12. 復讐
ギリッ...
ギリッ...
鈍く光る、大きなカッターナイフ。
秒刻みの如く、肉を切り裂くほどの長さまでゆっくりと
刃を伸ばす。
苦悶に満ちた、〈彼〉の表情。
私の手にした凶器を認めると、子供がイヤイヤをするように何度も何度も首を振った。
マネキンのように整った美貌が、泣き顔に変わる様を見ていると私は思わずクスッと笑った。
「そんな顔もカワイイわ」
〈彼〉の恋人だったら、〈彼〉の色々な表情を目にして楽しんでいるんだろうな。
でも、〈彼〉は今、私だけのもの。
制服の中の純白のシャツまでナイフを通す。
プチプチとボタンが外れる。
くぐもった声でなんと喋っているのか定かではないけれど、やめろ、とか、放せ、とかそういった拒絶の言葉だと識別はできる。
衣服がとれて、彼の上半身が露わになったときは、まるでうまく出来上がった半熟卵のとろとろの黄身を思わせた。
私は、わあっ、と歓喜の声を上げる。
予想通りだ。いつも妄想していた。私にとって彼氏にしたい、理想の体型だ。
細身のカラダで真っ白な肌。あばら骨が薄く浮き出ている。
くびれのある腰回り。
お腹は少しだけ腹筋が割れている。だけどムキムキじゃない。
毛は、ない。一円玉の一回り小さな乳にもない。
乳は淡いピンク色。乳首はショートケーキにデコレーションされたちっちゃなゼリーがのっかっているかのよう。
私に恐れおののいているのか、〈彼〉は鳥肌を立てている。
だから、乳首も立っているんだな。
「動かないで」私の口から出た言葉だ。
〈彼〉はハッとしたような面持ちで私の顔から目を離さなかった。
乳首に刃を立ててみた。
まるで、強姦魔が女性にすることを私がしている。
ひぃっ! と恐怖の声色を発したけれど、もう耳に入るだけで私は男のカラダに熱くなり始めた。
玄関に横たわる死体。
私はすでに殺人を犯してしまった。
もう、後戻りは出来ない。
大好きな〈彼〉も私の好きなように料理する。
革製の黒のベルトもなんなく切れた。
チャックを下ろし、ピンクのボクサーパンツを認める。
ピンク。またピンクか。
ピンクの亀のストラップを私にくれた清佳。
かけがえのない彼女を亡き者した連中を私は絶対に許せない。
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
イタブッテ、コロシテシマエ――――――
へその1センチほどしたに刃の先をのせると、〈彼〉はうわー、とか、ぎゃー、とか声にしたがついに喉も枯れたのかその声にチカラがなかった。
猿ぐつわをとってしまおうか、とふと考える。
でも、なにを言い出すか分からない。
命乞いなのか。
私に対する暴言なのか。
暴言だとしたら、何を言い出すのだろう。
ブス、とか、ネクラ、とかだろうか。
あの事は私は絶対に忘れない。
思い出すだけで本当に消えてしまいたい気持ちになるけれど。
あれがきっかけで学校を辞めてしまったんだ。
でもいまだから言える。
〈彼〉の瞳孔の収縮が分かるほどに私は鼻先まで顔を近づけた。
「私、本気でアナタに告白したの、その気持ちをゴミクズのように陰で笑い飛ばしたんだよね」
そう。〈彼〉は〈彼〉の男友達、女友達問わず同校の皆に私の告白を触れ回って私を笑いものにした。
「で、アナタにあげた手編みのマフラー、どこに放った?」
聞かなくてもすでに知っている。校舎裏の焼却炉。
「私に告白をそそのかしたのは、アナタのいまの彼女。たしか、いまは学校を卒業して大手芸能事務所のモデルさんなんだよね」
〈彼〉は反応しない。私の目をみて呼吸を荒げているだけ。
たしかに、私は〈彼〉たちとは住む世界が違う。そんなことは分かっていた。
だけど、〈彼〉の年上の恋人であるあのモデルの女に騙されたのだ。
私の恋い焦がれていた〈彼〉が、私のことを好きで、だけど、〈彼〉は内気で自分から告白ができない、と。
手編みのマフラーだけじゃなく、いまじゃ、マフラーを目にするだけでも反吐がでそうになる。
私だけじゃなく、清佳まで傷モノにさせた男たち。
清佳に関しては、〈彼〉は直接手を下していないが、あのサークルの仲間なのだから。
「だから、アナタも同罪なのよ!」
「ぐ、ぐわははあああああああああああ!」
ついに刃を腹にめり込ませた。
血がどくどくと白い肌を塗り替える。
冬眠から冷めた土の中の生物のように、腸がにゅるっとでてきた。
赤いしぶきが上がる。
〈彼〉のカラダが上下に跳ねる。
それが徐々に単なる小さな痙攣と化す。
息も絶え絶えになり、やがて動きが止まった。
血の生ぬるさを頬で感じた。ついさっきまで〈彼〉が生きていたんだと馬鹿な考えが過ぎって口の端をあげると、垂れた血を舌先で認めた。
すえた臭いのなか〈彼〉のショルダーバッグをまさぐると〈彼〉の恋人であるモデルの女のビキニの写真がでてきた。
瞬時にナイフの先で写真のなかのへそを突き刺す。
明日の獲物はこの写真の女。
〈彼〉よりも私にとっては、このモデルに対する憎しみが強い。
携帯電話を手に取った。
〈彼〉のボクサーパンツは真っ赤に染まったが、亀のストラップは相変わらずピンク色だった。
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