メに写っていたはずの人間が消えている、か」
「なんだよ!? 何が起きているんだよ!」
マサシが乱暴に矢島の肩を揺する。
「ちょっとやめなよ!」私は立ち上がった。「少し冷静になろうよ」
さらなる頭痛に耐えながらマサシに命令すると、彼は大人しくなった。
「そうだった、俺、余計に熱くなるのは辞めたんだ、俺は清佳のために事件を解決するって決めたんだ」
「携帯を見せて」
と、矢島は手を差し向けた。
鞄をまさぐって携帯電話を探す。
「あれ?」思わず声がでた。
ない、ないよ。
「なにやってんだ、仕方ねえな」マサシが代わりにダメージジーンズの尻ポケットから携帯電を取りだして操作を始めた。
「はい、矢島さん、これ」
矢島はディスプレイに目を見張った。
「うーん、ただの海水浴場の記念写真だね」
「そこに気持ち悪い女が写ってたんだよ」即座にマサシは言った。
私も同意した。
「そうです、私の親友であるこの女の子の隣にいたんです」
それにしても私の携帯電話はどこにいったの?
「矢島さん、ちょっと携帯返してよ、おい、お前の携帯を鳴らすからな」
マサシは携帯電話を受け取るとなれた指使いでボタンを押す。
玄関で鳴ればどこにあるかすぐに分かる。
その間、静寂に包まれた。
3人が私の携帯電話のメロディーを待つ。
数秒後。
メロディーが鳴った。
「あれ? 奥からじゃね?」マサシは口にした。
確かに、ベッドやテレビや勉強机のあるワンルームの部屋から聞こえる。
なんで?
私は帰ってくるなり、玄関で倒れたんじゃないの?
分からない。
分からない。
何が起こっているのか。
脳内の渦の回転が速くなる。
「い、いたい! いたい!」
おい! というマサシの声。
辺見さん、大丈夫か、と矢島が怒鳴る。
あまりの酷さに私は床にのたうち回る。
割れるほどに頭が痛い
奥の部屋に行ってはいけない、行かせない。
だから、アナタは今、私を苦しめているんだ。
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